自室の片隅に、いなばのチキンカレー缶詰が積み上げられている。値上げ前に買い求めたものである。買い占めたわけではない。値上げについてのニュースを耳にしてから、店頭に並んでいるものをちょこちょこと買い物カゴへと放り込んでいるうちに、山積みになってしまったのである。この缶詰たちの賞味期限が、刻一刻と迫っている。ここに葛藤がある。賞味期限を超えてしまったとしても、即座に食べられなくなってしまうものではない。それは分かっている。とはいえ、正当な価格で購入している製品なんだから、企業がその味を保証している賞味期限までには食べてしまいたいというのが人情というものである。だが、食べてしまうと、これから先の人生において、いなばのチキンカレー缶詰を欲したときに、値上げ後の製品を購入しなくてはならない。それはなんだか癪だ。だから、値上げ前の価格で購入した缶詰を、出来るだけ食べずに取っておきたい。でも、そうなると今度は、賞味期限のリミットが押し迫るタイミングで、大量の缶詰と向き合うことになってしまう。その未来はとても幸福とはいえそうにない。……こうなると、もう何のために買っていたのか、まったく分からなくなってしまう。値上げ前までは確かに「味が好きだから」という理由から買い求めていたはずなのに、その気持ちはいつしか「いつか食べなくてはならないが、食べるのは勿体無い」という打算的な感情に押し退けられている。故に葛藤する。缶詰を開くべきか開かざるべきか。こんな風に、第三者から見ればどうでも良さそうな葛藤にまみれながら、きっと自分の人生は終わっていくのだろう。うーんうーん。