白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

みんなの心の中に『黄金の定食』はあるといっても過言ではないのだ。

『黄金の定食』が面白い。

テレビ東京系列で日曜の深夜に放送されている『黄金の定食』。なにわ男子の大橋和也とシソンヌの長谷川忍が、庶民的な定食屋を訪れて、お品書きを眺めながら「今、最も食べたい料理」を思案する番組である。やっていることは『孤独のグルメ』そのものだが、胃袋の限界まで食べ続ける『孤独~』に対し、『黄金の定食』は注文できる料理が限られている。なんでもかんでも好き勝手に頼むことはできない。だからこそ悩む。これでもかと悩む。苦しみ、悶え、葛藤する。この長く厳しい過程を経ているこそ、素晴らしき“黄金の定食”に辿り着ける……ということなのだろう。多分。

この番組の存在を知ったときは、そのコンセプトのシンプルさに驚かされた。とはいえ、テレビバラエティとして成立させるために、いわゆるテレビ的な演出が施されているのだろう……などと侮っていたのだが、実際に放送をチェックしてみて唖然とした。コンセプト通りに、二人が注文する料理について悩んでいる姿だけで完全に番組を成立させていたからだ。一応、参考として、事前に全メニューを制覇したというスタッフによるオススメ料理、その店に実際に通っている常連客によるオススメ料理が紹介されるブロックも用意されてはいたのだが、それらも二人が思考を深めるためのきっかけに過ぎない。あくまでも、メインとなっているのは、二人が今食べるべき料理について、徹底的に考え込んでいる姿そのもの。真っ直ぐ、一貫している。

このあまりにもシンプルな企画が平然と成立しているのは、多くの人間が様々なシチュエーションで同じような苦悩を経験しているためだろう。例えば、家族で訪れたファミリーレストランで、今の自分にとってベストな料理を考える。例えば、仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、限られた予算の中から酒のつまみを模索する。例えば、友達同士でのパーティに注文するピザのトッピングは、何が良いのかを皆で相談する。そんな、取捨選択のシチュエーションを誰もが多かれ少なかれ経験しているからこそ、二人の苦悩に共感できるし、その姿にかつての自分を重ねて笑ってしまうのだ。

しかし、この番組の最大の山場は、二人が苦悩の果てに選んだ料理が目の前に運び出されるシーン……ではない。むしろ、二人が選ばなかった料理を、他の出演者が完食するシーンにある。何かを選ぶということは、他の何かを捨てるということだ。そこには必ず後悔がつきまとう。無論、二人にも、同様のことがいえる。どんなに考えに考え抜いて選んだ料理であったとしても、選ばなかった料理に対して思い残していることが無いわけがない。『黄金の定食』は、そんな二人の後悔の念を、敢えて他の出演者に食べさせるという形でこれでもかと引き出す。その様子を眺めている二人の苦悶の表情に、またしても自分を重ねてしまう。

否、これはもはや、人生そのものを描写していると言っても、過言ではないのかもしれない。これまでの人生において、敢えて選択しなかった道を思い出し、その取り返しのつかない後悔を噛み締めるときにこそ、人生の深みが滲み出る。『黄金の定食』は、定食を通じて、そんな人生の深みを可視化した番組なのである。その味は、食後のコーヒーのように、苦い。

『黄金の定食』は現在TVerで最新回を配信中。