令和時代のお笑い公論

心が腐る、その前に。

『マツモトクラブ「クラシック」』(2020年3月25日)

クラシック [DVD]

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  • 発売日: 2020/03/25
  • メディア: DVD
 

以前に「陣内智則のコントは孤独だ」と結論付けたことがある。

恋人にふられてオウムを飼い始めたり、一人でゲームセンターを訪れて様々なゲーム機を楽しんだり、受験勉強中に外から聞こえてくる物売り屋の売り声にツッコミを入れたり……それぞれにシチュエーションは違えども、陣内のコントには必ずといっていいほどに第三者が登場しなかったからだ。全てのコントは陣内の視点の中で起こり、そこから更なるコミュニケーションが展開されることはなかった。

それを悪いこととはいわない。むしろ、陣内にとって、孤独は一つの持ち味として昇華されていたように思う。一時期、人情噺を意識したような、哀愁漂うコントを演じようとしていたが、それは却って陣内の孤独であるが故の気遣いの無さと似つかわしくなく、本来の持ち味を打ち消してしまっていた。陣内は孤独である。だからこそ面白いし、世の孤独な人たちはうっすらと彼の芸に共感を抱くことが出来るのである。

その意味では、マツモトクラブのコントは陣内とまったく逆といえるだろう。

マツモトクラブはソニー・ミュージックアーティスツ所属のピン芸人である。元々は劇団シェイクスピア・シアターに所属する俳優で、当時は本名で『マクベス』『夏の夜の夢』などの舞台に出演していたという。その後、劇団を退団し、紆余曲折を経て2011年にお笑い芸人としてデビューする。一番面白い一人芸を決める大会『R-1ぐらんぷり』では2015年から2019年にかけて五年連続で決勝進出を果たしている(ちなみに、うち四回は敗者復活からの決勝進出)。

マツモトクラブのコントは、陣内智則の一部のコントと同様に、音声のギミックを駆使したものである。但し、マツモトクラブのコントには、陣内と一線を画している点がある。陣内の場合、全ての状況は徹底して陣内の視点の中で捕捉され、ありとあらゆるボケが陣内の主観でもってツッコミを返されている。対して、マツモトクラブの場合は、マツモトクラブが演じているヘンテコな言動を取っている人物ではない何者かのモノローグ音声とともに展開することが多い。つまり、そこにはマツモトクラブ以外の、第三者が存在するのである。

その最たる例が、本作にも収録されている『クロワッサン』だ。『クロワッサン』は、クロワッサンを買いにやって来た中年男性(マツモトクラブ)と、その様子を伺っているパン屋の店員(モノローグ)によるコントである。当初、店員は中年男性の珍奇な行動を観察し、些か不気味にも感じていたのだが、彼が「売り切れのクロワッサンが新しく焼き上がるまでの一時間を店内で待つ」と言い始めたことで状況は一変。戦慄が走る。しかし、中年男性のちょっとした素性を店員が知ることで、彼への印象はガラリと変わってしまう。この、ちょっとしたコミュニケーションの人間らしさ、優しさ、愛おしさこそ、マツモトクラブのコントの特色であり、魅力といえるだろう(だからこそ悲惨なオチがまた笑えるのだが)。

2019年12月15日に新宿シアターモリエールで行われたベストライブの模様を収録している本作には、この他にも様々な他人とのコミュニケーションに軸を置いたコントが演じられている。少しのお賽銭で大量のお願いをしたところ神様からクレームが入る『おさいせん』、会社帰りに電車内でスマホゲームをやりたいから一人で帰りたいのに同僚が一緒に帰ろうと誘ってきて困惑する『あおき』、電車のホームの向こう側にいる少年野球の選手たちに向かってアピールする監督の姿がほのぼのとする『ホームのかんとく』など、いずれのコントにおいても、マツモトクラブ演じる人物と第三者によるコミュニケーションの難しさが描かれている。無論、時にそのもどかしさを、時にその分からなさを、巧みに演じるマツモトクラブの演技力があってこその芸風といえるだろう。

その中でも、グッと胸に迫るコントが『ちょうじ』だ。マツモトクラブ演じる男性が読み上げる弔辞の内容に対して、亡くなった幼馴染がモノローグでツッコミを入れていく。基本的には笑いどころの多いコントである。弔辞の内容にもちょっとした小道具にもシンプルなボケが詰め込まれていて、何も考えずとも笑うことが出来る。だが、その一方で、物悲しい気持ちが胸の奥で微かに芽生える。葬式のシチュエーションだから、という安直な理由ではない。当然のことながら、幼馴染は亡くなっているために、どれほどツッコミを入れたところで、その声がマツモトクラブの耳に届くことはない。両者の間にコミュニケーションは成立しない。幼馴染は一方的にツッコミを入れ続け、マツモトクラブは一方的にボケ続ける。まさに“逆陣内智則”。だからこそ、だからこそオチが光る。あのオチにしたことで、このコントは何倍にも何十倍にも魅力的な輝きを放っている。笑って泣ける名作である。是非ともご覧いただきたい。

ちなみに、本作の幕間映像では、マツモトクラブが謎のロックバンド“チェックーズ”を結成し、オリジナルソングを熱唱している。どういうコンセプトなのだろうか。オリジナルソングというものの、どっかで聴いたことのあるような曲が多く、ちょっと懐かしい気持ちにさせられること請け合いだ。

・本編【76分】
「物理の豊田先生」「♪クラシック」「おさいせん」「ライブMC①」「ジョン」「♪1位カレー2位とんかつ」「あおき」「♪コンバンハ」「トレーニング」「♪六本木の山本の唄」「クロワッサン」「♪まんてん」「ホームのかんとく」「ライブMC②」「ジュリア」「♪Glowing Days」「ちょうじ」「♪ステファニー」

『キュウ「Notion attain sky」』(2020年3月25日)

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  • 発売日: 2020/03/25
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漫才は即興性が求められる演芸である。

舞台上では、その場で思いついたことを互いにぶつけ合うように、絶妙な掛け合いが繰り広げられる。しかし、実のところ、それらの会話には往々にして確固たる台本が存在している。それでも観客は、目の前で行われている会話を、その場で起きていることのように錯覚する。当事者同士の会話によって成立する漫才は、コントや落語のような役を演じる芸能に比べて、より強いリアリティを感じさせられるためだろう。

特に『M-1グランプリ2005』においてブラックマヨネーズが優勝して以降、このリアリティ性が強く求められるようになったように思う。当人たちの強烈な人間性を漫才に練り込むことで虚構性を薄め、より一層、観客に響く掛け合いを完成させたブラックマヨネーズの漫才は、それほどまでに魅力的だった。だが、彼らの漫才が高く評価されたことによって、リアリティ志向の漫才こそが正しい漫才であると、間違った認識が広められてしまった。否、厳密にいえば、それは間違ってはいない。とはいえ唯一無二の正解ではない。

そのことをM-1事務局も感じ取っていたのかもしれない。2015年に復活して以降の『M-1グランプリ』では、喋りの即興性だけに捉われない、構成の練り上げられた漫才が評価されるようになってきたような印象がある。例えば、2015年から2019年にかけてファイナリストだった和牛、2016年・1017年ファイナリストのカミナリ、2018年ファイナリストのトム・ブラウンなどは、その漫才の構成に明確な仕掛けが存在していた。ブラマヨによる呪縛は今、じわりじわりと解かれようとしているのだ。

そんな遠くない未来時代において、絶対に評価されるべき漫才師がキュウである。

キュウは清水誠とぴろによって2013年に結成された。当初はアルファベットの“Q”という名前で活動していたという。しかしコンビとしての活動が上手くいかず、2014年11月に解散。清水はピン芸人として、ぴろは新しいコンビを結成して、それぞれ芸人としての活動を続けていたが、ぴろのコンビが解散したことを機に再結成。ソニー、オフィス北野を経て、現在はタイタンに所属している。M-1との相性は決して芳しくなく、2018年大会での準々決勝敗退が現時点での最高記録となっている。

キュウの漫才を一言で表すならば“仕掛け絵本”である。これといった芸風を持たないキュウの漫才はそれぞれに独創的な発想と仕掛けが施されており、その得も言われぬ空気感が彼らの芸の持ち味と直結している。例えば、本作に収録されている『猿かに合戦』では、蟹の味方のメンバーにさりげなく仲本工事を混じらせているにも関わらず、敢えてそこにツッコミを入れていない。結果、明らかな異分子である仲本工事から発せられる空気が、やがて漫才全体を包み込んでいく。とはいえ、ただ不条理なだけでは終わらない。蟹の仲間として無秩序に放り込まれたように見えた仲本工事の存在が、後半で急速に意味を持ち始めるのである。これが実に鮮やかで、漫才を観た後に私は普段あまり感じることのない爽快感を覚えてしまった。

この他のネタも異色揃い。一見すると単純な版権ネタのように見える『ルパン三世』では濁点や半濁点がルパンファミリーの間で飛び交い、ぴろの得意料理だという“ヤングバーガー”のヤングの由来を知るためにひたすら質問を繰り返すも果てが全く見えてこない『ヤングバーガー』、「シュークリームになりたい」とホザくぴろの主張自体を否定することなく漫才が続いていく『シュークリーム』など、他に類を見ない設定と揺るぎない構成による漫才がこれでもかと詰め込まれている。とりわけ面白かったのは、「カレー」を「カリー」とほざくぴろに清水の愚痴が止まらない『カレー』。延々とヘンテコなことを言い続ける清水に対し、丁寧に愚痴のポイントを口にする清水の掛け合わない関係性がたまらない。

とはいえ、キュウの漫才が時代をリードすることはないだろう。彼らのネタはあまりにも作品性が高すぎるからだ。だが、これから先の未来において、その片隅でひっそりと存在し続ける漫才師であることを願う。

・本編【57分】
「猿かに合戦」「ルパン三世」「ヤングバーガー」「オリジナルのゲーム」「シュークリーム」「寿司」「ティラノサウルス」「カレー」「ミュージシャン(めっちゃええやん)」

愛しいあの人にバイのバイのバイ

「アステアが死んじゃったよぉ」

敬愛するフレッド・アステアが亡くなった夜、立川談志は一晩中泣き続けたという。馴染みの寿司屋で酔っ払って、迎えの車に乗るとき、こう呟いたそうだ。当時、その姿を目撃した立川志らくが『談志のことば』に書き残している。

当時の談志ほどではないにしても、私もそのように呟きたい心持ちになっている。思い入れの差があるためなのか、感情表現が苦手であるが故か、生憎と涙は零れない。ただ、ずっと実感を持てないまま、その事実をぼんやりと咀嚼し続けている。まるで味がしない。空虚を噛み続けているような感覚だ。

志村けんが亡くなった。

まず思ったのは「志村けんって死ぬのか」ということだった。そりゃ死ぬのは分かっている。人間だもの。ただ、志村に関しては、心のどこかで死なないような気がしていた。というのも、私にとっての志村けんは、もはや人間ではなかったからである。

まだお笑い芸人に魅力を感じていなかった少年時代、熱心に見ていた『志村けんのバカ殿様』での志村は、まったくもって人間には見えなかった。それは完全なるカートゥーンだった。スケベで、イヤらしくて、どんな大怪我を負っても死なない。もはや人間の所業とは思えなかった。田代や家老(クワマン)が人間の顔立ちをしていたからこそ、余計に、その突出したビジュアルとアヴァンギャルド性が際立った。私にとって志村は、『トムとジェリー』や『ルーニー・テューンズ』のキャラクターと同義だったのである。バラエティに出ている志村は、それらのキャラクターを作り出しているクリエイターに思えた。

その志村が亡くなった。嘘としか思えない。カートゥーンのキャラクターが死ぬわけがないのだ。高いところから落っこちても、重石でぺちゃんこに潰されても、死なないのがカートゥーンの筈だ。それが新型コロナウイルスによる肺炎で死ぬだなんて、ジョークにもならない。何処で笑えというのだ。そんなわけがない。そんなわけがないのだ。本当は病床で看護師の尻を触ろうとして、ブッ叩かれて死んだに違いない。志村とはそうあるべきなのである。

……と、ここまで書いたところで、ようやく死を実感することが出来たのか、瞳がうるんできたので、ここで筆を置きます。いや、キーボードで打ってるんですけどね。

志村が死んじゃったよぉ……。

2020年4月の入荷予定

14「ジェラベスト~とりあえず10本~

どうも菅家です。「M-1の感想書かなきゃなー」「R-1の感想も書かなきゃなー」とか思っているうちに、四月を迎えようとしております。どういうつもりなんでしょうかね。何も考えていないんじゃないですかね。今月はお笑い芸人のDVDもあんまり観られていません。色々と潮時を迎えているような気もします。定期的に迎えている気がしますけどね、潮時。とはいえ、今年は三十五歳の節目を迎えたこともあって、ガチの潮時が来そうな雰囲気があります。どうなることやら。そんなこんなの四月ですが、ジェラードンのみとなっております。満を持してのベスト盤リリースとのことですが、個人的にはなにやらネルソンズに思いを馳せてしまいます。とはいえ、名作『深夜のオフィス』が収録されているとのことなので、楽しみですね。その他、『握手会』『サプライズ』なども収録予定。