令和時代のお笑い公論

心が腐る、その前に。

先行き未確定の『鴨川等間隔』


相変わらずYouTubeばかり見ている。諸般の事情で日常が慌ただしく、精神的に余裕を持てないからだ。若いころは、それでも自分が面白い楽しいと感じられる作品を積極的に受信し、そのみなぎるパワーを自分のエネルギーに変えることが出来ていたのだが、近年は得体の知れない作品を再生する意欲も体力も衰えてしまって、結果的に、魚を三枚に下して銀色のヤツを飲み干すような当たり障りのない映像で心を癒している。そして、あんな風に綺麗に魚を捌けたら、もっと人生が楽しくなっていたのだろうか、などとミュージシャンの華麗な演奏を眺めている中学生のような感想を抱き始めている。「いつだって今が常にスタートライン」とPerfumeが歌っていたように、今からでも遅くはない筈だ……という気持ちが芽生えたり萎んだりしながら、また日々は過ぎていく。人生に残された時間を思えば、こんなに無駄遣いしている場合ではない筈なのだが。

そんな最中、YouTubeのオススメ動画として、岡崎体育『鴨川等間隔』のプロモーションビデオが流れてきた。2016年に公開された『MUSIC VIDEO』のプロモーションビデオでブレイクを果たした岡崎体育だが、最近はあまり名前を見かけなくなってきた。私が見かけないだけで、彼は彼なりに頑張っているのだろう。『鴨川等間隔』は2013年に発表された岡崎のアルバム『FICTIONAL ZODIAC』の収録曲で、このプロモーションビデオも同年に公開されている。このアルバムには『スペツナズ』や『エクレア』も収録されているそうで、今となっては入手困難なのだが、ひょっとしたら名盤だったのかもしれない。漠然と過ぎていく日々の景色に対する不安と苛立ちに似たような感情を重ねて綴ったような歌詞は、今の自分には無性に刺さるものがあった。

ただ、当時の岡崎はまだ若かった。今の私はもうそんなには若くない。このモラトリアムにも似た感覚の先に何が待ち受けているのか、なんとも不安で仕方ない。

「小林賢太郎コント公演 カジャラ #3 「働けど働けど」」(2019年2月20日)

 2018年2月から4月にかけて全国六か所で上演された舞台を収録。

カジャラ(KAJALLA)は小林賢太郎が作・演出を手掛けているコント集団である。年に一度のペースで新作のコントライブを開催している。出演者は、小林賢太郎、辻本耕志、竹井亮介の固定メンバーに、複数のゲストが加わる形式を採用。第一回公演『大人たるもの』には片桐仁安井順平、第二回公演『裸の王様』には久ヶ沢徹菅原永二がそれぞれゲストとして出演している。本作のゲストには、今や名バイプレーヤーとして広く親しまれている野間口徹、劇団「動物電気」旗揚げメンバーの小林健一が起用されている。

『大人たるもの』『裸の王様』はコントライブとしては些か堅く、良くも悪くも教育的な内容に落ち着いてしまったような印象を与えられた。だが、過去二公演でようやく「カジャラのコント」の感覚を掴むことが出来たのか、本作はコントライブとしてしっかりと振り切れたつくりになっている。その傾向は、オープニングコント『タイムカード』の時点で既に表れている。仕事を終え、タイムカードを手にした会社員たちが、タイムレコーダーから吹き付ける強風に煽られながら立ち向かっていく様は、僅かなメッセージ性とそれを凌駕するバカバカしさに満ち溢れていた。コントにおけるメッセージ性と笑いのバランスは、これぐらいの塩梅が丁度良い。

タイトルにもあるように、本作のメインテーマは「労働」である。就職、作業、仕事場など、労働の関わる設定のコントが多く演じられている。残業している同僚を横目にダラダラと雑談を繰り広げるサラリーマンたちを描いた『グリーングリーン』は、小林が多分に影響を受けているシティボーイズからの影響を多分に感じさせられるコント。陽気な五人のサラリーマンがリズミカルに取り止めのない会話をする様が大変に心地良い。笑いはリズムであると改めて気付かされる。

シリコンバレーの企業に入るため面接にやってきたピーター少年を待ち構えていた入社試験とは?『シリコンバレー』は、カジャラの公演ではお馴染みとなっているワンシチュエーションコント集の一つ。今回の公演で設けられた設定は「面接」。以後、透明人間によるお笑いコンビがオーディションにやって来た!『透明人間ズ』、就職面接会場に突如として現れた可愛いフェアリーちゃんは人と企業を繋ぐキューピット♪『就職フェアリー』、未知の言語を有する宇宙生物が通訳を引き連れて就職面接を受けに来た『エルガゼスタ星人』と続く。手堅いシチュエーションだからなのか、かなり突飛なキャラクターが暴れ回るコントが主。面接という徹底的に現実と直結した設定だからこそ、そのギャップがたまらなく面白い。

何にも掛かっていない言葉を連呼し続ける親分の旅立ちを見送る子分たちのコント『シャレにならない親分』は、文字通り「ダジャレを言いそうなトーンで“シャレ”にならないナンセンスな言葉を言い続ける」という日本語崩壊ネタ。親分と子分の関係性が多少は「労働」を感じさせなくもないが、このコントはシンプルに、演者としての小林健一をフィーチャーしたものと捉えるべきだろう。謎の力強さと強引な説得力で圧倒する姿は、奇妙なカリスマ性を帯びていた(だからこそ、その役割を担わされることになる、野間口徹の平凡さもまた味わい深い)。対して、四人の演者によるナレーションに合わせて小林賢太郎がパントマイムを披露する『一握の砂』は、クリエイターとしての小林の心情を切り出したかのようなパフォーマンス。タイトルの「働けど働けど」とリンクする部分もあり、実質的な表題作といえるのかもしれない。笑いとシリアスの塩梅が絶妙で、だからこそオチの一言がストンと胸に落ちる。

宅飲みを敢行する三人の男たちが他愛のない話を延々と続ける『オマール海老』は本作随一のバカコント。辻本・小林・野間口の三人が、狭い部屋の中で取り留めない雑談を繰り広げているだけの内容で、たまらなく特別じゃない日常の風景を想起させる。でも、明らかに非日常的な要素も盛り込まれていて、その絶妙な匙加減がとても愛おしい。ひょっとすると、本作に収録されているネタの中で、個人的には一番好きなコントかもしれない。オチのバカバカしさも秀逸だ。

そしてオーラスのコント『倉田は働く』が幕を開ける。無職で労働意欲の欠片もない男・倉田ナメロウは、ある日ふと漏らした一言が偶然にも呪文となって魔術が発動、「お金」の存在しない世界へと迷い込んでしまう。その世界ではお金は通用しない。品物は物々交換で手に入れなくてはならない。その世界で出会ったコンビニ店員と謎の気功師、気合の入ったうどん屋たちと交流を深めることで、倉田は「お金」と「労働」について考えを改め始める。……と、あらすじだけを書くと、なんとも説教臭い雰囲気が漂っているが、いい意味で粗い展開とクセの強いキャラクターたちの存在が、コントとしての体裁を保たせている。名作と呼ぶには至らないが、今後の展開に幾許かの期待を抱けるネタだったのではないだろうか。

そして、この本作で抱かせた期待は、次回の公演『怪獣たちの宴』で確かに叶えられることになるのだが……それはまた、別のお話しである。

・本編【113分】
「前説」「タイムカード」「グリーングリーン」「面接1「シリコンバレー」」「面接2「透明人間ズ」」「面接3「就職フェアリー」」「面接4「エルガゼスタ星人」」「シャレにならない親分」「一握の砂」「オマール海老」「倉田は働く」

「紺野ぶるま10周年記念単独ライブ「新妻、お貸しします。~ぽっきし税抜3000円~」」(2020年3月25日)

このところ何かと話題の松竹芸能に所属しているアラサー女性ピン芸人紺野ぶるまが2019年12月にデビュー10周年を記念して開催した単独ライブの模様を収録。「単独ライブ」の名目になっているが、披露されているネタは過去に賞レースで掛けられているものが多く、実質的にベスト盤の様相を呈している。そういう意向の内容にするのであれば、「ベストライブ」「ベストコントセレクション」のようなタイトルで売り出した方が効果的だったような気がしないでもない。

紺野ぶるまといえば、与えられた言葉を全て「ちんこ」で解いてしまうなぞかけ芸『ちんこなぞかけ』の名手として知られている。こんなアホなパフォーマンスを売りにしている芸人は他にいないので、現時点でおそらく日本一の手練れだろう。本作のエンディングでも披露されているのだが、残念なことに、そこでの「ちんこなぞかけ」の出来はあまり芳しくない。内容が内容なだけに、テレビメディアなどで見る機会は稀少だが、もしも目にすることがあれば、その至極のテクニシャンぶりをこっそりと堪能していただきたい。

この『ちんこなぞかけ』のイメージから、紺野ぶるまは下ネタに特化している芸人として認識されがちだ。事実、彼女自身もそのように自らを売り込んでいて、本作のパッケージも明らかにアダルトビデオのそれをイメージしたデザインになっている。しかし、実際に彼女のコントを観てみると、エロの関わるネタは皆無に等しい。無論、ソフト化を見越して、敢えてエロ傾向のネタを排除しているだけなのかもしれないが、それにしてもゼロはありえない。下ネタはあくまでも世間に名を売るための手法に過ぎない、ということなのだろうか。或いは、単にネタと平場を使い分けているだけなのだろうか。そういえば、同じく下ネタを得意とすることで知られるルシファー吉岡も、ネタの中ではエロを取り入れているにも関わらず、平場でそういった類いのトークを展開しているを見たことがない。下ネタ芸人には、下ネタ芸人なりの「下ネタの矜持」みたいなものがあるのかもしれない。

紺野ぶるまがコントの中で演じている人々は、共通して露骨な性格をしている。とある理由から先生が描いた絵画を自分の名義でコンクールに出品してまんまと賞を取ってしまった弟子の自己プロデュース能力の高さが止まらない『現代アート』、卒業の日に旅立つ生徒たちへ担任教師が自らの「四の五の言わずに働かずに生きていきたい!」という夢をぶっちゃける『先生』、真面目に仕事に取り組んでいる女性の駅員が「かわいすぎる」と言われるたいがためにこの仕事に就いたことを告白する『駅員』などなど……。本来、心の中で留めておいた方が良いであろう感情を、これでもかと余すところなく吐き出している。

その姿は、特定の人たちに対する偏見にまみれたド直球の悪意を撒き散らす、往年のニューヨークの芸風を彷彿とさせるものだ。カタコトの日本語で客を乱暴に占う(?)中国人占い師を演じた『占い』などは、まさにその典型例といえるだろう。だが、特定の人々に対する世間のイメージを代弁するかのように悪意を投げつけるニューヨークに対し、紺野ぶるまのそれは、そんな世間に対する怒りと諦めの感情を帯びているように感じられる。思うに、コンビだからこそボケとツッコミの関係性が構築できるニューヨークとは違い、ピン芸人である紺野ぶるまは当事者を一人で演じる形式を取らなくてはならないためだろう。それ故に、どんなにそれが滑稽で可笑しみに満ち溢れた人物であったとしても、何処か、そんな境遇に至らしめている世間の醜悪さを対比して描いているような、そんな逆説的な意図を感じ取ってしまう。そこまでの計算があるのかどうかは知れないが。

その傾向が顕著に表れているネタが『女優の夢』である。

十二年ぶりに故郷へと帰ってきた一人の女。とある報告をするために“ちいちゃん”を呼び出す。「今度、ドラマに出るんだ」。かつて、「そこらへんの女優さん、比べものにならないから」「東京に行ったら、絶対に大女優になるはずだ」と声をかけてくれた、かつての友人たちの一人に向けた感謝の気持ち。ところが、女が本読みの手伝いを頼み始めたところで、状況は一変する。女が与えられた役柄は、誰にでもこなせるような端役だったのである。そして女は本性を明らかにする。「あのさ……私、東京行ったら、そこまで可愛くなかったみたいなんだけど、どうしてくれる……?」。

内容自体はいわゆる「アマチュアとプロの狭間ギリギリで生きている女性タレントあるある」なのだが、そのフォーマットとして、無責任に自分のことを持ち上げてきた周囲の人間に対する恨み節が使われている点が興味深い。無論、最終的に将来の進路を決めるのは自分自身なので、これを単なる自己責任からの逃避行と見ることもできる。恐らく、このネタの見方としては、それが正解なのだろう。ただ、その判断を歪ませた、勘違いさせた人々にまったく責任がないかというと、必ずしもそうとは言い切れないのではないだろうか。それがどんなにポジティブで前向きな言葉であろうとも。そんなことを、紺野ぶるまはコントで我々に突きつけている……ような、気がしないでもない。

これら本編に加え、本編中では不調だった『ちんこなぞかけ』のリベンジとして、スタッフが考えてきた五十個のお題を制限時間10分以内に全て解く『リベンジちんこなぞかけ』が特典映像として収録されている。リベンジと称してはいるものの、そもそも「五十個のお題を制限時間10分以内に全て解く」という設定に無理があるため、『ちんこなぞかけ』を楽しむというよりも、紺野ぶるまが必死に食らいついている様子を楽しむような映像になってしまっていて、些か不満が残る。そもそも、そんなにじっくりと楽しむ芸ではないのだが、とはいえ、おざなりにされるというのも、それはそれで芳しくはない。そこは丁寧にやってもらいたかった。

・本編【83分】
「結婚」「現代アート」「餅田の家掃除編1」「占い」「餅田の家掃除編2」「先生」「ベビーシッター編1」「駅員」「ベビーシッター編2」「女優の夢」「料理篇」「浮気」「オーディション」「「TimTim PomPom」MV」「ちんこなぞかけ」

・特典映像【14分】
「リベンジちんこなぞかけ」

 

2020年7月の入荷予定

29「2020年度版 漫才 爆笑問題のツーショット

どうも菅家です。人生のバイブルは松本零士『聖凡人伝』です。

気が付けば、もう七月ですよ御同輩!と肩を組みたくなる季節になって参りましたが、なにせソーシャル・ディスタンスの世の中で御座いますので、右も左も猫も杓子もソシャデソシャデで御座いまして、あたしゃ思わず何処かで誰かに課金しそうになっている今日この頃であります。とはいえ、不景気な世の中で御座いましょう? そうそう財布の紐も緩められないってんで、もうガッチンガッチンに結び目を締めに締めて、いざという時に取り出せなくなっちゃったもんだから、最近はすっかりカードでリボ払いの毎日です。元も子もない。下らないことばかり言い続けておりますが、なにせ世の中が薄暗いものですから、こういう場末のブログぐらいは陽気に明るく盛り上がっていこうじゃないって思ったり思わなかったりしているわけです。嘘だけど。

ってなわけで七月ですが、今のところは爆笑問題の漫才DVDだけしか予定がないようです。困ったもんだ。別に困りはしないけど。色んなライブが中止になっているので、もうこの事態は想定の範囲内なのですが、それにしたって寂しいじゃああーりませんか。なので、各社には不出の映像素材を敢えて今になって出すという暴挙に出てもらいたいところなのですが、どうですか。過去には、あくまでも事務所の記録用映像として撮影された、よゐこのベストライブやドランクドラゴンの単独ライブがソフト化された事例もありますので、ここは思い切って秘蔵映像で予算を償却するというのは如何で御座いましょうか。まあ、それはそれで、権利関係とかややこしそうですけども。

ちなみに八月は、小林賢太郎あれが出ます。