令和時代のお笑い公論

笑いの粗熱が冷めるまで

愛しのヴィデオ・ボーイ!

先日の『東京ポッド許可局』でVHSのことが話題になっていた。

で、なんとなく脳の奥の引き出しに片付けていた記憶が、ふつふつと蘇ってきた。

今でこそDVDだのBlu-rayだのにウツツを抜かしている私だが、その根っこにあるのはVHSである。OLの弁当箱の倍ぐらいのサイズの黒い物体を、デッキにガチャガチャいわしながら突っ込んでいたのである。

私に限った話ではない。

そういう時代を経験してきた世代なのである。サブスクリプションで最新の映画を観ただのドラマを観ただの語っている今の三十代だって、同じことを経験している筈なのだ。時たま、テープがデッキに噛んでしまって、アタフタしながら親に助けを求めた筈なのだ。そういう思春期を経験している筈なのだ。ああ、思い出しただけで、なにやら恥ずかしい。

というわけで、今回はVHSの記憶を書いてみようと思う。

書かないと忘れそうだし。私的な記憶をネットの海に放流してしまえば、半永久的に漂流してくれるのではないかと期待している。その前にサーバーがどうのこうのいう問題が発生して、消えてしまうかもしれないけれど。それもまた人生である。うむ。

 ↑本記事のタイトルの元の曲。BGMにどうぞ。

私にとって最古のVHSの記憶は、父親が録画していたアニメのビデオである。

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2022年7月のリリース予定

20「空気階段 単独公演 「fart」

どうも、すが家です。暑い日が続きますね。

先日、四国では最高気温35度を記録しまして、そろそろ身体が融解するのではないかと危惧しております。全身とろけ太郎です。片栗粉まぶし之助かもしれません。何を言っているのやら。この調子だと、七月・八月ごろはどういうことになっているのか、今から心配でなりません。蒸発してんじゃないかしらん。

そんな七月のリリース予定ですが、今年の二月・三月ごろに開催された、空気階段の単独公演のソフト化のみになるようです。ちょっと寂しい感じもしますが、この御時勢なので、こんなもんだろうという気もします。先日、バイきんぐとバナナマンの単独ライブの開催がそれぞれニュースになっていたので、そろそろライブDVDもまた増えていくことになるのでしょうけれど、それはそれで配信中心になりそうな予感もありますね。どうなんでしょうか。

八月は、大喜利猿……ならぬコント犬による特大ボックス。

あばれヌンチャクの記憶

元「あばれヌンチャク」の竹内幸輔氏が亡くなった。45歳だった。

かつての相方で、晩年はピン芸人桜塚やっくん」として活動していた斎藤恭央氏は2013年に亡くなっているため、これであばれヌンチャクというコンビは完全にこの世から消滅してしまったことになる。2005年にコンビそのものを解散しているため、消滅もへったくれもないのだが、それでもかつてのパフォーマンスを体験している人間としては、一抹の寂しさを覚えずにはいられない。

あばれヌンチャクのネタを初めて目にしたのは、2002年1月に放送された『爆笑オンエアバトル』。お笑い芸人に対する好奇心が芽生え、番組を視聴し始めた頃のことである。その日は、テツandトモだいたひかるスピードワゴンなどの面々によるパフォーマンスがオンエアされていた。だいたひかるはこの日が初オンエア。『エンタの神様』で披露していたような「どうでもいいですよ」スタイルはまだ確立されておらず、海のものとも山のものともつかないような振る舞いが強烈なインパクトを与えた。

そんな芸人たちの中に、あばれヌンチャクもいた。

あばれヌンチャクのネタは、いわゆる子ども向け番組のフォーマットを模倣したものだった。斎藤が“やっくん”としてポップなキャラクターを演じ、子ども向け番組を成立させようとするのだが、竹内扮する黒いスーツの“おにいさん”が披露するブラックな歌やイラストに振り回される……というのが基本的な構図だ。子ども向け番組の朗らかさとネタの内容のブラックさを掛け合わせることで生まれるギャップが、たまらなく面白かった。

この日、彼らが披露していたネタは「なぞなぞソング」。竹内がキーボードを演奏しながら歌い上げる「なぞなぞソング」に合わせて、斎藤がスケッチブックをめくっていく。内容はやはりブラックだ。特に印象に残っているのは、『すうじのうた』のメロディで歌っていた、以下のくだり。

竹内「すうじのいちは、なぁ~に?おーじーいーちゃーん♪」
 (首が横に曲がっているおじいちゃんのイラスト)
斎藤「ネックブロークン!」

なにせ二十年前のことなので、ひょっとしたら、この日に披露されたネタではなかったかもしれないが、このくだりに大爆笑した記憶がある。以後、おじいちゃんはイラストの中で延々と蹂躙され続け、最終的には星になってしまう。そこに描かれているのは明確な死だったが、あまりの軽さとバカバカしさで、笑わずにはいられなかった。

このネタに限らず、あばれヌンチャクのネタでは、よく人が死んでいた。今ではきっと許されない描写だろう。否、2005年にオンエアされたヤポンスキーのネタに対し、かわいいキャラクターが自殺しようとするシーンにクレームが入っていたことを思うと、当時でもそれなりにギリギリだったのかもしれない。

ネタの中でおじいちゃんを死に追いやって笑いに昇華していたコンビが、どちらもおじいちゃんになる前に亡くなってしまったことは、無念でならない。

山里亮太を待ち続けている話。

山里亮太香川県に来ない。

このようなことを書くと、「この人は山里亮太と個人的な付き合いをしているのだろうか」「蒼井優とも知り合いなのだろうか」「第一子誕生のお祝いにプレゼントを送るぐらいの交流があるのだろうか」などという妄想を膨らませる人がいるかもしれないので、念のために説明する。

今現在、山里亮太は一人きりのトークライブ「山里亮太の140」による全国ツアーを敢行中なのである。それも、ただの全国ツアーではない。全ての四十七都道府県を巡ることを前提とした、正真正銘の全国ツアーである。ちょこっと五大都市を巡っているだけのくせに、全国ツアーと言い張っている芸能人は、全員山里の爪の垢を煎じて飲むべきだ。面倒だから直に足を舐め回せ。

新型コロナウィルスのパンデミックによる影響で、様々な活動が自粛を求められている状況下において、ただの全国ツアーを敢行するだけでも大変だろうに、四十七都道府県を巡るとなると、それはもうこちらの想像もつかないほどの気苦労があることは想像に難くない。まして、山里は押すに押されぬ人気者。みっちりと詰め込まれたスケジュールの隙間を縫うようにして、ライブの予定を入れることがどれほど大変なことか。もしも自分が同じような状態であったならば「働くのは嫌だ!辛い!トークライブ反対!」とのたまいながら、リビングのクッションをひっきりなしに殴り続けるに違いない。あなた疲れてるのよ。

しかし、それにしたって、山里亮太香川県に来ない。

これほど現状に理解を示した上で、どうしてそんなことをボヤいているのかというと、この全国ツアーによる地方公演が開始されたのが昨年の五月だからである。厳しい状況であるのは分かる。忙しいのも分かる。しかし、地元での開催を、今か今かと恋い焦がれながら一年以上待ち続けているのは、流石にちょっとしんどいというもの。誰が悪いというわけではないのだが。

あんまり待ちくたびれたので、この一年の間に山里が回った場所を書き上げて、これから回る予定(であろう)場所をリスト化してしみた。

以下、既に開催を終えている(或いは開催の目途が立っている)公演である。

【2021年】
05月22日 鳥取県 米子市文化ホール
05月29日 静岡県 えんてつホール
06月12日 長崎県 長崎市民会館 文化ホール
06月19日 富山県 富山県教育文化会館
06月26日 愛媛県 愛媛県県民文化会館 サブホール
07月03日 北海道 共済ホール
07月10日 岐阜県 下呂交流会館 泉ホール
07月23日 高知県 高知県立県民文化ホール・オレンジホール
07月31日 青森県 下北文化会館 大ホール
08月13日 愛知県 名古屋市芸術創造センター
08月14日 鹿児島県 川商ホール 第2ホール
08月28日 兵庫県 神戸市文化ホール 中ホール
09月18日 宮城県 仙台プラザホール
09月24日 大阪府 なんばグランド花月
09月25日 岡山県 おかやま未来ホール
10月01日 東京都 新国立劇場 中劇場
10月02日 東京都 新国立劇場 中劇場
11月20日 福井県 大野市文化会館 大ホール
11月26日 福岡県 よしもと福岡大和証券/CONNECT劇場
12月04日 石川県 県立音楽堂 邦楽ホール

【2022年】
01月15日 宮崎県 宮崎市民プラザ
01月22日 秋田県 児童会館 子ども劇場 けやきシアター
01月29日 新潟県 新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ) 劇場
04月09日 岩手県 盛岡劇場
04月23日 群馬県 高崎芸術劇場スタジオシアター
05月13日 京都府 よしもと祇園花月
05月28日 熊本県 熊本城ホール シビックホール
06月18日 大分県 パトリア日田 大ホール
06月25日 山形県 山形市民会館 大ホール
07月02日 北海道 共済ホール
07月29日 愛知県 御園座

北海道で二回やっているのがなにやら解せない。まあ、言っても、“試される大地”こと北海道は広大なので、二回はやっておかないと山里ファンの道民がかわいそうだということなのだろう……いや、その割には、同じ会場(札幌市)での開催だな。何か理由があるのだろうか。そこは本記事のメインではないから、特に調べないけれど。(追記:よく見たら愛知県にも二回行ってる。どういうことだ)

続いて、まだ回っていないのが、以下の都道府県である。

北海道:済
 東北:福島
 関東:茨城 栃木 埼玉 千葉 神奈川
 中部:山梨 長野
 近畿:三重 滋賀 奈良 和歌山
 中国:島根 広島 山口
 四国:香川 徳島
 九州:佐賀 沖縄

まだ十九県も残っている。ここ数ヶ月の傾向を見ると、月に二県程度のペースでライブを敢行しているようなので、この調子だと、下手すると今年中に香川県にやってこない可能性がある。まだ待つのか。待たされるのか。

(追記:福島県が抜けていたので追加しました。ゴメンネゴメンネー)

とはいえ、ほんのちょっぴりでも、終わりが見えてきていることに安堵する自分もいる。始まりがあれば終わりがある。感染症の大流行も、悲痛な侵略戦争も、山里亮太の四十七都道府県全国ツアーもいずれ終わりを迎えるのである。何も出来ない自分はただただ待つばかりである。

急ぐな焦るな慌てるな。山里亮太はいつかきっと香川県へとやってくる。

……ただ、ちょっとだけ、待ちくたびれたなとボヤいてみた。それ以上でも以下でもない。深読みするな! 俺の心を分析するな! 視野狭窄にしょうもないカテゴリーに俺を突っ込むな! これで炎上したら少し泣く。

「お金があれば→戦争です」の話。

反戦のメッセージを込めた楽曲、いわゆる“反戦歌”の中には、敢えて戦争を推奨するかのように歌い上げているものも少なくない。例えば、泉谷しげるの『戦争小唄』などは、その代表的な作品といえるだろう。「国が認めた戦争だ みんなで殺そう戦争だ」という歌詞はあまりにも過激だが、その歌詞の中で描かれている情景は、戦争という言葉から想起される漠然としたイメージの解像度を上げ、その不気味な熱狂を伝えることに成功している。この歌詞を真に受けて「死ぬの大好き!殺すのやってみたい!戦争賛成!」と盛り上がるような人間は、そうはいないだろう(最近、ゼロとは言い切れない時勢になってきているが……)。

この『戦争小唄』とは逆に、とてもシニカルな切り口で戦争の不気味さを説いているのが本作である。「妻とのケンカ」「仕事のトラブル」といった日常的なトラブルに対し、「お金」という露骨な回答を提示し、そこからさりげなく戦争を推奨する流れへと接続している。そのあまりの露骨さに、視聴者はそれが悪質なジョークであると容易に気付くことが出来る。苦笑いの一つも浮かべることが出来る。だが、現実の社会において、より緻密に意図を組み込んだメッセージが伝えられたとき、私たちは果たして、その真意に気付くことが出来るのだろうか。

「有り得ない」と思われるだろう。正直、私もそう思っている。でも可能性はゼロじゃない。一応、念のため、ひょっとしたら……を意識するのは悪いことではないだろう。日々に暮らしに必死で、そんなことを意識している余裕がないというあなたに、素晴らしい解決方法をお教えしましょう。大丈夫!お金があれば、大丈