白昼夢の視聴覚室

犬も食わない

初めてイワシの缶詰を食べた日の話。

子どものころ、魚の缶詰を毛嫌いしていた。食べたことはなかった。魚のような生臭い代物が、金属の容器に密封されているという状態から、ネガティブな妄想を膨らませてしまい、一方的に忌避していたのである。サバやイワシの缶詰を食べるようになったのは、三十歳を超えてからのことだったように記憶している。ふと、小学校の給食に出ていたサバの生姜煮が好きだったことを思い出し、同様の総菜をスーパーで見つけることが出来ず、かといって自分で料理するにはハードルの高さを感じてしまい、途方に暮れていたところに、コンビニで“イワシの生姜煮”の缶詰が売られているのを発見したのである。値段がサバ缶よりも安価で手に取りやすかったことも、それまでの苦手意識を乗り越えらせてくれた理由だったのかもしれない。果たして、私に買われたイワシの缶詰は、私の自宅のちゃぶ台の上でもって、その取っ手に指を掛けられ強固なフタが外されたのであった。箸で切り身をつまみあげ、口の中へとゆっくり運ぶ。美味い。口の中に広がる生姜の風味と、無駄のないイワシの味わい。これを逃がしてはなるものかといわんがばかりに、私は傍らに置いていた発泡酒の蓋を開け、勢いのままに口の中へと注ぎ込んだ。かくして私は、これまで固く心を閉ざしていた缶詰への道を、迂闊にもこじ開けてしまったのであった。高い塩分が待ち構えていることなど知りもせずに……。