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さあ、水道の蛇口を開け。

2025年7月のぼやき。

2025年7月のぼやきツイートまとめです。

この件を受けて、仲間同士のやり取りの中で敢えて露悪的な表現を取る中学生の思考とインターネットカルチャーって、割と近いところにあるのではないかと思いました。……或いは、内面的には中学生のころから変わっていない大人が少なくない、ということなのかもしれませんが。

 

男性も女性も若い女性が好きだという話を聞いたことがあるので、あながち間違った指摘でもないような気がしないでもないです。

 

人間横丁のYouTubeチャンネルで蓮見翔(ダウ90000)とラーメンズに関するクイズ企画が行われているのを見て以来、うっすらと心の中に生じたざわめきについて。自分にとっての常識が若者たちにとっては知らなくて当たり前のことになっていくことへの悲哀、そして歴史が継承されていかないようになっていくのではないかという不安。

 

「ちゃんと間違ったことを言っている人には説教するあたり、菅家さんは優しい」といわれた件について。

 

自己責任という言葉が渦を巻いていた時代を見てきた世代としては、そのように感じてしまう気持ちも理解は出来ますが、社会はそうであるべきではないだろうとも思います。

 

酔っ払った勢いで、以前からうっすらと感じていた関西と関東の壁が再構築され始めているのではないか?という疑念について吐き出したポスト。ここで霜降り明星の名前が出ているのは、少し前のオールナイトニッポンにおいて、二人がマギーのことを単なる俳優として認識しているらしかったことへの不満が表れています。彼らの年齢を思うと知らなくても仕方がない……とは思いつつ、どうやら心のどこかで「ジョビジョバぐらい知っておけよ、関西の先輩芸人にばっかりリスペクト示しやがって」という気持ちの吹き溜まりがあったようです。

 

「7月5日に世界は滅亡する」という陰謀論に対する一部の反応を見かけて。そもそも冗談みたいな話ではあるので、そんないちいち真に受ける必要もないじゃないかという気もしないでもないですが、そこそこの経済効果を生んでしまっているらしいので、もはやそういう茶化しも許しちゃいけないのではないかって思います。

 

ゲストにナイツ塙。人の名前を出すことで審査員に減点させる理由を作ってしまっている……という話を明確に聞き出せただけでもスゴいのに、どんどんスゴい話へと展開していました。ポッドキャスト配信もされているので、気になる方は是非。

 

「良くない言動をしたアーティストが話題になった時に「その人好きじゃなくてよかった」とわざわざいうのはなんなんだろう」という旨のポストを目にして。そもそも、その良くない言動もアーティストの一側面でしかないわけで、それだけを受けて作品全体を否定するような態度は、むしろ人を人として見る上で危ういのではないかという気がします。

 

高知で初の無痛分娩が行われた件を受けて、「さす九」の文脈で四国を批判している人に対し、「高知はさす九とは違います。シンプルに貧乏なんです」という反論が起きているところを見かけて。新しい断絶を作るのに必死過ぎる。ていうか、そもそも「さす九」という言葉が心の底から嫌いなんですけど、なんでこの言葉を使うことが許されているのか分かりません。歴史的背景から理解を深めながら全体の価値観をアップデートさせていくというプロセスを完全に無視して、古臭い考え方をサクッと最新の価値観で塗り替えてやろうという高慢な態度が透けて見えます。付け焼刃で身につけた思想なんて、すぐさまポロッと剥がれますよ。

 

そう考えているとしか思えないようなつぶやきをSNSに投げ込んでいる人を見かけて。

 

テレビやラジオよりも、こちらを懐柔しようとしている感を覚えます。一昔前、テレビやラジオがネットカルチャーを取り上げたときに、一部で語られていた「オタクに擦り寄っている」みたいな感覚に近いのかもしれません。

 

ある主張に対して「安っぽく、しょうもなく見える」としか言っていないつぶやきを見かけて。それだけだと、どの辺りが安っぽくて、どの辺りがしょうもないと感じるのか、まったく伝わってきません。むしろ、その具体性のない感情的な反応の方が、安っぽくてしょうもなく見えます。……でも、そこまでのものを、このSNSに求めるというのも……どうなんですかねえ。

 

「こっちはそういうキャラクターでやってるんだよ!」って他人に押し付けてしまっている可能性は考慮してほしいよね、という話。たかだか一般のアカウントが再ブレイクを果たしたテレビタレント気取りですよ。

 

映画『スーパーマン』に対して「ポリコレがないから面白い!」という感想を書いている人がいるけれど……という旨のつぶやきを見かけて。

 

朝ドラ『あんぱん』で高齢者が亡くなったシーンをドラマチックに描写している様子を目にして、抱いた感想。そもそもそこまで重要な動きをしているようなキャラクターでもなかったので、その退場をこんな盛大に描くのはどうなんだろうな……とも思いました。

 

基本的に文字情報だけでやり取りしているから、相手を騙そうとする人間が出てくる可能性は、むしろX(旧Twitter)の方が高いのではないかという思いつき。

 

以前に相互フォローだったはずのテレビ関係者からブロックされていることに気付いて、激しく落ち込んだ後に、ふと思ったこと。どうしてブロックされてしまったのか、明確な理由が分からないし、確認のしようがないので、どうにもこうにも対応できないのが辛いところであります。

 

どちらに身を置いているかによって、捉え方はまったく変わってしまうのではないか、という話です。

 

メッセージの受け取り方を視聴者に委ねている作品が大半の中で、『魔法少女山田』のように、作品をエンタメとして楽しもうとすればするほど作品内に込められているメッセージと向き合わざるを得ない手法は、視聴者を囲い込んでいるようで、なかなかに創作物として強烈だと思わざるを得ないです。

 

「作り手と受け手の関係性は常にイーブン」というのが私の持論です。そこには上も下もありません。あったりまえのことじゃろがい。……などと粋がっておりますが、これもテレビ関係者にブロックされた件を引きずった上でのポストですね。自分に言い聞かせている部分が大きいような気がします。

 

キングオブコントの予選で「足を怪我していて松葉杖を使っている女性をナンパする男」という設定のコントが演じられていて不快だった」という話を目にして、YouTube上で公開されているそのネタの動画を鑑賞して思ったこと。意外とネタとしてはちゃんと作り込まれていたのですが、だからこそ、その設定の危うさに気付ける時代感覚をどうして持ち合わせていなかったのか、とつくづく思います。さらば青春の光みたいな絶妙なバランス感覚のネタをやりたかったのかなあ……。

 

先のテレビ関係者からブロックされたことを引きずり倒した結果、たどり着いた真理。とはいえ、ちょっとした繋がりをきっかけにネット上での関係性を築き上げることが当たり前だった世代としては、そんな風に上手く切り替えられるものではないよなあ、とも思います。

 

料理研究家の人が炎上しているところを見かけて。ちゃんとみんな命がけで自分の人生のパートナーになりうる味噌を探してます?

 

先の「脳死」に関連して。

 

元セクシー女優の方がイベントでウエディングドレスを着用している写真を公開したところ、「後撮りで着ようとしていたドレスをAV女優が着てて最悪」「AV女優に貸すって知ってたら契約しなかった」という旨の発言をする人物が現れ、物議を醸した件について。そもそも、既製品を利用するということは、多かれ少なかれそういうことだろうと思いますが。「あの子が着てるから、もうこれ着たくない!」ってガキかよ。

 

mondに私を過剰に評価する文章が送られてきたことに対するリアクション。「お前のお笑い評論は面白くない」と言ってきた人のことは今でも覚えています。でも、向こうは向こうで、相変わらずSNSでバズりやすそうなオタク受けの良さそうなネタポストを日常的に投下しているようなので、それがこの人が言うところの「面白い」なのだとしたら、そこまでまともに受け止めることもなかったのかなって思いますね。

 

今月は以上です。