10月は地元のお祭りとキングオブコントがあったので、ちょっと控えめですが、それでもそこそこにぼやいていました。
元ポストを確認しました。二本とも同じ年の準決勝で披露した過去ネタをやってるってことなら、ちょっと話が違うじゃない。 https://t.co/IwoNUbipIQ
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年9月30日
「受かる気ないじゃん」とまでは思わないけれど、その年にその二本のネタをかけて合格しなかったって事実はあるんだから、せめてどっちかは違うネタをかけたほうが良かったんじゃないかしらんね。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年9月30日
『キングオブコント2025』準決勝において、とあるコンビが『キングオブコント2023』準決勝で披露したネタ二本を演じていたことに対し、「興覚め」「受かる気ない」「時間とお金の無駄」と言及したお笑いファンのポストに関する質問を受け、二本とも同じネタをやったとは知らなかったために「同じネタでも演じる時期の演者の年齢や状態によって良さが変化することもあるので、別に問題ない」と回答したのですが、後になって事実を知ったときのポストです。二本とも同じネタで挑んだというのは流石にちょっと引っかかります……けど、「時間とお金の無駄」は言い過ぎですよね。
『脳盗』武田砂鉄ゲスト回を聴いている。氏の文章の痒いところの周辺をコショコショするようなところが苦手だったのだけれど、それが意図的なものであるらしきことが語られており、いろいろと腑に落ちた。空気に対抗するための空気を醸成しようという覚悟なんだな。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月1日
2025年9月27日放送回です。
アイドルや芸人にやったら当人にも同じファンにも絶対に嫌われるだろう引用RPが、声優だと許される感じってなんなんですかね。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月1日
別に許されてはいないのか
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月1日
声優の内田真礼と石川界人が結婚した件について、本人たちや同業者や出演したアニメのアカウントに対して、デリカシーのないコメントを送っている人たちを目にして。他の芸能ジャンルに比べて、演者に対する敬意の欠けている人が多いのでしょうか。それとも単にそういった人たちが目立っているだけなのでしょうか。
コウメ太夫が手にカンペを書いていることが前提のドッキリを受け入れてしまっている時点で、我々も相当に毒されている
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月1日
2025年10月1日に放送された『水曜日のダウンタウン』において行われた企画「みんなの説SP」より、「コウメ太夫、手の甲に自分が書いたものではないネタのカンペが書かれていても、もう別になんでもいいのでそのままネタやっちゃう説」を見て。
シティホテル3号室 コント「シリコンバレー珍道中」 https://t.co/iNpQ3Et2ps
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月1日
『キングオブコント2024』のオープニングに使われていたコントが公式アカウントで配信を開始していた。嬉しい。
シティホテル3号室のコント、割と序盤でネタの仕掛けが明かされて、そこから大きな転換があるわけではないのに、やけに重たい演技の腹持ちの良さで最後までスッと駆け抜けていく感じが、なかなか底知れないよな。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月1日
発想は決して斬新とはいえないし、そこから意外性のある展開を見せてくれるわけでもないのに、鑑賞後にはしっかりと「コントを見た!」という満足感を残してくれるところに、地肩の強さを感じています。どっかのタイミングでバカ売れする可能性を秘めているのではないかと思っています。これだからタイタンはやめられない。
X(旧Twitter)って、ぼやきたい人がぼやくためのタネを見つけるのに適したSNSだな
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月2日
みんなもっと自分のポストは単なるぼやきだと自覚した方がええねん。ぼやきで世の中を変えようなんて息巻いてるから変なことになんねん。世の中を変えたいなら、スマホ置いて手ぇと足を動かしやー
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月3日
真理です。
以前、精神科医の名越康文氏が、とあるゲームの解説において「人間は対する相手によって自然に人格が変わる」という話をされていました。その理屈でいえば、ネット上での人格もまた「ネット上で対話する相手に合わせた人格」といえるのかもしれません。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月2日
それを踏まえて、炎上に加担している人たちのポストを見ると、なかなか興味深いことが分かるかもしれません。その人たちの、ネット上での人格が形成されるまでのいきさつについて、思いを馳せたくなるかもしれません。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月2日
「ネットの人格は自分自身とは無関係な別人格」として切り分けている人が一定数存在しているのではないか、という疑念です。それは別人格などではなくて、根っこでは自分自身としっかり繋がっているんだぞ、と認めることがネットで他者とコミュニケーションを取る上で大事なことなのではないでしょうか。
なんとなく頻出ツイート100選のことを思い出したので、ネットの海から探し出して、読み返している。いくつかのネタは今では見かけなくなったものもある。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月2日
当時、確か「頻出ツイート100選を使って他人を攻撃する人間が現れるのでは?」という批判を見かけた気がするが、結果的にそういう人間を見ることはなかった。恐山自身が当該記事を削除してしまったことも大きいのだろうが、
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月2日
そもそも、記事を攻撃に使うということは、結局は記事を作成した恐山におんぶにだっこしてしまっていることを意味しているため、それは好ましいとは思えなかったのかもしれない。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月2日
あと、当時のまとめ記事に「重大な問題も「頻出ツイート」としてまとめられることで、問題が矮小化されてしまうのではないか」という指摘も見受けられましたが、同じ問題が頻出として取り上げられるということは、取り上げられても解決する方向に向かっていない(=解決するまでもない矮小な問題として認識されてしまっている)ということなのではないか?と思わなくもないです。
なんでもかんでも日テレのせいにしてんじゃないよ
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月2日
奈良公園の件について。
まったくの赤の他人に対して、匿名性を利用してああいう言葉を投げつけてくるような人間がいるのだとしたら、確かにネット上に個人的な話を載せるべきではないのだろうな。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月3日
身内の事故死を茶化すような質問を匿名で受け取った件について。
身内を亡くした直後の人は基本的にまともなように見えて気が狂ってるってことはもっと周知された方がいい。みんなが好きな漫画キャラが死んだだけで葬式が行われる国だぞ。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月3日
経験談です。平常な人生を送っている人間が、その常識的な物差しを使って、異常事態に陥って錯乱している他人のことを測ろうとすることの傲慢さについて、もっと理解を深めた方が良いです。そもそも測るな。
普段から大仰な表現で自分の感情を表すオタク的仕草、自死が頭を過るほど感情を揺さぶられるようなしんどい状態を言葉にするときに、その感情の吐露を埋もれさせてしまう危険性もあるのかな、とかふと思った。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月4日
100の「マジ死ぬ」の中に1の本当の死があるのかもしれない的な話
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月4日
身内を亡くした人間の心境について言葉にしようとしたときに、気付いてしまったことです。
江口寿史氏の話題、外野に物騒な輩がやけに多い。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月5日
どちらかの関係者なのかと勘違いさせられるほどブチ切れてる人が散らばっているし、どちらかの関係者(同業者とか)に近しい状態である人ほど冷静に見ている感がある。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月5日
クリエイターに対する敬意なんて、場の流れに乗じる快感で一気に吹っ飛んでしまうものなんだなと痛感
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月5日
本来、批判するポジションを取るのなら、反論される覚悟もないといけないのに、烏合の衆と化して「みんながこう言っているから」と尻を捲って逃げられるから、いい加減な主張でも有耶無耶に誤魔化せられるのが昨今のネットの遣り口かもしらん
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月6日
江口氏の件について、中村佑介氏がスペースで話し合いの場を設けようとしていたことについて、「同業者が説教することで被害者を透明化しようとしている」という指摘を見かけたのだけれど、この話題、割と初期の段階で被害者のことは無視した義憤で盛り上がってませんか。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月6日
江口寿史の炎上に関するアレコレです。江口氏の行為や発言は批判されても仕方がないレベルのものではありましたが、今回の炎上では江口氏の才能や過去の仕事まで否定しているものが多く見受けられ、これ以前の炎上よりも更に悪い方向へと進化を遂げているように感じられました。教育的指導の名の元に生徒へ殴る蹴るの暴行を加える昭和の理不尽な教師みたいになってきましたね。
最近のインターネット、「正しい」「正しくない」じゃなくて、「知ってて当然」「常識」か「知らなくて当たり前」「ローカルの話題」で物事を判断している節がある。もしかしたら、判断が間違っていたときに、「多くの人が支持していたんだから、勘違いしても仕方がない」と予防線を張っているのでは。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月6日
炎上についてのひとつの結論です。
江口氏の件について、中村佑介氏がスペースで話し合いの場を設けようとしていたことについて、「同業者が説教することで被害者を透明化しようとしている」という指摘を見かけたのだけれど、この話題、割と初期の段階で被害者のことは無視した義憤で盛り上がってませんか。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月6日
とりあえず、そういうことは被害者が透明化されたなーって状態になったときに批判すればいいだけの話なので、「透明化するつもりだろ!」と決めつけて物申す姿勢は違うんじゃないかって気がします。
「ザコ寿司」が炎上して「片親パン」がうっすら認知されるのは意味分からん
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月7日
特定の菓子パンが、子どもの面倒を見るのが難しい母子家庭・父子家庭においてよく食べられるイメージから「片親パン」と呼ばれるようになっていた件について。そもそもこの言葉を生み出した人自身がそういう家庭で育ったらしく、この言葉も自虐的なニュアンスで発明されたようです。ネットで自虐的なワードをクリエイティブすると、いつかそういった人たちのことをカテゴライズするための拷問器具として扱われるようになるので、あんまりそういうことはやるべきではない……って話は、割と何年も言い続けているつもりなんですが。
漫画・イラストのトレース行為にブチ切れている人、そこまで漫画・イラストに純真を求めてしまって、作品に固執し過ぎではないかと心配になる。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月7日
ぶっちゃけた話、女性声優に処女性を求める人の話と同じ匂いがします。
ネット炎上の本当に恐ろしくてクソ面倒臭いのは、そこまで深追いしていない人に間違った認識を広めてしまったまま、鎮火してしまうところにある。 https://t.co/ZDJOEuA5lN
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月7日
炎上が収まって、その話題に言及するツイートを見る機会が激減してしまうと、その間違った認識を更新するきっかけを失ってしまうから厄介なのだ。おそらく吉田氏のことも、一定数の人が「インタビューでいらんこと言うた自我の強いフェミ脚本家」とか思っている。実際はそんな酷いこと言ってないのに
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月7日
「すべての炎上は害悪」と主張する根拠です。
マスコミが「マスゴミ」って言われることに慣れてしまっているというか、いっそ開き直っているのではないか?という疑念がある。そんな安易に時代の流れに迎合してはいけない稼業だろうに。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月9日
高市総裁の記者会見場において、とある記者が「支持率下げてやる」と発言した声が放送に載ってしまった件について。記者の態度そのものもさることながら、そんな記者のことを大々的に批判できない自浄効果を持たないマスコミの姿勢もなにやらみっともないです。やっぱりメディアで最もコンプライアンスが危ういのは報道なんじゃないですかね。
アラフォー世代のおたくでコンパイル時代の「ぷよぷよ」のキャラクターにグッときてない人、マジで0人説
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月10日
一昔前の流行語を巧みに操る魔女「ウィッチ」って、今の時代ならもっとブレイクしたんじゃないかという気がして、ポロッとこぼれたつぶやきです。おいっす!
テレビに出演しているマナー講師をバカにする人って、ネットに広がるローカルマナーについてはどう考えているんだろう、ということをふと思う。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月14日
他人のふり見て我がふりを直していないような。
このAVを真似して女性を傷つけるクソバカ野郎問題を目にするたびに、悪いのはAVよりも行き届いていない性教育なんでないかっていつも思うんだが
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月16日
結局、根っこにあるのは、すべての性的な行為をタブー視する傾向にあるんじゃないかって思うんですよね。とりあえずモザイクを外すところから始めた方がいいんじゃないですか。そこを隠して隙を作ってしまうから、AVのファンタジー化が加速しているともいえるんじゃないですかね。
「政治のことを話さない」ことと、「政治そのものに関心を持たない」ことは、まったく別の問題を孕んでいる
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月16日
マシンガンズ滝沢氏のあれやこれやを見て。
ロングコートダディは兎も堂前も色っぽい。危うさを孕んだセクシーなコンビだと思う。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月18日
『キングオブコント2025』決勝でのロングコートダディのネタをテーマにしたファンイラストを見て、再認識させられたこと。
『笑点』のエバースの漫才を見た。そもそも「女性の板前が存在しない理由」がネタの前提になっているので、それがオチへのフリとして作用しているとはいえ、誤った認識を広めてしまう危険性はあるかもしれないな、とは思った。ただ、そもそも「女性の板前が存在しない理由」はそこそこ有名な俗説なので
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月20日
そこからネタを作ってしまったエバース“だけ”を悪者にしてしまうような批判を展開するのは、ちょっと違うんじゃないかという気もした。「こうこうこういうネタをやっている漫才師がいたけれど、あれは一昔前の俗説だから、あんまりやらない方がいいんじゃないか」ぐらいでいいよ。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月20日
しっかしエバースの漫才、面白かったなあ。きざったらしく知識をひけらかして、えげつない屁理屈で佐々木に追い詰められていく町田の狼狽がたまらなかった。コンビの関係性でいうと、古典的な漫才への回帰を感じさせられる。『笑点』でやるタイプのネタではなかった気がするけど。言語化しなくてええよ
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月20日
しっかし「あらゆる偏見を流布しないよう配慮するのはエンタメに携わる全ての人が気を付けなければならない」という主張は、圧倒的に正しくて高潔ではあるけれど、クリエイターにとってはドえらい諸刃の剣を握ったなという印象。死角から刺されかねないぞ
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月20日
漫画家のせきやてつじ氏がエバースの漫才に対して言及しているポストを目にして。これを受けて「エバースの漫才はこう見るべき」と主張するお笑いファンのポストをいくつか見かけたのだが、ちょっと都合の良すぎる見解を示しているものが多く、ちょっと目に余るものがあった。的外れな批判には真っ向からぶつかるべきだとは思うが、それなりに道理の通っている主張については、受け入れるべきところは甘んじて受け入れるべきである。そんな態度だから今のお笑いは閉鎖的だのなんだの言われんだよ、しょうもねえ。
すべての発信が無理解な第三者たちによってネガティブに消費される昨今のインターネットに、個人の最上級の幸福は存在しないのかもしれない。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月23日
自分が良いと思っているものを嫌っている人は必ず存在しているし、自分の抱いている思想と反する思想を持っている人も必ず存在するので、そんな人たちの目に届く広大なインターネット上でどんなにポジティブな発信をしたところで、なんぞかんぞ言ってくるマナーのない連中は寄ってくるんだよな……と思いながら。
「あの政治家はオタクだから俺たちの味方だ!」みたいな、かつて麻生太郎氏がローゼン閣下と持ち上げられていた時代からタイムスリップしてきたかのようなポストがTLに流れてきて、そして消えていった。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月23日
オタクがオタクの味方だとしたら、オタク同士で揉め事なんか起こるわけがないんだから
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月23日
いつか見た光景です。学べよ、歴史から。
ネットで無料公開されているコンテンツが有料化されて、人気コンテンツとして持ち上げられたときに「そういう商売かよ」って吐き棄てるように突き放す人の感覚があんまりよく分からない
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月23日
商売として提供されているコンテンツに乗っかってしまった自分を許せないのかもしれないけれど、本来なら中学高校で卒業する感覚では
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月23日
『35歳の大人が初めて「ごんぎつね」を読んだらどうなるのか?』という記事に対して、そういうコメントが寄せられているのを見かけて。今、改めてコメントを見返してみると、どちらかというと「本を読めない大人に本を読ませて感想を聞いてみる」というテーマを商売に繋げていることへの不快感を露わにしたものだった模様。それだとちょっと気持ちは分からなくもない。素朴な人間的素質を金銭に変えることは、なんともいえない危うさを孕んでいる気がしないでもない。でも、だからこそ、多くの人に氏の感性の魅力が伝えられているわけで……うーん……。
それにしても企画が魅力的過ぎる
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月24日
有料配信サービス『ダウンタウンプラス』で提供される企画について、ざっくりと確認した上での感想です。ある一定の方向性における「芸人が最も面白くて魅力的に見える切り口」を提示する企画力の高さという意味では、松本人志はまだまだとんでもないなと再認識させられました。それだけお笑いが好きだということの証明になっていると言ってしまってもいいのかもしれません。見るかどうかは分からないけど。
またmondに心無いAI質問が来てた! 俺の中ではブログに昇華した時点で「もう使い終わったネタ」なので、もう何も感じない。だからもうやめとけ。もう俺はお前のことを「電車で社会に対する不満を絶叫するヤバい人」として見てる。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月25日
またしても鬼籍に入った身内の死因に関する質問を受けて。「これについての質問は精神的に辛くなるので受け付けません」「専門家ではないので症状に関する質問は受け付けません」と対応しているにもかかわらず、しつこく送り付けてこられるので、もう私は質問者を「私に明確な敵意を持つ人物」と認定することにしました。そんな人に対してまともに付き合う理由はありません。ただ、私を揶揄うためだけにその症状を利用するということは、今もなお同様の症状で苦しんでいる人たちの存在を軽んじることと同義だということにも気付けないような人間としての薄っぺらさに、むしろ同情します。赤の他人を揶揄する前に、ご自身の人生をちゃんと見直してみては。
TBSラジオの番組をポッドキャストで聴いてたら、いきなり再生が止まったんで、どうしたんだろうと確認してみたら、どうもその場で音声広告をダウンロードしようとして失敗した模様。ネット環境のないところで聴けるのがポッドキャストの利点なのに、広告を流そうとして再生が止まるの本末転倒やないか
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月25日
広告がダメとは言わんのよ。なんで音源をダウンロードしたときにセットでダウンロードできる仕様にしてなんだよ、と。広告のタイミングでその場でダウンロードされ始めたら、ポッドキャストの意味がないだろうと。誰が通信料に金払ってると思ってんのよ。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月25日
ちょっと意味が分からない仕様について。『週刊!しゃべレーザー』『こたけ正義感の「聞けば無罪」』などのように、ラジオで放送された音源がそのまま転用されているタイプのポッドキャスト番組は他にも聴いていますが、こんなことは一度もありませんでした。ポッドキャストの利点を潰してませんか。
藤井さんの言ってることが正しいとは思わんけれど、それに対して言っていいことと悪いことの判断くらいつかないもんかね。批判の名目があれば何を言ってもいいってわけじゃないRP
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月26日
自分とは合わない主張をしている相手に対する敵対心が強すぎる
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月27日
以前、松本氏関連のニュースで三村おじさんがはしゃいでたときに、「お前の娘が被害にあってもいいということだよな?」云々のリプを飛ばしていた人がいたのを思い出した。良くない。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月27日
飛石連休の藤井ペイジが「ダウンタウンチャンネル楽しみやし、嫌な人は見なけりゃいい有料チャンネルやからネットも穏やかになるやろうと安心してたら「自分の好きな芸人にそこに関わって欲しくない」層が主張しだしたぞ」「性加害がどうの言うとるけど、結局週刊誌が書いてた「加害」はひとつも証明されてないはずやねんけどなあ」(本文ママ)というポストを投稿したのに対し、「証拠を握りつぶぜは、あんたの家が放火されても証明されずに済むだろうしね」という脅迫めいたリプを送り付けた人物がいたことを受けて。藤井氏の批判者を煽るようなポストも良くないですが、相手の存在を脅かすような反論はすべきではありません。それにしても、他の加害を批判している一定数の人が、自身も加害性の強い言葉を用いているのは何故なのでしょうか。……これまで被害者としての立場を取らざるを得ない人生を歩んできたからなのかな、と勝手な妄想をしてしまいます。余計なお世話。
推し殺す - タカノンノ / 第26話 夜な夜な夜な | くらげバンチ [ https://t.co/B5q3mducp0 ]
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月28日
炎上の経験があると刺さるなー、この内容。冷静になってみると、このクソみたいなムーブに乗るような連中の方が絶対に自分よりもつまらんことが分かるけれど、リアルタイムだと心が物量で押し流される感じ
別にいいけど、そのジャンルに乗り込む決意も勇気も覚悟も持ち合わせていないくせに一定の評価を獲得できたほどの才能を持った人間への矛盾した嫉妬心は一丁前な自分たちについて、見えないところでしっかり折り合いつけてろよとは思う https://t.co/2lZOkvbBmn
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月28日
他人の足を引っ張る自分を正当化することも、そんなダーティなスタンスを敢えて取っているんだと自覚して開き直ることも、なるべくやりたくないものです。
今年から来年にかけてのあたりで、一般市民がクマを撃退するために苦心する漫画とか作られそうだ。ゾンビ映画のゾンビをクマに置き換えたような、ホームセンターで売ってるようなのだけで撃退するような、そういうやつ
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月28日
これと同じタイミングで「自分の生活圏にクマが出没するようになったとき、クマの駆除にクレームを入れていた人たちはどう対応するのだろう?」ということも思いました。これは現実的に起こりそうですね。……どうなるのか楽しみですね(良くない)。
総理大臣に対する評価って、往々にして後になってから上がっていってるイメージがある(=リアルタイムだと正否を判断しきれない)ので、なんともかんとも言えないよなあって思いながらTL見てる。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月29日
今年の石破氏に対する評価の二転三転ぶりを見ていると、マジでそうだなと思います。
未だに映画『100ワニ』をクソ映画って思っている人は、当時のネットのノリを未だに引きずっていて更新できていないか、そもそも映画の楽しみ方が分かってないか、どっちかだ。めちゃめちゃちゃんとしたアニメーション映画だぞ。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月29日
本来、映画ファンだったら、監督が上田慎一郎とふくだみゆきの夫婦って時点で「絶対に面白い映画じゃん」って思うところなんだよな。で、実際にちゃんと面白いのに、ネットの浅墓なノリに引っ張られすぎて未だに正当な評価を得ていない。勿体無さ過ぎる。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月29日
『100ワニ』については、公開直後にダ・ヴィンチ・恐山が自身のYouTubeチャンネルで『100ワニ』をバカにしてもいい風潮が映画に対する評価を曇らせていることについて激怒していた動画を見たおかげで、このネットのノリに乗らずに済んだところもあります。その意味では、ちゃんと怒るべきところで怒るのは大事なことなんだな、と。
「あの政治家、いちいち画になるな」みたいな、かつて小泉純一郎氏の顔つきや麻生太郎氏のファッションが持て囃された時代からタイムスリップしてきたようなポストがTLに流れてきて、そして消えていった。 https://t.co/t73wm8QEsy
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月29日
マジでなんにも学んでないし、マジでシンプルにルッキズムだし
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月29日
こういう時に発動されるオタクの上澄みみたいなノリ、けっこうダルいです。
Xで面白くもなければ新しくもなければ正しくもない中身空っぽな言葉を他人にぶつける行為をツッコミだと思い込んでいる人に、「基本的にツッコミはボケを引き立てるための行為だし、それを見ている多数の第三者が楽しめてなければツッコミじゃないですよ」とそっと声をかける活動
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月30日
最近、マジでこういうリプとか引用RPとか、あとブクマコメントとか見かける頻度がめちゃめちゃ増えた気がするんですよね。何も生み出さない、ぶつけている相手をうっすら不快にさせるだけの虚無コメント。なんなんですかねアレ。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月30日
実のところ、これに関しては、Twitterよりもはてなブックマークのコメントを読んでいるときに感じることが多いです。「そのお前の誰のためにもならないコメントは何のために書き込んだの?」と。批判的なスタンスを提示するだけで中身が伴っていない、本当に空っぽなだけのコメント。マジでなんなんですかねアレ。
個人の感想ポストがバズったときに、理由も根拠も挙げずに「違うと思う」「そうは思わない」「何言ってんだバカ」という感情ダダ漏れコメントを投げかけてくる人が現れるんだけど、そういう人を見るたびに、「自分はそうは思いません!」と大声をあげるあばれる君のコントを思い出す。
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月30日
上のぼやきの亜種。否定するだけで否定の理由を書かない人たち。反論に反論されることを恐れて何も書けないのか、ただ何か言いたいけれど言語化できないだけなのか。
何かを批判するときに「悲しい」「泣いた」と自らの感情を露わにしたり「友人が悲しんでます」「同僚が落ち込んでます」と悲劇の第三者の存在をアピールすることで本質的な批判に加えて同情を乞うことでより深い共感を得ようとする手法は恥ずかしいので自分は採用しないようにしていますすす
— 菅家(すがや) (@Sugaya03) 2025年10月31日
どうして恥ずかしいと感じているのかというと、この手法が「読者から共感を得る」以上の役割を果たさないからです。また、批判は批判でのみ完結すべきで、それを読んだ読者がどのように感じるかは読者の自由であるはずなのに、不必要に感情に訴えかけることで読後の印象を誘導しようと目論んでいるところに、書き手の傲慢を感じるからです。肝心の内容だけで成立させるところに批評者は矜持を感じてほしいと思います。
今月は以上です。