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さあ、水道の蛇口を開け。

2025年8月のぼやき。

真夏のぼやきのまとめです。

とある番組で、コットンの西村が「今でも許せない」と語っていた人物について、ユウキロックではないかと思わせるようなポストを見かけて。私自身、別にハリガネロックに対する思い入れはありませんし、今のユウキロックの活動も特に追いかけてはいませんけれど、お笑いに興味を持ち始めた時期にオンバトのチャンピオンだった芸人が、軽くおちょくっても構わないとでもいうような扱いを受けているのを見ると、やっぱりちょっとザワッとするものがあります。

 

ドラマや映画やバラエティ番組への進出によって、その辺の危うい過去がウヤムヤにされてしまったような気がします。そのお神輿を私は担ぎたいとは思いませんね、今のところは。

 

どうしても当人の負け顔が見たいのだろうな、という認識で外野から見ています。その人はその人で、どうやらけっこうクセが強い人物のようだという話も聞いてますが、だからといって集団が個人を囲い込むようにアレやコレやと追及する状況は、やっぱり異常だと思いますけどね。それって、理由があるからイジメられても仕方がないんだ、みたいなこと言ってませんか。

 

何処の馬の骨とも知れないアカウントが、歴史学の専門家に対して「調べてから、物を言おうな」というリプを送り付けているところを見かけて、思ったこと。

 

「あの人、いつか炎上すると思っていた」という言葉は、「自分は絶対に炎上することはない」という驕りと表裏一体です。でも、自分にとって当たり前のことだと思っていることが、他人にとっては非常識であることなんて可能性は無数にあるわけで、その異物性が露呈することまで考えが及ばないものなんでしょうか。もとい、後になって、そういう無責任なことを言って話題の尻馬に乗るような性格の人が、炎上する可能性がゼロなんてことは有り得ないだろ、とも思います。

 

松本人志の思想による影響も大きいのでしょうね。ちゃんと評価されているし、ちゃんと面白かったわけですから、もっと自信を持った方が良いのではないかと思うのですけれども。

 

特に理由はありませんが、たけし氏の言い回しで。

 

目立ちたい気持ちが言葉を過激化させて、その過激化した文章に今度は自分が感化されて、当初以上に過激な感情が心の中に根付いていく……というケース、割と少なくないのではないかと。

 

以前から引っ掛かっていたことについて、赤プルのネタを借りて。

 

古典落語の『厩火事』みたいなことを実践している女性に対して「いい迷惑だろ」と反応しているポストを見かけて。男性にとって不利益なことを吹っ掛けて、自身に対する愛情を試すという手法、あまりに子どもじみていて対保護者的だなあと。

 

「テレビスタッフの幇間ですよね?」という匿名をコメントを受けて。そもそも私は最近のテレビもあんまり見ていないため、てんで的外れなコメントなのですが。

 

デザインの基本について改めて考えさせられた事案について。

 

被害者の保護者がSNS上で告発したことによって発覚した広陵高校野球部の苛烈な暴力事件について、「加害者と思われる部員」の写真が拡散されているのを見かけて。

 

ある時期から品川氏が「かつて調子に乗っていたころを反省していますキャラ」に転向したことで、漫才師としてバチバチにやっていた時代も過去のことのように処理されてしまっている気がしますが、思い返してみるとスゴいネタをやっていたように思います。

 

どうやらまたしても粗品が「YouTuberは面白くない」と言っていた件について。でも、面白い芸人が「面白くない」と言っていたものが、果たして本当に面白くないかどうかなんて、けっこう怪しいものだっていうことを、私の世代の人間は知っていると思いますけどね。松本人志ナインティナインのアレで。

 

今になって気付いたことです。すべてひっくるめて、すべて分かったうえで、ああいうネタをやっていたのではないか、とすら思います。

 

「芸人で天下を獲ったと言える人って云々」という質問を受けて。みのもんたとかの名前もちゃんと挙げるべきです。

 

無さそうです。ふざけやがって。

 

M-1で結果を出せずに落ち込んで「なんのためにお笑いをやっているんだろう」と嘆いている人を見かけて。

 

シティ・ポップレトロゲーム、あの頃の元気な日本を取り戻そう、などのような近年の事象について振り返っていて、ふと思ったこと。総じて「昔は良かった(昔の方が良さそうだ)」という感情に飲み込まれてしまっているのではないか、という気がします。これは精神的にちょっと良くないぞ。

 

YouTubeにおける「生配信の一部を切り抜いてショート動画と作り上げる人たち」と共存するYouTuberが少なくない現状に、一年前に巻き起こった『永野&くるま クレバーなクレーマー』に端を発したテレビキャプチャ批判を重ねて。結局のところ、自分たちのやっていることを、信頼関係を築いていない第三者に編集されてしまうことへの不快感があったのかな、という気がしないでもないです(でも、それはどっちかというと、Web限定のゴシップ記事の方が悪質な気がしますが)。

 

男性全体に対する侮蔑が強すぎて、批判を冷静に捉えにくくしている気がします。

 

TBSのバラエティ番組『それSnow Manにやらせて下さい』において、Snow Manが脚本の空白部分をノンフィクショントークで乗り切らないといけないオリジナル青春学園ドラマに挑戦するという企画が放送されたのだが、その内容がNetflixトークサバイバー』に酷似。それを受けて、おそらく『トークサバイバー』を手掛けたテレビプロデューサー佐久間宣行氏が「マジかよw」とポストした……という流れに対して思うこと。甘受とも不服とも受け取れるポストは、他者から都合の良いように解釈されてしまいかねないので、自身の意見をはっきりさせておいた方が良いです。はっきりと言えない立場だったのならば、そもそも反応しなければ良いわけで……。

 

「そうめんでいいよ」と簡単に言ってのける夫に対する不満を爆発させる妻(ていうか、この話って何度目だよ。SNSに書き込んでないで夫に直接文句を言えよ。対話しろ、対話を)が話題になっている最中に見かけたポストに対する感想。主婦の苦労をアピールしようとすればするほど、主婦という稼業に対するハードルが上がっていく悪循環。結果に対する具体的な数値化が難しいために、「評価しろよ」と「評価すんな」が同時に起きてしまうのでややこしいですね。

 

タイザン5の読み切り『ファイティングガールズ』を読んで、ふと思ったこと。これと同時に、40歳になったというのに未だに子どもの側に共感してしまっている自分に気付いて、少しゾッとしました。いつまで子どもの気持ちで生きているんだ私は。

 

もっとも、そんなポストでもバズッているということは、その悪意を消費している側はそこまで対象のポストについて精査していないということでもあるのかもしれません。……これがいわゆるところの駄サイクルというやつなのでは?

 

YouTubeのおすすめに上がっていたので、久しぶりに鑑賞しました。バカリズム扮する医者が、風邪をひいた患者に対してクイズバラエティの総合司会のような診察を繰り広げるという設定のコントです。初見時には、その設定の意外性もあって、かなり大笑いしながら観ていた記憶がありますが、今見ると、いわゆるクイズの総合司会の佇まいに忠実な構成になりすぎていて、起爆力に欠けている気がします。若いなあ。

 

バズっているポストに強めの言葉で反論してバズっている人を茶化す意味で投稿し、スベッたポスト。バズっているポストって、そもそもバズろうとして投稿していないことも多いので、そこまで厳しい言葉で否定する必要性はないはずなのに、バズっている=支持されている=力を持っているという認識なのか、変にキツいことを言っている人が多い気がします。

 

少し前まで第一作である『アクション仮面vsハイグレ魔王』が歴代一位だったのも驚きでした。実際、テレビアニメの映画作品としては、異常に出来が良い作品なので納得ではあるのですが。エンタメに振り切ってなくて、ところどころにノスタルジックな幻想を感じさせるシーンがあるんですよね。

 

「自分の知らないこと=世間の常識」という認識から、漫画家・小説家の原稿における少し難解な要素を削ろうとする編集者が話題になっているのを見かけて。漫画や小説で知らない知識を読んだときのコーフンを理解できないのに、どうして編集者になろうと思ったんだろう。そもそも創作物を読むこと自体が未知の体験みたいなものなのに。

 

お盆休み中にブログでお笑い芸人のDVDレビューを更新することが出来たので、ちょっと調子に乗ってしまったポスト。でも、割と本当にそういうところはあるよな、とは思います。

 

真上のポストに関連して。アルコ&ピースの『受精』のコントが物議を醸した……ぐらいの取り上げ方なら別に良いのかな、とは思いますが、マヂカルラブリーのネタは漫才か?漫才じゃないか?というところまでいくと、いちいちメディアが触れるなよ、という気持ちになります。ていうか、あの件ってマヂラブのネタを評価した審査員については、あんまり触れられてないですよね。審査員が評価したネタを漫才か?漫才じゃないか?って話し合うの、なかなか失礼な話だと思うのですが(それを理解した上で「審査員はどこを見てるんだ」と批判するのはアリ)。

 

クリエイターへの過剰な敬意は、不必要な同情や共感にも繋がってしまうので気を付けた方が良い、という話です。とはいえ、敬意を求めてくるくせに、同情や共感は拒否するタイプの面倒臭いクソ甘ったれクリエイターもいるので、そういった人には「やかましい」と言っていきたいですね。

 

高松市の公園に設置された少女の裸像に対し、小学生から「見ていて恥ずかしくなる」との意見が出ていることから「不特定多数が目にするのは望ましくない」と判断し、撤去する方針だというニュースを目にして。ゲーム条例の件もそうでしたが、我が県はどうしてこうも感性が後ろ向きに出来ているのでしょうか。うどんを食べ過ぎて、糖で脳味噌が回っていないのかもしれませんね。

 

『あんぱん』主人公ののぶが、家族全員が色々な活動をしている中で、一人だけ夫である柳井嵩を支える妻として家に引きこもっている現状を悲観しているシーンを見て。ちょっと前まで新聞記者から政治家の秘書に転身するっていう、とんでもない活躍をしていたのに、その辺をなんで忘れてしまっているんだ。家族も「お姉さんは嵩さんを支えてあげてるんだから」としかフォローしていなかったけど、記憶喪失にでもなったのか。ていうか、主婦だって立派な仕事だよ!

 

福山雅治について書いたテキストへの反響を目にして。福山ファンの筆者が書いていることに乗っかって、お手軽に福山について批判的スタンスで語っている人たちって、如何にも一家言あって偉そうに見えますが、実際は他人の主張に薄っぺらな持論を上げ底してもらっているだけのような気がします。

 

8月20日放送の『水曜日のダウンタウン』内で行われた企画【女子中高生の人気芸人ランキング、時は令和七年 さすがにNON STYLEもうランク外説】において、YouTubeショートで人気の芸人や『エンタの神様』出演者がランクインしている中で、ラバーガールの名前が挙がっていなかったことを受けて。永遠の二番手っぽさがたまりませんね。

 

とある漫画を読んで。人間的に幼いヒロインを描くための材料としてコミュ障が利用されているだけのような気がしないでもないです。精神的ロリコンかもしれない。

 

第三回単独ライブ「瀬戸内海のカロ貝屋」で披露されたコント『千羽鶴』を久しぶりに鑑賞して、思ったこと。「千羽鶴に込められている人間の思いの行方はどうなっているのか?」というテーマは、宗教論への入り口にもなっていそうで、興味深いですね。

 

気付きです。

 

先の福山雅治論について書いていたライターが、その流れで星野源に関する語りを展開しているのを見かけ、この一年ほどの間に、星野源に対する異様に繊細で過剰にネガティブな批評が巻き起こっていることを思い出し、つらつらと思いの丈についてつぶやいたもの。“学級委員長”という表現に違和感を覚える人が多かったので、そこは“優等生”に置き換えてもらった方が良いかもしれません。

 

2022年に解散したお笑いコンビ・うしろシティの初DVD『街のコント屋さん』に収録されているコント『居酒屋』を久しぶりに鑑賞して。この時期のうしろシティの可愛げとスマートさが同居しているような塩梅の良さは、改めてきちんと評価されるべきではないかと思いました。

 

ニューヨークの駐在員の夫が、日本からやってきた得意先から渡されたお土産の「とらやの羊羹」に対する文句をつらつらとポストしている様子が話題になっているのを見かけて。

 

キングオブコント2015』決勝戦で披露され、大滑りしてしまったコントを久しぶりに鑑賞。賞レースの空気に惑わされて、こちらの見る目が歪んでしまった可能性を踏まえた上で鑑賞したのですが、当時と変わらない印象を受けました。……やっぱり配役が逆だと思うんですよねえ。逆のバージョンで見てみたいですねえ。

 

どきどきキャンプのメンバーで構成作家としても活動している佐藤満春が、自身のnoteで公開していた記事「ネットで有名人の写真を勝手にアイコンとかにしている人がいる問題」を読んで。

 

テレビアニメ『ダンダダン』で明らかにX JAPANをモチーフとしたキャラクターが登場し、それに対してYOSHIKIがコメントし、アニメ『ダンダダン』政策委員会が謝罪文を公開したことを受けて、とある弁護士が「今一度立ち止まって国際標準での漫画作りをすべき」とコメントしたことを受けて。その標準を誰が作ろうとしているのか?

 

YouTubeチャンネル『SUSURUのミッドナイトTV.』において、ミツカンが炎上した件を受けて「美味しい冷やし中華のタレ選手権」という企画が配信されていたのを視聴して。余談ですが、SUSURUとインターネットカルチャーの親密度について、一度考えてみると面白いような気がします。けっこう「そこに触れていくのか!」というところに突っ込んでいってる印象があるので。

 

ダウ90000のメンバーである園田祥太が深夜に自作のエロ漫画を公開し、後に削除した件を受けて。ドラマ性もへったくれもない陰湿なエロに特化した往年のエロゲー全開な内容で、とても良かったです。そもそも劇団としてのダウ90000も好きな方ではありましたが、特定のメンバーにここまでの親近感を抱いたのは初めてのことかもしれません。もちろん、そんなもんを表に出すのはヤバいのですが。

 

2009年にリリースされた『ラストベストロッチ』に収録されているコント『カツ丼』を久しぶりに鑑賞して。キングオブコント決勝で披露された『試着室』のイメージで上書きされてしまっていましたが、この時期のロッチは明らかに今のロッチよりもクセが少なくて、当時でしか出せなかった空気を醸し出しているように思います。実は二人とも芸歴そのものは長い(コカドはフットボールアワー、中岡は浅越ゴエと同期)ので、その当時に築き上げられたセンスによるところも大きいのかもしれません。

 

ゆにばーすの川瀬名人による「NSCで選抜に選ばれた奴のネタがchatGPTが書いたネタやったって話し冷静に考えてイカついな」というポストを目にして。結果的に、芸人が自分自身でネタを書かなかった時代へと逆行し始める可能性が起きているのは、シンプルに面白い話だと思いました。もしもすべての芸人がネタをAIに書かせるようになったら、完全に技術力合戦になって、むしろ爆発的に面白い芸人が爆誕する可能性もありそうです。そういう時代が来てほしいという気持ちは微塵もないですけど。

 

久しぶりに蛙亭のコントを見たい衝動に駆られて、YouTubeの公式チャンネルをチェックしたところ、まんまとサムネに引っかかってしまった件について。ボケとツッコミの関係性が明確に描かれているため、なんとなく中野の方が常識人として描かれているように錯覚させられますが、どちらかというと、イワクラのビジュアルの良さと性格の悪さの狭間で身勝手に翻弄されている滑稽さを描いているように思いました。

 

『バキ童チャンネル』の企画の一つ「コピペ朗読」のような、匿名掲示板のネタを読み上げている動画に対する批判が激化している様子を見ていて、思ったこと。

 

別にモンスターエンジンのファンではないんですけれど、まったく触れないどころか、「あの番組の出演者って、みんな売れたよね!」といわれると、ちょっと引っかかるものがあります。今年の『THE SECOND ~漫才トーナメント~』の決勝戦にも進出していたのに……。

 

他人のポストに「アタマおかしい」と引用RPを送っている人を見かけて。個人的には、他人に対して「アタマおかしい」と送り付けられる無神経さの方が、よっぽど厳しいように思います。

 

最近のSNSについて。

 

2014年に開催された単独ライブ「Jack」で披露されたコントを鑑賞して。このコント、「前に住んでいたところに立ち寄って、懐かしい気分になる」というあるあるネタから始まっているので、序盤は西村さんのクレイジーさに気付きにくくなっているところが上手いですよね。冷静に丁寧にどうしてもクレイジーさを伝えたいという意志が感じられますね。

 

橋から飛び降りようとしていた男性を引き留めた高校生たちのニュースに対して、「見て見ぬふりが正しい」というコメントが寄せられているというスマイリーキクチのポストを見かけて。いわゆる「寝覚めが悪い」という感覚さえも失われてしまったら、いよいよ人間は人間ではなくなってしまいそうですね。

 

遠回しに粗品へ牽制球を投げつける発言だな、と思いました。これに対するあのの反応も良かったので、みんな聴きましょう。

 

とある芸能人がファンからの質問に丁寧に返答しているというニュースを目にして。

 

2013年にリリースされた『ラブレターズ単独ライブLOVE LETTERZ MADE 「YOU SPIN ME ROUND」&ベストネタセレクション』に収録されているコントを鑑賞して。クレーマーのような態度のツンデレ常連客の異常性と、異常な数のクーポンを発行しているお店の異常性を掛け合わせているわけですが、新しいクーポンが繰り出されるたびに常連客の異常性も向上するので、基本的に両者のポジションは変わらないというところが面白いですね。

 

今月は以上です。