相変わらずSNSでボヤいていたので、まとめてみました。
Xでエッチなイラストを描いている人たちのことを「精力絶倫イラストレーター」と呼んだら、スゴく嫌がられそうな気がする
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月7日
Xでエッチなイラストを公開している人たちに対して、なんとなく思った悪いこと。「性癖」という言葉が投げかけられているところは何度か見たことがありましたが、そういえば精力について触れられているところは見たことないような気がしたので、そっちを突っつかれるのは不愉快なのかもしれないなあ、と。もっとも「エッチなイラストを描いている=精力が有り余っている」というわけでもないのでしょうが。
メガネ女子のメガネを外すことには拒否反応を示すオタクが少なくないけれど、陰キャ女子が華やかな格好に着替えさせられてモテモテになる展開を受け入れているオタクも少なくない気がするのは何故だろう。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月8日
地味で根暗で社交性のないオタク女子が、男性によって美女に仕立て上げられている姿を肯定的に描いているイラストを見かけて。よくよく考えてみると、むしろ「メガネ女子がメガネを外すと意外と美人だった」という漫画の常套句に対する反抗として、メガネ女子のメガネを外すことへの拒否反応があったのかな、と。ただ、どちらにしても行きつく先にあるのは「素材としての顔の良さ」で、そのことが却ってオタクのビジュアルに対するコンプレックスみたいなものを感じさせられますね。
都会暮らしに疲れて地元に戻ってきた主人公が、地元の変わらない価値観に心を折られそうになるも、仲間を増やして地元を変えていく…みたいな話、最近よく見かけるけれど、なんていうかコロンブス側の視点っぽい気がしないでもないですね?
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月10日
新しい考え方が旧態依然とした文化を蹂躙するという意味では、くだんのMVによって批判されていたコロンブスとやっていることが同じなのではないか?という疑念によるもの。書き手が新しい考え方に寄っているから勧善懲悪に見えるだけで、でも、客観的に捉えたときに必ずしもそれが絶対的に正しいものに見えるのか?と。そこに内在する傲慢さが、この後に言及している「さす九」にも繋がっているのかもしれません。
SNSで「明らかにこの人とケンカしても勝てるわけがない」という人にケンカを吹っ掛けている人を見るたびに疑問だったのだけれど、アレはつまり、その人のこれまでの活動を見てない(その方面に対する見識が低い)から無防備にケンカを吹っ掛けることが出来るんだとふと思った
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月11日
よくSNSで絡まれている人を見かけて、ふと思ったこと。「ケンカは同じレベルの人間同士だから起きる」みたいな話がありますけど、実際のところは「とてつもなく話の分からないアホのところまで有識者が下りてきてあげている」パターンも少なくなさそうです。
客観的な批判も「冷笑」で処理している人もいるのではないか
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月11日
「冷笑は良くない」という主張を見ていて、思ったこと。それが冷笑であると判断している自分の立ち位置についても考える必要はありそうな。
ザコシの発言を批判するのなら「それならどんな風に対策すればいいのかも提案してくれよ」ぐらいのことは思う。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月11日
この発言を受けて「ザコシの発言は女性を穢れとして見ている!」と盛り上がっている人たちもいるらしい。ひとつの発言から人間性まで勝手に決めつけてしまうのは、ネット民の悪い習性だ。実生活で人間とコミュニケーションを取ったことがないのかもしれない。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月11日
或いは、監督や脚本家によって台詞や行動から表立って描かれていない性格を類推するフィクションの紐解き方を、そのまま現実に置き換えることを娯楽としているのかもしれない。実際に生きている人間にそれをやることが無礼に当たると思っていないのかもしれない。楽しそうですね。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月11日
ハリウッドザコシショウが雑誌のインタビューにおいて「お笑い以外にやりたいことが一つもないんです。だから、不祥事でお笑いができなくなるのが本当に嫌」「“珍棒”で問題を起こして芸能界から消えていく人が最近、多いじゃないですか。だから僕は女性のいる飲み会には行かない」と発言していたことを受けて、「女性の参加する飲み会をリスクと捉えているのか」「芸人仲間の飲み会から女性を排除するのか」という声があがっていた件について。そこまで考慮することが理想だろうとは思いますけれど、女性との飲み会をリスクだと感じさせるような社会を築き上げたのは我々のような無責任なインターネット大衆ではないのか……という違和感もあります。
芸人が批評に対して「舞台に立ったこともないくせに!」みたいなことを言ってたら「テメーは芸人相手にネタやってんの?」って思うけど、かといって、一般人が芸人の言動をいちいち拾い上げて批判しているのを見ると「表現者側の責任を背負ったことがない自覚は持てよ理論武装タコツボ野郎」と思
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月11日
芸人のネタに対して現代的な感覚から批判している人たちについて、ふと思ったこと。社会のことを考えて発言しているように見せかけておきながら、その実、一般人という無責任でいられる立場から無責任に文句を言っているだけなんじゃないか? それこそが一般人の強みであることは確かですが、そのことを自覚する必要性はありますよね。
九州を過剰に貶めて、九州以外の地域では男尊女卑関連の問題が起きていないかのような言い回しを流行らせようとするの、さすジャポとでも言えばいいんですか?
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月12日
「さす九」について。九州の実情については分かりかねますが、特定の地域をひっくるめて「こういうネガティブな傾向のある地域」としてポップに昇華する行為が絶対に良くないことすら分からなくなってしまう人たちが少なからず出てくるような時代になってしまったのかよ、という悲観と怒りを込めて。理不尽にカテゴライズされていることへの糾弾に熱狂するがあまりに、新しいカテゴライズを生み出しかねないことをやっているという自覚していないのは、あまりにも愚鈍すぎる。
ダウ90000が面白いとされる世の中なら私はもうお笑いを見るの止める、みたいなことを言っている人が目に入ったんだけど、そんな相対評価でお笑い好きな人とかおるんや。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月16日
別に個人で嫌うんも、それでお笑い観ぃひん!って意固地になるのも勝手やけど、そんなんでお笑い観ぃひんようになるんやーって思われるだけやで
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月16日
このポストを投稿したときに、心の中で本当に思っていたのは「こういう言い回しが成立のは、それなりに知名度と影響力のある人間だけなのに、どうして単なる一般人でしかないこの人がこういう言い回しをしたんだろうなあ」ということでした。この人がダウ90000への評価を理由にお笑いを見なくなったとしても、世の中には何の影響力もないじゃないですか。なのに、それを宣言することに、何の意味があるのだろう、と。
最近、TLに「次やったらコレ(〇イ〇リの動き)」っていうイラストが流れることが多くなってきて、まーたオタクが理想の性欲を描いて盛り上がってるなと思ってたんだけれど、その改変として「次やったらコレ(ア〇顔ダブルピース)」のイラストが流れてきたときに、コレは遠回しに「お前とヤッてる→
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月16日
ときの表情は演技だからな」と言ってのけているように見えて、ちょっと面白かった。なんかオタクの性欲の押しつけから裏返った感じがしたというか。もっとも、それはそれで好きな人はいるんだろうけれど。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月16日
エッチなイラスト界隈でちょっと流行っている表現について。〇イ〇リって肉体的快楽というより征服欲(相手に奉仕させることで得られる精神的快楽)を満たす行為だと思うんですけど、ア〇顔ダブルピースに関しては関係性が逆転しているようで、面白いなあと。どうでもいいですけど、女性に「次やったらコレだからな」って赤面させながら言わせるの、まあまあ矛盾してますよね。恥ずかしいのなら屋外で自発的にそんな動きするんじゃないよ。
いわゆる漫才論に辟易として、対照的に見える野性的な漫才のことを持ち上げている人を見かけたのだけれど、その人が好きな漫才も言語化されていないだけで明確な理屈は存在している。そこに理解が足りないだけの話なのに、さもそれが優れたものであるかのように話すのは、あんま良くないです
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月17日
元のポストの方が言及されていたのは錦鯉だったんですけど、正直言って錦鯉の漫才って普通に論理的に作り込まれてますよね。M-1で優勝したときにしても、まさのりさんのバカさよりもおじさん要素を強調したネタで最終決戦に進出していましたし。錦鯉というコンビに対し、世間がどういう方向性のネタを求めているのか、しっかり対策した上で勝ち上がったということですよ。
昨日からTLに流れてきている音楽ライブで痴漢にあった方の件、会場スタッフ周りの問題として終わりそうだったのに、公式の発表が出てから、なんだか雲行きが怪しい感じになってきたな…。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月18日
礼賛のライブに参加した観客が「痴漢にあったのに対応してもらえなかった」という旨のポストをしていた件について。結局、このポストをされていた方が嘘の告発をしていたのではないか?という疑惑が渦巻いたまま、話が終わってしまった感があります。もっとも、虚偽の告発が起こる可能性については以前から課題としてあったわけで、そのパターンが発生したときについての話し合いはなされていなかったのかな、と。あと、ファン周辺の反応がやたらと過激化していたことが、なんだかおっかなかった。
「多様性を守るためには差別的な考え方を認めずに排除する必要がある(差別的な考え方は増長して多様性社会を破壊する危険性があるため)」という話、面白いなと思うと同時に、それが差別的であるという判定を出せる人の思想性がけっこう影響しそうなところに危うさを感じてしまったりもする
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月19日
ともあれ明確な差別は拒絶すべきということは間違いないのだろうから、そのようにしていきたい
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月19日
実質的に先の「冷笑」と同じ話。差別か差別じゃないかを判断する人間次第ではないかという疑念。
タコツボ化するエンタメ、案件を有りたがるYouTuber、それらを大衆化して消費する広告。今は静かに緩やかに資本的に大衆が企業を批判できないような流れが構築されている時代なのではないか
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月21日
しれーっと首輪つけられて、じわりじわりと締め付けられてないか
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月21日
親近感を与えながら視聴者を増やしていくYouTuberが企業からの案件を有り難がる構造は、YouTuberを間に挟みながら視聴者が企業を有り難がる構図になってしまう危険性を孕んでいるのではないかという不安からのポスト。「問題を起こした会社ではあるけれど、あのYouTuberに案件を投げ込んでいたしなあ……」と思わせられるような、飼い慣らしが始まっているような気がしないでもないです。
久しぶりに映画の感想を書いた流れで、この記事を読み返してみる。コメントの「映画の感想じゃなくて意識高い系の逆張りコピペ」の“コピペ”の部分に引っかかる。コピペ?
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月24日
https://t.co/rAHmz5S3Sd
逆張りスタンスの筆者が書きそうな(コピペレベルな)文章ってことなのかな。でも、どっちかっていうと、こういう感想に付ける"意識高い系の逆張り"ってコメントの方が、よっぽどコピペっぽいよなあ。借りてきた流行りの言葉の羅列で、中身がなくて、相手を不快にさせる以上の存在意義がない言葉だよね。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月24日
特定の人物や作品が燃え広がっているときは、それについて言及したときに、何処の馬の骨とも分からない輩に噛みつかれることがあるという学びを再確認。こういうときに他人に噛みついてくるようなタイプの人間って、噛みつくこと自体がアイデンティティになってしまっていて、人間としての中身が薄っぺらなイメージがあります。本題についてきちんと学び合おうというスタンスの人は、噛みつかずに対話しようと努力すると思うんですよね。でも、そういう人に限って、噛みついてきた相手としっかり向き合おうとして消耗してしまうから、ネットに向いてなかったりします。厳しい。
文章を読ませる前に動画広告を強制的に見せるようなテキストサイトはもう終わりです。広告の意義とかそんなの関係無い。終わりだ終わり。死。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月24日
エロバナー広告もウザいしキモいけど、記事は読ませてくれてたもんね。強制的に見せられる動画広告は明確に時間を浪費させられる。最悪すぎる。せめて静画の中で戦え。動画を流すな。音も流すな。クソだクソ
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月24日
そういう広告を目の当たりにして。動画どころか、強制的に音楽まで流させるのは、いよいよもって害悪でしかありません。広告が広告自身で首を絞めています。というか、根本的な話として、バナーの量が異常じゃありませんか。
ゆめタウンのことを「にせイオン」と称して怒られている人がいるというので調べたら、以前からちょこちょこものの言い方が引っかかる人だったので納得…とは思わんけど、ちょっと胸のすく思いはしてしまったな正直。よくない。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月24日
以前、カラフルスポブラ女が失言して炎上したときに、「これが原因で『オードリーのオールナイトニッポン』のイベントDVDリリースが危うくなるかもしれない」という旨のポストを投下、世間の空気をそちらに傾けるような発言をされていた記憶があったので、ちょっとニヤニヤしてしまいました。本当に良くありません。良くない感情であることは自覚しておきたいです。「天誅」とか言い出したら終わりです。
「茶化す」という行為は、対象への解像度の低さによって成立するもので、その浅さが故に大衆性を帯びるものではあるけれど、さもそれこそが本質であるかのように驕ってはならない。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月25日
ラジオの音楽番組で、過去の名曲とされている楽曲の制作過程などを知るようになった影響からか、古い曲の安直なパロディを笑うときに、うっすらと心にバリケードが発生していることに気付いてしまいました。でも、「失礼だから、そんなことはするな!」というのは、絶対に違いますし。難しいですね。
朝ドラの高齢な主要キャラクターが「数日後、〇〇は息を引き取りました」と表現されて逝去されるたびに、「人間なんて、そんなサクッと死なねえよ」という気持ちにさせられる年齢になってきました。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月26日
大抵の場合、数週間前まで宴会に参加するほどに元気なんですよね。
たとえ作品の存在そのものに崇高な意義があったとしても、その精度が愚にもつかないようだと、却って意義を毀損する危険性も孕んでいるのかもしれない……と、とある映画の評判を見ていて思う
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月27日
リメイクされた『白雪姫』の評判を目にして。崇高な意義を背負っている作品ならば、より慎重にハイクオリティなドラマを作り上げようとするのが本来の態度だろうと思うのですが。意義の上に胡坐をかいてしまったのかもしれません……って、観る前から語るのも良くないのですが。
何かを批判するときに、こういう物言いしか出来ない人なんですかね
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月27日
松尾潔氏がさいたま市長選に立候補した小袋成彬氏からX(旧Twitter)においてブロックされていることをポスト、その上で「どういうスタンスで政治活動を展開されるのかな」と投げかけていた件について。昨年の『紅白歌合戦』において、星野源の選曲について疑問視されていたときにも感じたことなのですが、批判するときはしっかりと真正面から批判をしてもらいたいものです。なんですかね、この「皆さんには私の気持ちが分かりますよね……?」と匂わせて、周囲が立ち上がることを期待するようなスタンスは。お前が最初に立てよ。
別にええんですけど、そういう感情が芽生えるときに恋をするのが「子宮」でホンマにええんか?という感覚がちょっとあります。なんで受精卵を育てる臓器が恋に落ちんねん。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月28日
『子宮恋愛』というドラマが物議を醸しているところを目にして。なんとなく“子宮”って言っておけば重みが生じるだろう、みたいな軽さを感じなくもないです。性感帯だと盛り上がりにくいのは分かりますけれど、それにしたって子宮はなんかちょっと違うような。
江頭2:50、「あんな芸風なのに意外とマジメ」の「意外とマジメ」の部分だけが伝わりすぎて、「あんな芸風」の解像度が世代によってあやふやになってしまったことで、今回の件に対する認識の歪みが発生しているのではないかと。これは視聴者の話というよりスタッフの話。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月30日
永野芽郁側の発言が出た以上、擁護側も批判側も何を言う必要があるのか…? 殴られないポジションから、どちらかが死ぬまで殴り合うところが見たいのか…? それってもう、それはもう、そういうエンタメとして楽しんじゃってんじゃん。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年4月1日
『オールスター感謝祭』において、江頭2:50に襲撃されて永野芽郁が泣いてしまった件について。思い返してみると、永野が泣いてしまった理由を「恐怖を感じたから」だと決めつけて、議論を展開させていた時点でインターネットの良くないところが爆発していたように思います。結局、永野は自身のラジオ番組で「びっくりして涙が出ただけ」と表明、江頭も謝罪しているので、当人たちの間では決着がついたようなのに、未だに延焼しているようです。炎上の焼け跡から使えそうなモノを探し回るのは野次馬のマナーに反するので、あんまりよろしくないですね。そのうち自分に焼きが回ります……おあとがよろしいようで。
日本のネット炎上が海外の報道で取り上げられたことを受けて、炎上に荷担していたと思われるアカウントが「どうするつもりなの?」と無責任問いかけているのを見た。
— 菅家 info (@Sugaya03) 2025年3月31日
こちらも『オールスター感謝祭』の件について。内容の是非はさておき、海外のメディアに取り上げられるほどの騒動に発展させる片棒を担いだ自覚はないのだろうか、と。あと、そろそろ「海外のメディアに取り上げられたこと=日本にとって大ダメージ」という考え方も、そろそろ時代錯誤のような気がしています。日本のメディアがピンキリなように、海外のメディアだってピンキリです。
こちらからは以上です。