令和時代のお笑い公論

心が腐る、その前に。

「M-1グランプリ2019」最終決戦(2019年12月22日)

前回の続きから。■上位三組が決定し、ここから最終決戦へ。上位から順番に出順を決めていく。■最終決戦の一番手はぺこぱ。先程、ネタを終えたばかりだが、早くも二本目を披露することになった。ネタは『お年寄りに席を譲る』。■既に芸風が客席に認知された状態のため、どうしても一本目ほどには衝撃を与えられない。とはいえ、ネタそのものの手は抜いておらず、きちんと二本目の漫才であることを意識したつくりになっていた。ツッコミのフレーズも、ボケを否定しないというよりも、観客に別角度の視点を与えることでボケの異常さから目を背けようとしているような、ちょっと捻くれたワードが増量。「おじいちゃんの膝の上は……懐かしい!」「ゴリラが乗ってきたら……車両ごと譲ろう!」など、もはやツッコミではないが、彼らの芸風を認知した後だからこそ、バツグンに面白いものとして受け入れられる。■しかし、個人的には、松陰寺がファ行を多用することで、先程のネタとの差別化を図っていたことに一番笑った。その要素に、そんなに重きを置いているのか。■二番手はかまいたち。ネタは『自慢できること』。映画『となりのトトロ』を観ていないことが自慢だという山内に、濱家が反論し続けるしゃべくり漫才。■ネタの仕組みは一本目の『USJ』と同様。山内が妙なことを言い始めて、濱家が様々な角度から論破しようとするも、あらゆる言葉と手段で煙に巻かれ続ける。ただ、一本目と今回が明確に違っているのは、山内の持論に対する共感の差。一本目の場合、濱家も観客も山内が言い間違いをしていたことをしっかりと認識しているため、山内が妙なことを言い続けている異常な様を全員で共有できる。しかし、二本目の場合、山内の言っていることに一抹の共感を覚えるため、その異常性が微かに薄れてしまっている。この狂気へと針が振り切れていない感覚が、勝負を分けてしまったように、今となっては思う。■余談だが、一本目の『USJ』に対して、「ネットでよく見かける間違ったことを言っているのに間違っていると認識できていない人を描いている」という言説を見かけたことがあるのだが、個人的には、むしろ二本目の「本来なら自慢にならないようなことを自慢げに語る人」の方がネット上でよく見かける気がする。■そして三番手、大トリはミルクボーイ。ネタは『もなか』。■此方もネタの仕組みは一本目と同じ。駒場が「オカンが思い出せないもの」を証言とともに提示、それをヒントに内海が正解を導き出そうとする。前半、既にシステムが分かってしまっている状態にしては、やや弱めのネタ運びになっていたが、後半のもなかの家系図が出来上がっていく展開で一気に盛り返す。ここは各ディスりの破壊力よりも構成力に重きを置いた形となった。特に笑ったのは、突如として飛び出した「モナ王」というワード。あの全てを総括する無駄なくだりの中で、いきなり日常で親しみやすいお菓子(しかし「もなか」との共通性を不思議と感じない)の名前が出てくる爽快感。実に気持ち良かった。■結果、七人の審査員の内、六人がミルクボーイ、一人がかまいたちに投票。ミルクボーイの優勝が決定した。■ミルクボーイが史上最高得点を叩き出したこともあってか、本大会は「史上最高のM-1グランプリ」と称されている。確かに、それまで無名のコンビでしかなかったミルクボーイやぺこぱの飛躍、実力ある若手として注目されていたからし蓮根やオズワルドの始動、漫才の可能性の幅を広げたすゑひろがりずの爪痕など、見どころの多い大会だった。ただ、個人的には、今大会が突出して素晴らしい大会だったとは思わない。何故ならば、2015年に復活して以後、M-1は最高の大会で有り続けることに力を注いでいたからだ。ゼロ年代の競技性の高い漫才審査から外れ、多種多様な漫才を認め、評価するように変貌を遂げていたからだ。その結果として、今回の大会が出来上がったに過ぎない。我々はトム・ブラウンの衝撃と感動を易々と忘れてはならないのである。■ちなみに。個人的には、ぺこぱでした。■こちらからは以上です。■