令和時代のお笑い公論

心が腐る、その前に。

「M-1グランプリ2019」ミルクボーイ(一本目)(2019年12月22日)

前回の続きから。■七番手に選ばれたのはミルクボーイ。■初めてミルクボーイの名前を目にしたのは2016年の『M-1グランプリ』。準々決勝戦に出場している漫才師の一組として、彼らは居た。その時のネタは『田舎』。将来は田舎で暮らしてみたいという都会育ちの内海に、田舎に住んでいたという駒場が地元の様子について説明するのだが、そこが本当に田舎なのかどうか疑わしい……というもの。この時点でネタのフォーマットは確立されており、駒場の感情を持たないボケと内海の味わい深いツッコミも完成されていた。結果論ではなく、純粋に面白かった。だが、これほどまでにフォーマットが出来上がっている漫才は、白熱の掛け合いが評価されやすいM-1の舞台において、あまり評価されないのではないか……とも思えた。事実、彼らは準々決勝戦で、無念の敗退を期した。■明けて2017年のM-1にも彼らは出場していた。そこでのネタは『叔父』。駒場が尊敬している人物について説明し、それが誰なのか内海が当てようとするのだが、それがどうも叔父のようなのだけれど、どうも叔父ではないようにも思える……。昨年と同じフォーマットを採用していたのだが、M-1を意識したのだろうか、従来のネタよりも内容を薄め、その代わりに終盤の展開で畳み掛ける構成のネタになっていた。しかし、目論見は外れ、この年も準々決勝敗退となった。■そして2018年。またしても彼らはM-1に出場していた。この時のネタは『SASUKE』。駒場のオカンが好きだというテレビ番組のタイトルを思い出すために、母親が話していたことを内海が聞き出そうとするのだが、その内容がSASUKEのようなSASUKEでないような……。この年、遂に駒場のオカンが漫才に登場。ネタも従来のシンプルな掛け合いへと戻った。完成されたフォーマットの中で確かに躍動する漫才師のリズム。だが、まだ足りない。まだ足りなかった。この年も彼らは準々決勝敗退を期す。■そして2019年。初の準決勝進出を果たしたミルクボーイは、そのままの勢いでストレートに決勝進出を決める。とうとう、やっと、準々決勝戦の壁を乗り越えた。■ネタは『コーンフレーク』。好きな朝ごはんの名前を思い出せないという駒場のオカンのために、その証言を元にして内海が推理し始める。基本的なフォーマットは過去大会で披露した漫才と同じ。駒場の説明を受けて、内海が「○○やないか!」「ほな○○と違うか」と仮定と否定を繰り返す。■ただ、明確に違っているのは、内海のツッコミの悪意の鋭さ。例えば、駒場の「死ぬ前の最期のご飯もそれでいい」に対して、「人生の最期がコーンフレークでええわけないもんね!」と返すだけに留まらず、更に「コーンフレークはね、まだ寿命に余裕があるから食べてられるのよ!」と畳み掛ける。この「食べてられるのよ!」に込められた、コーンフレークをバカにするかのような態度がたまらない。これ以降も、その悪意に満ちたフレーズは止め処無く溢れ出る。その度にうねるような爆笑を巻き起こす。コンプライアンスが囁かれる時代において、敢えて着目されにくいテーマを選び、大衆が漠然と抱いているイメージを最大限の悪意で煮詰め、適切な角度から丁寧に注ぎ込むことで、後ろめたさの残らない悪口を笑いへと昇華する。そして、このネタが爆笑をかっさらったことは、そういった笑いを大衆が求めていたことの証拠でもある……というのは、流石に言い過ぎなのだろうが。■結果、ミルクボーイは史上最高得点を叩き出し、かまいたち・和牛によって築き上げられた牙城を、まんまと崩してしまったのであった。■で、ここで終わり……とならないのが、M-1という大会の恐ろしいところ。■続きます。