白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

『第六回キュウ単独公演「トルマキハトオ」』(2021年12月22日)

2021年5月12日・13日に座・高円寺2で行われた単独公演を収録。

キュウは清水誠とぴろによって2013年に結成された。一度、2014年に解散するも、2015年に再結成を果たし、現在に至る。当初はソニー・ミュージックアーティスツに所属していたが、2016年に退社。フリーを経て、2017年にオフィス北野所属となるも、事務所の縮小を受けて2018年に退社。同年、現在の事務所であるタイタン所属となる。2020年に初めて『M-1グランプリ』準々決勝戦に進出、敗者復活戦で披露した漫才『ヨーグルト』が話題になり、お笑いファンの注目を集める。

キュウの漫才の魅力は“違和感”にある。ボケなのかどうなのかもよく分からないようなレベルの違和感が投げ込まれ、じわりじわりと浸透する。やがて違和感の正体が発覚する。明確にその原因が白日の下にさらされる。しかしながら、違和感が修正されることはない。そのまま、違和感は違和感として残されたまま、話は進められていく。やがて生まれる歪み。その歪みはどんどん広がっていき、やがて奇妙な爆笑へと繋がっていく。即効性の笑いが求められがちな漫才の世界において、ここまで世界観で笑いを構築することに固執しているコンビも珍しい。正直、彼らが志している笑いと実際の笑いの量を差し引くと、かなり割に合わないことをやっている。だが、これこそがキュウの漫才なのである。本作には、そんなキュウの魅力が凝縮されている。

本作のテーマは「大人になりたい」。恰好良い大人、理想の大人になるために、どのような人間になればいいのかを考える。例えば、日常に刺激を求めるイキイキした人、策士のように賢い人、いざという時に迷わず刀を抜ける人……などなど。そういった人たちになるために、二人はどうすればいいのか思案する。日常に刺激を与えるために怖い話を聞いてみたり、賢い人に思われるために徳川幕府の歴代将軍の名前を読み上げたり、いざという時に決断できるように“究極の選択”について考えたり、様々な対策に講じる。ただ、その対策の内容に違和感が生じていて、本来の目的とは違うところが引っ掛かって仕方がない。例えば、怖い話をしているのに、ことあるごとに「楽」という字が出てくる。徳川将軍の名前から何故か「家」の字が切り離されている。究極の選択に不純物が混ざり込む。時にさりげなく、時にあからまさに、盛り込まれる違和感の面白さが愉快なグルーヴを生み出していく。

特に笑ったのは『心が乱れない人』。いつでも冷静で何事にも動じない人が大人なのではないかと提唱するぴろに対して、怒りっぽい人間であることを自省する清水。この気質を直すためにはどうすればいいのかとぴろに相談を持ち掛けると、ぴろは「そういうときはちゃんと、心のブレーキを踏んであげないとダメなんだよな」と提案する。当初、ぴろの話を真面目に受け止めていた清水だったが、立て続けに「ちゃんと、心のハンドルを握って、心のハザードランプを点けて、心のギアを、心のパーキングに入れること。これが大事なんだよな」と説明されて、その表情を曇らせる。「分かるけど……なんか腹立つなあ」。そういうと、清水は密かに感じていた違和感に対する怒りを、ぴろにぶつけ始めるのだった。……この説明だけだと、清水はぴろが「心の~」と何度も何度も口にしていたことに怒りを覚えたように見えるかもしれない。事実、実際にライブを見ている観客も、本作を初めて視聴したときの私も、そこにツッコミが入るものだと思っていた。だが、そうではないのである。清水は多くの観客が気付かなかっただろうぴろの事実に気付き、そこを突くのである。それが一体、何なのか……実際に本作を鑑賞して、確認していただきたい。

なお、本作も過去公演と同様、公演そのものにちょっとした仕掛けが施されている。単なる漫才ライブでは終わらせない、ちょっとした味付けがもたらす圧倒的な満足感。今回もしっかりと堪能させていただいた。

ちなみに、過去に開催されたキュウの単独公演のうち、第一回公演『キュウの新ことわざ辞典』から第四回公演『猿の話』までは、「アマゾンプライムビデオ」「U-NEVT」「TSUTAYA TV」「DMM」「GYAO!ストア」などの各種動画サイトで観賞することが出来る。本作に興味があっても手を出すほどでは……と思われているのであれば、先にこれらのサイトで過去公演をチェックしてみるのも良いのではないだろうか。個人的には第三回公演『猫の噛む林檎は熟能く拭く』をオススメする。

・本編(68分)
「最低な人」「オープニング」「イキイキした人」「策士のように賢い人」「自分に厳しい人」「心が乱れない人」「いざという時に迷わず刀を抜ける人」「プライドを持って生きてる人」「信頼のある人」「約束を守る人」「エンドロール」

・特典映像(33分)
「トルマキハトオ舞台裏 ~当日編~」