白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

バカリズムの『ヌケなくて…』を考えてみる。

バカリズムの最初期のネタに『ヌケなくて…』というコントがある。


『ヌケなくて…』は、バカリズムがコンビを解散し、ピン芸人としての活動を開始した直後の2006年1月に開催した単独ライブ『宇宙時代』の中で、『トツギーノ』『野球官能小説』とともに披露された。翌年の2007年に行われたベストライブ『大宇宙時代』で再演されたものがソフト化されている。この時の映像が、バカリズムの公式YouTubeチャンネルにおいて配信されているのだが、これが改めて大変に面白かったので、ちょっとこのネタについて紐解いてみようと思い至った次第である。

以下、完全にネタバレを前提に話を進めるので、未見の方は上の映像をチェックしてから読み進めていただきたい。

『ヌケなくて…』は、ほんのちょっとした気の迷いからビデオデッキの中に男性器を突っ込んでみたところ、そのまま抜けなくなってしまった男が、デッキを購入した電器屋に電話で問い合わせる……という設定のコントである。電話の向こうにいる店員にこの状況を口頭で説明しなくてはならないのだが、店員が女性のため、直接的な表現をするのが恥ずかしくて上手く説明できない様子が笑いどころとなっている。あまりにも恥ずかしくてたまらない状況を表現した「穴があったら入りたい」という慣用句をもじった「穴があったら入れてみたい」という言い回しがあるが、このコントの場合はどちらの表現も適切であるといえるだろう。ことによると、そこから着想しているのかもしれない。

まずは明転時の状況から。上下スウェット姿の男が携帯電話を掛けている。スウェットの下は足元まで下げられていて、黒いパンツが剥き出しの状態だ。そして、その股間部分に、ビデオデッキがくっついている。この時点では、まだ観客は彼に何が起こっているのかが理解できないため、大きな笑い声は起こらない。しばらくして電話の相手が出る。電器屋だ。ここで男が電器屋に自らの状況を説明することで、観客にもその状況の詳細が伝えられることになる。実に無駄がない。

「あの、すいません、あの、先日そちらでビデオデッキを購入した者なんですけども、ちょっとですね、あのー……抜けなくなってしまいまして……」

ここでようやく観客は状況を理解し、大きな笑いが生まれる。

重要なのは、男の状況を目視で確認することの出来る観客に対し、電器屋は電話越しに男から受ける説明でしか状況を確認することが出来ないため、その得られる情報量にズレが生じてしまうところにある。ここで生じるズレそのものと、そのズレに対する男の意図を汲み取ることで、観客は笑わずにはいられなくなってしまう。

また、ここで電話の相手が女性の店員であることも、このコントのイメージを固めている。男性器、ビデオデッキ、女性店員から想定されるものといえば、アダルト作品に他ならない。このコントは、多くの男性が経験してきただろう「エッチな作品を女性店員がいるレジに持っていく恥ずかしさ」のイメージを、そのままスライドさせているのである。そのイメージに共感を覚える人ほど、このコントは響く。

ここで具体的な説明を受けていない店員から「ビデオデッキをお店に持ってきてもらえないだろうか?」という提案を受ける男。当然のことながらつっぱねるのだが、それでも一度は試してみようとスウェットの下をビデオデッキの位置まで持ち上げてみる。観客に状況を理解させたところで、改めてそのビジュアルの珍奇さを認識させるための作業である。この流れがあるからこそ、この後の状況説明における「カタカナのトみたいになってますけど……」の一言が映える。どちらも見た目から生まれているボケだが、スウェットを伸ばす肉体的表現からの絶妙な大喜利的回答へと流れ込む構成のメリハリが効いている。

対して、この後の男性器をビデオテープに置き換えて説明するくだりは、ちょっと笑いが抑えめに。ビデオテープに置き換えていたとはいえ、ちょっと男性器の生々しさが観客に伝わってしまったのかもしれない。「駅弁売り」の例えもあまりハマらず。先程の「カタカナのト」が秀逸過ぎたためか、それとも「駅弁売り」というワードそのものが古過ぎたためだろうか(当時、もう駅弁売りは、そこまでメジャーな存在ではなかったような)。

そしてコントはラストスパートへ。男が遂に恥ずかしさを乗り越えて女性店員に真実を告白する……のだが、本当のことを話すまでの抵抗が長い。とにかく長い。長いのだが、それが長ければ長いほど、男の恥じらいとみっともなさが溢れ出てしまって、たまらなく面白い。

まずは「ビデオテープではないものを入れた」と切り出す。次に「ビデオデッキに入れるべきではないものを入れた」と説明する。この時点で既に抵抗が感じられる。ここで店員に無修正モノですかと訊ねられて否定、さらりと「むしろモノホン」とつぶやく。言いたいけれど言い出せない葛藤が滲み出ている。ここで再度「男性の店員さん、まだ戻ってこないんですかねえ」と確認。いよいよ我慢の限界が近付いていることが分かる。そして、遂に告白……しない。まだ、しない。その前に女性店員の性格を確認する。相手のリアクションが大きければ大きいほど、受ける精神的ダメージが大きくなってしまうので、せめてサバサバしている人であってほしい……という、男の弱さがビンビンに伝わってくる。さあ、ここでいよいよ告白……と、思いきや、肝心の部分をゴニョゴニョとボヤかそうとする姑息な手段に打って出る男。ああ、みっともない。みっともないから面白い。その後、ちゃんと聞き取れなかった店員に何度も「男性器」と言わされて、かえって恥ずかしい目にあってしまうところも、実にみっともない。

この流れの中で出てくる「間違って高速巻き戻しボタンを押してしまいまして……」と告白するくだりが、地味に上手い。先にも書いたように、このコントにおいて観客は男の状況を電器屋の店員よりも明確に把握している立場にあるのだが、それでも男が実際に男性器をビデオデッキへ突っ込んだところは見ていない。そこに、この終盤の状況で観客の知らない新事実を叩きつける、この構成力の高さ。見事な隙の突き方である。

オチはよくよく考えてみるとかなりご都合主義的なのだが、ナンセンスなシチュエーションに見合ったナンセンスなオチともいえる。そもそも、このコントがメインで描いているのは、あくまでも男の恥じらいとみっともなさなので、オチはさほど重要ではないのである。とはいえ、変に据わりの悪いオチだったとしたら、後味が良くないことになっていた可能性もある。その意味では、非常に良いオチだった。中身がきっちり面白ければ、オチなんてこんな感じでいいのである。

こちらからは以上です。