令和時代のお笑い公論

笑いの粗熱が冷めるまで

「キングオブコント2020」(2020年9月26日)

・司会
浜田雅功ダウンタウン
日比麻音子(TBSアナウンサー)

・審査員
設楽統(バナナマン
日村勇紀バナナマン
三村マサカズ(さまぁ~ず)
大竹一樹(さまぁ~ず)
松本人志ダウンタウン

【ファーストステージ】

滝音
『ラーメン屋』。ラーメン屋の店員による丁寧な接客に対して不躾な態度を取り続ける客……という不穏なシチュエーションを一言だけで一気に明確にしてしまう導入があまりにも鮮やか。即座に心を奪われてしまった。その後も、大食い選手権というシチュエーションとラーメン屋としてのプライドの噛み合わなさが、絶妙な可笑しみを生み出し続ける。特に、店員が器を下げようとしているところを、静かに呼び止めるくだりが素晴らしかった。それまで何度も繰り返して行われていた筈なのに、シチュエーションが明かされた後も観客が気付かなかった店員の行動の違和感を、適切に指摘する着眼点の良さが感じられた。ただ、このシチュエーションがあまりにも魅力的なために、彼らの特色の一つである猛烈な個性を宿したツッコミが、却ってノイズに感じられてしまう瞬間がチラホラ。また、コントが進むにつれて、店員が本題から離れたボケを投げ込み始める展開にも、少なからず違和感を覚えてしまった。コントとしての強度よりも確実な笑いを狙いに行ったのかもしれないが、東京03やバイきんぐのような前例を思うと、そこは設定にこだわり切るところだったのではないだろうか。

 

GAG

『河川敷にて』。「他人同士がぶつかって中身が入れ替わってしまう」という設定そのものはありきたり。笑いのベースとなっているのも、「中島美嘉と草野球の外野のおじさんが入れ替わってしまったことで生じる違和感」と、これまたありきたり。それでも、このコントが確実に面白いものになっているのは、少しずつコントの中の歪みを広げていく構成によるところが大きい。例えば、見た目が草野球の外野のおじさんになってしまった中島美嘉が、目の前でフルートを練習している女性の見た目が中島美嘉になってしまったにもかかわらず、まるで疑問を覚えることなく演奏の指導を続ける……というくだりがある。これが歪みである。本来の設定から逸脱していて、それなのに違和感を残すことなく、流れの中のひとつのアクセントとして笑いを巻き起こす。ありきたりなボケと歪みとなる斜め上のボケ、この両方のバランス感覚がとても良いからこそ、このコントは面白い。否、思い返してみると、そもそもこのコントの登場人物として中島美嘉が登場している時点で、既に歪みは発生していたといえるのかもしれない。ただ惜しいのは、ボケ数の少なさとオチ。ボケの数はそれほど重要ではないが、この歪みを増していくコントのオチが「全員がバラバラになってしまう」というのは、あまりにもありきたりでつまらない。何か、もう一つ、大きな歪みを生み出していてくれれば……。ちなみに、個人的にテグスはそこまで気にならなかった。ただ、第三者の介入を感じさせられる、という意味では気になってしまう人もいるのかもしれない、とは思った。

 

ロングコートダディ

『作業』。仕事を上手にこなせない先輩に対して、新人として作業を教えてもらう立場から止めることも注意することも出来ず、ただただ歯痒い思いをさせられる様子を描いたコント。あくまでもコントとして演じているため、少なからず誇張されてはいるものの、先輩が仕事を上手にこなせない根拠が「アルファベットの正しい順番を重視しているため効率的な作業を行えない」ところにあるあたりが、なんとも生々しい。また、この先輩が頭の悪さを自覚し、効率の悪さを努力(筋力)で補っているため、強くツッコミを入れるスキが与えられないところが、なんともモヤモヤさせられる。しかし、このモヤモヤとした感覚が、何故だか笑いを呼び起こす。コントの随所に出てくる台詞も絶妙だ。戸惑っている新人に対して先輩が言い放った「どうした? 段ボール、初めてか?」には笑った。ただ、本来ならば、賞レースのように制限時間が決められている場ではなく、十分以上の長尺で演じることが出来る単独ライブなどでじっくりと楽しむタイプのコントだろう。……とはいえ、その場違い感がまた独特の雰囲気を作り上げていた側面もあったのだろうが。

 

空気階段

霊媒師』。霊の声とコミュニティFMの音声が混線してしまう……という設定そのものも面白いのだが、それ以上に驚かされたのはディティールの細やかさ。知らない人たちがやっている意味のよく分からないタイトルのラジオ番組、スマホのアプリで聴くラジオのちょっと遅れ気味な音声、バカバカしい名前のラジオネームなど、いずれもコント内ではボケとして処理されているが、決して実際のラジオ番組のノリから逸脱していない。そこにはまったくの虚構とは言い切れない程度の絶妙なリアリティが保たれている。そこには確かなラジオ愛がある。加えて、目を見張ったのは、とにかく審査員から評価されるために出来ることを全てやり切っている、彼らの優勝への覚悟が感じられる構成だ。霊媒師の名前に対する違和感の回収、どうしても降りてこなかったのに後半しれっと降りてくるおばあちゃん、印象的な番組アイテムの可視化、霊媒師とラジオの複雑な関係性によって二人が同時に「起きてください!」と言い合ってしまう狂気的状況……などなど、過去に大会で評価されてきた要素がてんこ盛り。今現在の空気階段が出来る全てを詰め込んだ、どことなく禍々しささえ感じさせるような、とんでもないコントであった。

 

ジャルジャル

『野次ワクチン』。まったく魅力が感じられない無名新人歌手のオリジナルソング、延々と繰り返される同じ内容のクドい野次、その野次の中で引っ掛けのように繰り出される社長の狂気性を帯びた嘘……などなど、これまでジャルジャルが演じてきたネタの要素を一本に凝縮したようなコント。ただ、分かりやすい状況説明から『野次ワクチン』の概要をピタッと一言で説明してしまうスマートな導入や、二人のテンポの良い掛け合い(特に後藤のツッコミのキレの良さ)など、観客に見せるための技術が格段に向上している印象を受けた。漫才師として磨き上げてきた技術がそのままコントを演じる上で上手く活用されているのかもしれない。興味深いのは、ただフザケ倒しているだけにしか見えない、社長の野次の構造である。歌手の見た目や歌詞の内容をイジり倒して観客の笑いを確実にもぎ取る前半、虚実の境目が見えない嘘によって社長の意図が不明瞭になっていく過程を見せる後半、この構成が的確に組まれているからこそ、常に笑いがホップ・ステップ・ジャンプのリズムで巻き起こる。空気階段が今現在出せる力の全てをぶつけたコントを演じていたとするならば、ジャルジャルはこれまでの芸人人生の全てをここにぶつけてきたといっても過言ではないだろう。実に恐ろしい。

 

・ザ・ギース

『ハープ』。ハープと他の要素を掛け合わせたときに生じるギャップを笑いどころとしているコント。それ以外の要素が希薄なため、「本物のハープを舞台上に持ち込んでいる画の面白さ」と「コントなのに音を当てずにちゃんと舞台上で演奏している面白さ」を加味しているとはいえ、どうしても先細りに感じられてしまう。それでも、通常であればハープはそれを成立させられるほどに存在感の強いアイテムではあるのだが、今回の観客には見事にハマッていなかったように見受けられた。ハープが登場した直後だけならまだしも、その後の金額のくだりもまったくハマッていなかったのには驚いた。しかし、冷静になって思い返してみると、この個々人の有り様が多様に受け入れられつつある現代において、新聞販売店で働いている若者が家電も何もない四畳半の部屋でハープに情熱を注いでいる……という設定は、それほど意外性のあるものではないのかもしれない。それはつまり、ザ・ギースがそんな時代の空気を掴み切れていなかった、ということなのかもしれない。とはいえ、終盤のハープと紙切りが奇妙な融合を遂げる混沌ぶりは、些かたまらないものがあった。あの理屈にならない無秩序な空気感は、並の芸人には出せるものではない。

 

うるとらブギーズ
『陶芸家と弟子』。徹底的にベタに特化したコント。焼き上がった作品の出来不出来をしっかりと見極めなくてはならないのに、どんなに対策を講じても、出来の良い作品も出来の悪い作品と同様にうっかりリズムで割ってしまう……というシンプルにベタな仕掛けで最後まで突っ走っている。立ち上がりは決して悪くはなかったし、その後の展開も非常に手堅く、本大会で演じられたコントの中で、最も幅広い層に受け入れられるタイプのネタだったのではないだろうか。しかし、既に様々なユニットが多種多様のコントを演じた後だと、徹底的にベーシックな手法で笑いを取りに行く今回のネタはあまりにも薄味すぎる。しかも順番が、分かりやすさを維持しながらも笑いが途切れないように構成を徹底的に練り上げたジャルジャル、先細りしていたとはいえハープという唯一無二のアイテムの存在感がもたらすギャップが強烈だったザ・ギースの後だったため、余計にその薄さが目立ってしまっていたように思う。

 

ニッポンの社長

『出会い』。友達も恋人もいないケンタウロスの嘆きを延々聞かせたところでミノタウロスの少女が登場、その後のやり取りをHYの名曲『AM 11:00』に載せてお届けする。会話ではなく歌でコミュニケーションを図る設定が良い。少女との会話が始まるのかと思わせておいてシンプルの名曲を熱唱する……という意外性のある展開を見せることで、「ミノタウロスの少女は人間の言葉を発せない」という仕掛けを発動させるまでの時間をじっくりと稼ぐことが出来る。フリが長ければ長いほど、あの急速に緊張感が走る瞬間がたまらなく面白くなる。また、笑わせる意図を含みながらも、ケンタウロスの少年とミノタウロスの少女の交流をきちんと描いているところが良い。表現としてはシンプルだが、だからこそケンタウロスの愚直さが妙に沁みる……と、思わせたところで、あの急転直下のオチ。「アホか、コントやぞ!」と現実に引き戻されたかのような感覚を覚えた。このドライというかラジカルな後味、ちょっと千原兄弟のようでもある。

 

・ニューヨーク

『余興』。結婚式の余興でやり過ぎ。それ以上でも、それ以下でもない。余興にありがちなピアノ演奏に始まり、どんどんエスカレートしていく様を描いている。かなりシンプルな構成だが、こういったネタを演じるために必要な表現力があまり追いついていない。はっきり言ってしまえば、ニューヨークがこのネタを演じる必要性がない。ただ、だからこそ、このネタで客ウケを狙って、上位に食い込んでやろうというニューヨークの気迫のようなものが感じられた。ひねりのない展開も、次々と飛び出す小道具も、全ては笑いのためだけに。ドリルを腹に突き立てたときの嶋佐の必死の表情は、そんな感情を表していたのかもしれない。違うだろうけど。

 

ジャングルポケット

『脅し』。面白い。凄く面白い。分かりやすい導入、分かりやすいセオリーからの脱線、同じようでいて微妙に違っているキャラと役割がはっきり分担された二人の脅迫者、飽きさせない台本とテンションのメリハリ……非常によく出来ている。ただ、かなり序盤で二人のテンションが上がり切ってしまっていて、ちょっと観客を置いていってしまったように感じられた。途中、客をがっちりと引き込むような大きなボケがない、設定の面白さに重点を置いているコントなだけに、この僅かなズレが意外と大きい。そこを修正できないままエンディングを迎えてしまった。良い設定なだけに、勿体無い。

 

審査の結果、ジャルジャルニューヨーク空気階段がファイナルステージに進出。

 

【ファイナルステージ】

空気階段

定時制高校』。設定や笑いの取り方、ストーリー展開など、全体的にニッポンの社長のコントと近いものを感じる。言葉を有する者と言葉を有しない者との交流。但し、ニッポンの社長の場合、言葉を有しない者に対する認識は登場人物も観客も共通していた(何を言っているのか理解できない)のに対し、空気階段の場合、観客は彼が何を言っているのか理解できないが、登場人物は彼が何を言っているのか完全に理解できている。その歪みが笑いを生み出し、と同時に、コントの中では描かれていない二人の過去を感じさせられる。いわば、このコントは、ニッポンの社長が描いた世界の更に未来を見せているといえるのかもしれない。もっとも、最終的な結末を思うと、ニッポンの社長空気階段とではまったく逆のことを描こうとしていたようだが……。笑いの量という点では一本目ほどではないのだが、過去のキングオブコントの傾向を見ると、二本目は笑いの量よりも「優勝に相応しいと思わせる説得力があるネタ」が評価される傾向があるように思うので、これが正解。良いチョイスだ。

 

・ニューヨーク

『ヤクザ』。リアルタイムで見たときには、あまりにも観客の反応が薄かったため、そちらに意識が引っ張られてしまったのだが、改めて見返してみると、たまらなく面白い。ヤクザ映画でよく見られるような命懸けの意地の張り合いを「帽子を取る・取らない」というどうでもいい言い合いに落とし込むことで、本来のヤクザ同士の意地の張り合いの構造そのものの下らなさを茶化すという底意地の悪い構造が素晴らしい。役割も良い。嶋佐のドスのきいた声は兄貴分を演じるのに適切だし、屋敷の理屈っぽくて女々しいが意地はある弟分の演技もハマッている。いきなり怒鳴り散らす嶋佐の急変ぶりに観客はついていけなかったようだが、あの感情の起伏の激しさはまさしくヤクザ映画そのもので、あそこを観客に合わせるかどうかは判断の難しいところだっただろう。ネタのクオリティを思うと、直さなくて正解だったのでは。

 

ジャルジャル

『空き巣タンバリン』。静かに行動しなくてはならない空き巣と、振れば確実に音が鳴ってしまうタンバリンを掛け合わすという、シンプルかつバカバカしいコント。どうしてタンバリンを持っているのか?という当然の疑問も、「新人の空き巣がアホやから」の一言で喝破してしまうストロングスタイルもたまらない。タンバリンの鳴らしかたもきちんと段階を踏んでいて、さりげに飽きさせない工夫を凝らしているあたり、流石はジャルジャルといったところ。最大のポイントは、新人の空き巣を突き放して逃げようとして、また戻ってくるくだりだろうか。あそこで観客が密かに感じていた福徳の可愛らしさを明確化したことで、よりコントにのめり込めるようになっていたように思う。そしてやはり観客の期待に応えるかのようにハッピーなオチ。なんという多幸感。とはいえ、昨年大会のファイナルステージと同じ空き巣の設定を用意してきたところに、彼らの意地も感じさせられた。

 

審査の結果、優勝はジャルジャルに決定!おめっとさんでした。

 

【全体の感想】

どうも、すが家です。好きな料理は寿司と炒飯です。

今年もキングオブコントが終わりましたが、どのユニットも面白かったですね。賞レースという形態上、どうしても点数をつけなくてはならないのでしょうけれども、今年は甲乙付け難しといったところで、なかなか難しかったように思います。……いや、本当に。既に各コントの感想を書きたい放題書いてますけど、本当にそう思ってますからね。でも、これが点数の付けられない、普通のネタ番組だとここまで盛り上がらないから、また難しいところなんですよねえ。僕もここまでマメに感想書いてないでしょうし。うん。

結果、優勝したのはジャルジャルでしたが、優勝を意識したコントを用意してきたのは空気階段とニューヨークだったように思います。一本目で笑い重視のコント、二本目でがっつり魅せるコント、それぞれ明らかに過去大会の傾向を受けてネタを持ってきてましたから。で、実際のところ、けっこう良い勝負は出来ていました。二本目のコントなんか、それぞれ殆ど点差がありませんでしたからね。だから、問題は一本目、もっと言ってしまうと「爆笑を起こせたかどうか」になるわけですが、これが実に難しい。

過去大会の傾向を見ると、ロッチ『試着室』(478点)、ライス『命乞い』(466点)、にゃんこスター『リズムなわとび』(466点)、チョコレートプラネット『密室ゲーム』(478点)、どぶろっく『金の斧』(480点)など、一本目で高得点を叩き出しているコントは、基本的に「構造がシンプル」で「耳に残るフレーズがあり」、尚且つ「演者の魅力を引き出している」ネタです。分かってしまえば簡単なように思えますが、これがシンプルであるからこそ難しい。事実、今大会ではニューヨークがかなりこの傾向に合わせたネタをやっていましたが、高得点には至りませんでした。

では、どうしてジャルジャルが優勝したのかというと、そもそも彼らのネタは、キングオブコントで優勝するための要素を大いに含んでいたからなんですね。ただ、ジャルジャルの場合は、あまりにも構造がシンプル過ぎるが故に、却ってアナーキーな印象を与えていました。そこを今回は大いに改善し、一般層に伝わるようにしたことで、優勝に至ったわけであります。既に書きましたが、M-1で漫才師として腕を磨き上げてきたことも大いに関係しているといえるでしょう。

とかなんとかカバチこいておりますが、こちとら発熱と腹痛で会社を四日休んだ後なので、もう色々とテキトーです。審査員問題とかもありますけど(今年の三村氏のとあるコメントが本当にヒドかった!レッドカードもんだありゃ)、審査員増やすとかなんらかの対策でも取ってくれない限り、なんともならんでしょうな。採点はそこまで悪くなかったですが。いやホント。

じゃあ、また来年! ……も、あるといいね!