令和時代のお笑い公論

心が腐る、その前に。

『キュウ「Notion attain sky」』(2020年3月25日)

Notion attain sky [DVD]

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  • 発売日: 2020/03/25
  • メディア: DVD
 

漫才は即興性が求められる演芸である。

舞台上では、その場で思いついたことを互いにぶつけ合うように、絶妙な掛け合いが繰り広げられる。しかし、実のところ、それらの会話には往々にして確固たる台本が存在している。それでも観客は、目の前で行われている会話を、その場で起きていることのように錯覚する。当事者同士の会話によって成立する漫才は、コントや落語のような役を演じる芸能に比べて、より強いリアリティを感じさせられるためだろう。

特に『M-1グランプリ2005』においてブラックマヨネーズが優勝して以降、このリアリティ性が強く求められるようになったように思う。当人たちの強烈な人間性を漫才に練り込むことで虚構性を薄め、より一層、観客に響く掛け合いを完成させたブラックマヨネーズの漫才は、それほどまでに魅力的だった。だが、彼らの漫才が高く評価されたことによって、リアリティ志向の漫才こそが正しい漫才であると、間違った認識が広められてしまった。否、厳密にいえば、それは間違ってはいない。とはいえ唯一無二の正解ではない。

そのことをM-1事務局も感じ取っていたのかもしれない。2015年に復活して以降の『M-1グランプリ』では、喋りの即興性だけに捉われない、構成の練り上げられた漫才が評価されるようになってきたような印象がある。例えば、2015年から2019年にかけてファイナリストだった和牛、2016年・1017年ファイナリストのカミナリ、2018年ファイナリストのトム・ブラウンなどは、その漫才の構成に明確な仕掛けが存在していた。ブラマヨによる呪縛は今、じわりじわりと解かれようとしているのだ。

そんな遠くない未来時代において、絶対に評価されるべき漫才師がキュウである。

キュウは清水誠とぴろによって2013年に結成された。当初はアルファベットの“Q”という名前で活動していたという。しかしコンビとしての活動が上手くいかず、2014年11月に解散。清水はピン芸人として、ぴろは新しいコンビを結成して、それぞれ芸人としての活動を続けていたが、ぴろのコンビが解散したことを機に再結成。ソニー、オフィス北野を経て、現在はタイタンに所属している。M-1との相性は決して芳しくなく、2018年大会での準々決勝敗退が現時点での最高記録となっている。

キュウの漫才を一言で表すならば“仕掛け絵本”である。これといった芸風を持たないキュウの漫才はそれぞれに独創的な発想と仕掛けが施されており、その得も言われぬ空気感が彼らの芸の持ち味と直結している。例えば、本作に収録されている『猿かに合戦』では、蟹の味方のメンバーにさりげなく仲本工事を混じらせているにも関わらず、敢えてそこにツッコミを入れていない。結果、明らかな異分子である仲本工事から発せられる空気が、やがて漫才全体を包み込んでいく。とはいえ、ただ不条理なだけでは終わらない。蟹の仲間として無秩序に放り込まれたように見えた仲本工事の存在が、後半で急速に意味を持ち始めるのである。これが実に鮮やかで、漫才を観た後に私は普段あまり感じることのない爽快感を覚えてしまった。

この他のネタも異色揃い。一見すると単純な版権ネタのように見える『ルパン三世』では濁点や半濁点がルパンファミリーの間で飛び交い、ぴろの得意料理だという“ヤングバーガー”のヤングの由来を知るためにひたすら質問を繰り返すも果てが全く見えてこない『ヤングバーガー』、「シュークリームになりたい」とホザくぴろの主張自体を否定することなく漫才が続いていく『シュークリーム』など、他に類を見ない設定と揺るぎない構成による漫才がこれでもかと詰め込まれている。とりわけ面白かったのは、「カレー」を「カリー」とほざくぴろに清水の愚痴が止まらない『カレー』。延々とヘンテコなことを言い続ける清水に対し、丁寧に愚痴のポイントを口にする清水の掛け合わない関係性がたまらない。

とはいえ、キュウの漫才が時代をリードすることはないだろう。彼らのネタはあまりにも作品性が高すぎるからだ。だが、これから先の未来において、その片隅でひっそりと存在し続ける漫才師であることを願う。

・本編【57分】
「猿かに合戦」「ルパン三世」「ヤングバーガー」「オリジナルのゲーム」「シュークリーム」「寿司」「ティラノサウルス」「カレー」「ミュージシャン(めっちゃええやん)」

追記。現在、キュウの第一回単独ライブから第三回単独ライブまでの全三公演がアマゾンプライムビデオで配信中なので、気になる方はそちらからチェックしてみても良いのかもしれない。個人的には、本作よりもむしろオススメしたい。漫才師としては珍しく、ライブそのものにコンセプトを設けており、何も考えずに笑っていると寝首を掻かれたような感覚に陥るぞ。とりわけ『第三回キュウ単独公演「猫の噛む林檎は熟能く拭く」』は必見。