令和時代のお笑い公論

心が腐る、その前に。

愛しいあの人にバイのバイのバイ

「アステアが死んじゃったよぉ」

敬愛するフレッド・アステアが亡くなった夜、立川談志は一晩中泣き続けたという。馴染みの寿司屋で酔っ払って、迎えの車に乗るとき、こう呟いたそうだ。当時、その姿を目撃した立川志らくが『談志のことば』に書き残している。

当時の談志ほどではないにしても、私もそのように呟きたい心持ちになっている。思い入れの差があるためなのか、感情表現が苦手であるが故か、生憎と涙は零れない。ただ、ずっと実感を持てないまま、その事実をぼんやりと咀嚼し続けている。まるで味がしない。空虚を噛み続けているような感覚だ。

志村けんが亡くなった。

まず思ったのは「志村けんって死ぬのか」ということだった。そりゃ死ぬのは分かっている。人間だもの。ただ、志村に関しては、心のどこかで死なないような気がしていた。というのも、私にとっての志村けんは、もはや人間ではなかったからである。

まだお笑い芸人に魅力を感じていなかった少年時代、熱心に見ていた『志村けんのバカ殿様』での志村は、まったくもって人間には見えなかった。それは完全なるカートゥーンだった。スケベで、イヤらしくて、どんな大怪我を負っても死なない。もはや人間の所業とは思えなかった。田代や家老(クワマン)が人間の顔立ちをしていたからこそ、余計に、その突出したビジュアルとアヴァンギャルド性が際立った。私にとって志村は、『トムとジェリー』や『ルーニー・テューンズ』のキャラクターと同義だったのである。バラエティに出ている志村は、それらのキャラクターを作り出しているクリエイターに思えた。

その志村が亡くなった。嘘としか思えない。カートゥーンのキャラクターが死ぬわけがないのだ。高いところから落っこちても、重石でぺちゃんこに潰されても、死なないのがカートゥーンの筈だ。それが新型コロナウイルスによる肺炎で死ぬだなんて、ジョークにもならない。何処で笑えというのだ。そんなわけがない。そんなわけがないのだ。本当は病床で看護師の尻を触ろうとして、ブッ叩かれて死んだに違いない。志村とはそうあるべきなのである。

……と、ここまで書いたところで、ようやく死を実感することが出来たのか、瞳がうるんできたので、ここで筆を置きます。いや、キーボードで打ってるんですけどね。

志村が死んじゃったよぉ……。