白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

『第七回キュウ単独公演「最下位」』(2022年12月21日)

2022年8月17日・18日に座・高円寺2で開催された単独公演を収録。

キュウという漫才師の特異性は、考え方の違う者同士のやり取りを“掛け合い”という形で表現し、純然たる個人の気質を笑いへと昇華する「漫才」という手法を採用しておきながら、その人としての有り様を出来る限り排除した上で、自らが志向する笑いの方程式を準との高い状態で愚直に表現するところにある。それ故に、キュウの漫才からは、いわゆるところの人間臭さを感じさせられない。濁点半濁点の移動に一喜一憂したり、言葉の言い回しの違和感に過剰に固執したり、言葉の頭文字でこっそりあいうえお作文を作っていることを見抜いて激昂したり、根本的な問題点に敢えて触れることなく、凡庸な庶民だと気にならないようなところに対して、殊更に反応してみせる。それはなにやら、融通の利かないポンコツロボット同士のやり取りのように見える。未来に向けて、芸人ロボットの製造に乗り出す科学者がいたならば、彼らの漫才を是非とも参考にすべきだろう。

本作においても、キュウはそんな機械的な漫才を主に演じている。「秘密基地」の話をしている清水に対して、ぴろが「秘密の基地」というように、不要な「の」を付け足しながら対応する『秘密基地』。子どものころ、転校することが多かったために、自己紹介をするのが上手になったというぴろの自己紹介が、あらゆる地方の方言が融合した不可思議で意味不明な言葉と化していることが発覚する『自己紹介』。発言の中で続々と濁点が増殖する『冬』。何処を切っても奇妙な面白味に満ち満ちた、キュウの世界が構築されている。ちなみに、聞くところによると、『自己紹介』のネタは『M-1グランプリ2022』準決勝戦のステージで披露されて、爆笑をかっさらったらしい。M-1グランプリの予選のように、芸人に対して優しい観客が多い現場だと、このネタがウケる状況は確かに想像できる。もし、『自己紹介』のネタを決勝の舞台にかけていたら、結果はどうなっていたのだろう……という、もしもの世界を想像せずにはいられない。ちょっと皮肉の込められたオチも、M-1の観客にはきっとウケたのではないだろうか。

特に私が笑ったのは『地元の遊び』という漫才である。清水が子どものころ、地元で流行っていた「グッドバッドゲーム」のことをぴろも知っていたため、久しぶりにやってみることに。そのルールは、片方が「ボランティア」「募金」「警察官」などのような言葉をアトランダムに繰り出し、もう片方がそれを「グッド」と「バッド」に仕分けるというもの。しばらくの間、仕分ける側となって「グッドバッドゲーム」を楽しんでいた清水だったが、やがて出題側のぴろがゲームの本質的な面白さを理解していないことに腹を立て始めて……。先にも書いたように、キュウの漫才からは人間臭さを感じさせないものだが、だからといって、キュウの漫才は誰がやっても面白くなるというものではない。人畜無害のような雰囲気を醸し出しているぴろ、自己主張の強い見た目の清水誠であるからこそ、引き出せる面白さを明確に引き出している。特に、この『地元の遊び』は、清水がいなければ成立しないネタだろう。グッドバッドゲームをスタートさせるときに、あのなんともいえない表情の面白さがあるからこそ、終盤の畳み掛けが成立する。このネタに関しては、YouTube上で公開されているので、本編を鑑賞する上での参考にしてみても良いかもしれない。

本編に収録されている漫才だけを見ても、キュウというコンビの魅力は存分に伝わることだろう。だが、本作において、最も見るべきは、本公演全体に仕組まれた仕掛けである。通常、漫才師の単独ライブは、漫才のネタとそれらを接続する滑稽な幕間映像によって構成されている。それぞれのネタは独立したもので、これといって共通項が設けられていることもない。ところが、キュウの単独公演は、そういった従来の漫才師の単独ライブとはまったく違ったアプローチを試みている。毎公演ごとに、それぞれの漫才において、ライブ全体を包括する仕掛けが施されているのである。本作にもやはり仕掛けがある。この内容について語ってしまうと、完全なるネタバレになってしまうので、本文で具体的に触れることは出来ない。ただ、どうしても感想を書く上で触れておきたい気持ちが駆り立てられるのは、その内容が、彼ららしからぬ感動を呼び起こすものであったからだ。別に泣けるようなものではない。なんなら少し陳腐にも感じられる。それでも、このほんのりエモーショナルな路線にキュウが乗り出したことに、私は衝撃を覚えずにはいられない。ポンコツロボット同士にエモさが加わったら、それはもはや『ウォーリー』(2008年公開のアニメーション映画)である。今後、キュウがその視点を完全に手に入れてしまったら、それはもう最強漫才師なのかもしれない。

これら本編に加えて、特典として二人による副音声コメンタリーを収録。本編で演じられている漫才に対する客観的な感想や、ネタの誕生秘話や演じる上での苦労などが語られている。彼らのネタに興味がある人は是非。

・本編【61分】

「秘密基地」「自己紹介」「昔のアイツ」「夏祭り」「冬」「地元の遊び」「川」「好きな教科」

・音声特典

キュウの副音声コメンタリー