白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「M-1グランプリ2017」(2017年12月4日)

・司会

今田耕司上戸彩

・審査員

オール巨人渡辺正行中川家・礼二/春風亭小朝/博多大吉/松本人志上沼恵美子

 

【FIRST ROUND】

・ゆにばーす

「ビジネスホテル」。泊まりの営業で相部屋になることが決まってしまった二人が、ビジネスホテルでの過ごし方をシミュレーション。まずは男女コンビであることを活かした設定を評価したい。同性同士のコンビで同じ設定を演じてみたとしても、その魅力は半減するだろう。「ベッドかと思いきやロビー」「天井が低いかと思いきや二段ベッド」「シャワーを浴びているかと思いきやベランダ」など、全体的に騙し討ちタイプのボケが多め。しかし、一回こっきりのネタではなく、その後の展開を知っている状態で観賞しても笑える。それぞれのフリとなる行動を取っている、はらの表現力の高さが故だろう。特に、シャワーを浴びながら(実際はベランダなのだが)『翼の折れたエンジェル』を熱唱するくだりは、得も言われぬ迫力があった。そして忘れてはならない“伏線回収”。観客が大いに盛り上がったところで落とす構成力、お見事。

 

・カミナリ

「この世で一番強い生物」。この世で一番強い生物は熊だと主張するたくみに対して、まなぶが別の生物を提示し続ける。基本的なシステムは昨年大会で披露された『川柳』と同じ。まなぶの誤った話で溜まり込んだフラストレーションを、たくみが頭を激しく引っ叩きながらツッコミを入れることで発散する。ただ、シンプルなしゃべくり漫才の合間でツッコミを入れていた『川柳』に対し、今年は漫才を「バトルフィールドが違えば熊に勝てる生物」と「まなぶが熊に勝つための方法論」の二段構造に区分化。これにより、後半パートに張り巡らせた伏線を終盤で一気に畳み掛ける構成を実現、昨年よりも熱量の高いパフォーマンスを見せている。無論、ただ畳み掛ける訳ではなく、そのツッコミも観客が思いもよらなかった角度から切り込んでいる。とりわけ最後の警察のくだりは……これまた“伏線回収”だ。

 

とろサーモン

「旅館」。田舎の旅館に泊まりに行きたいという村田の願いを叶えるために、久保田が女将となって旅館の雰囲気を味わわせる。四分間の制限時間が明示されていることもあって、M-1決勝の舞台で演じられる漫才には、台本や構成の面において作品としての完成度が高いネタが多い。その点、とろサーモンの漫才には、無駄に感じられる要素が明確に見られる。冒頭の季節の話と、終盤の「続行!」「継続!」のくだりである。しかし、彼らの漫才が、ただネタの面白さを見せるためのものではなく、ボケを演じている“久保田かずのぶ”のダウナーで攻撃的で太々しいキャラクターをアピールするためのものであると考えると、それらの無駄に思えた要素に必然性が生じてくる。冒頭での季節の話は、これから始まろうとしている旅館を舞台とした漫才コントで披露されるボケを受け入れられやすくするため、久保田のキャラクターを馴染ませるためのいわばチュートリアルだ。ここで上手く観客を引き込むことが出来れば、後はどんなにディープなボケを披露しようとも構わない。事実、旅館の中で繰り広げられるボケは、何処を切っても不穏で危なっかしいのに、観客は何も躊躇することなく笑っている。新鮮な時事ネタ「日馬富士」がハマッた瞬間の最大風速たるや。とはいえ「続行!」「継続!」のくだりは、とても挑戦的な試みだったといえる。思うにこれは賭けだったのだろう。こういった漫才の形式をメタ的に揺さぶる方法を採用しても、久保田のキャラクターがきちんと浸透していれば、観客にも審査員にも受け入れられるかもしれない。そして、彼らはその賭けに勝ったのである。彼らの存在によって“M-1的な漫才”という概念は破壊されたといっても過言ではない。……いや、流石に言い過ぎか。

 

スーパーマラドーナ(敗者復活)

「合コン」。先日、まだ結婚していない同級生のために、田中がコンパを開いてあげたのだが、その場に何故かオネエがいたために気まずいことになった……という当時の状況を再現。昨年大会の一回戦で披露された『エレベーター』と同様、田中が当時の状況を再現して、その様子に武智が第三者としてツッコミを入れていくスタイル。ただ、田中が一人で複数の人間を演じながら再現していた『エレベーター』に対し、今回は当時の田中の発言のみを再現することで、一人芝居としてのクオリティを向上させている。しかも、これにより、他の合コンのメンバーの正体を隠すことが出来るように。結果、終盤で一気に可視化して、最高潮を迎えながらオチに到達する構成を作り上げている。先のゆにばーすに似ているといえるのかもしれない。無論、内容もよく出来ている。田中の無礼な態度をベースに、女性陣のビジュアルをフリとしたギャグを散りばめるテクニックが素晴らしい(カニ似の女性にだけ田中ではなく武智が指摘するバランスも絶妙)。

 

かまいたち

「怖い話」。怖い話を聞いてゾッとする感じが好きだという濱家に対して、山内は怖い話を聞くとイラッときてしまう。前半パートは怖い話に対する違和感をあげつらった山内のボヤキで構成されている。そのボヤキに対して、濱家が別の角度からフォローを入れようとするのだが、そのフォローの隙を更に突いてボヤいていく展開には、往年のブラックマヨネーズを彷彿とさせた。二人の素の喋りの魅力を引き出している。そして後半からは、山内が怖い話の代案として登場させた、“ムキムキのスキンヘッドでおでこに卍のタトゥーが入った大男”の異様な存在感を軸とした展開に。三段落ちの手堅い構成ではあったが、よもや、おでこに入った卍のタトゥーが、「口裂け女」のエピソードに絡んでくるとは思ってもみなかった。この巧みに見せない技術が実に上手い。

 

マヂカルラブリー

「野田ミュージカル」。突如として開催が決まった野田ミュージカルを見ることになってしまった村上。「野田ミュージカルの本編が始まったかと思わせておいて実は客だった」というオチだけで構成された前半パートを受けて、後半パートは「あからさまに客」「一見すると普通の客ではないがこれまでの経緯から考えるに恐らくは客」「もはや誰か分からない」など客オチを前提とした展開に。ただ単純に同じパターンのボケを繰り返しているように見えて、きちんと全体の流れが組み立てられている。加えて、野田の全身を使った表現を、隣で見守っている村上のフォローも絶妙だ。気の利いた言葉でそつなく笑いを取りに行こうなどという姑息な手段を取らず、徹底的に客観性を保ち続けて、不条理な存在感を見せつけている野田だけを表出させている。その点が物足りないと感じる人もいるかもしれないが、これはこれで良い。

 

さや香

「うたのおにいさん」。“うたのおにいさん”になりたかったという石井に対して、“うたのおにいさん”がどういう仕事なのかを知らない新山。そこで、実際に石井が“うたのおにいさん”をやってみたところ……。一般的に知られている存在をあえて知らないていにすることで、それ自体の特異性を浮き彫りにするスタイル。過去大会でいえば、2008年にサンタクロースを知らないという設定のネタを演じていたダイアンに近い。ただ、疑念と困惑で溢れていたダイアンの漫才に対し、さや香のネタはとことんポジティブ。「グーチョキパーでなにつくろう」の想像性に感動し、「ふしぎなポケット」の展開に驚愕し、「はみがきじょうずかな」には積極的に参加する……そんな新山の姿は、単なる誇張表現ではなく、まさに幼い子どもがそれらの楽曲に触れたときに覚えたであろう感動を再現しているように見える。過剰な所作が本題の面白さを濁らせてしまっている場面も見受けられたが、良い題材、良い設定だと思う。それはそれとして、「グーチョキパーでなにつくろう」のくだりのときの新山の合いの手がたまらなく好きだ。「ほんまや」「さすがや」。

 

・ミキ

「漢字が苦手」。漢字が苦手な亜生が、友達に手紙を書くために漢字が得意だと自負している兄の昂生から分からない漢字を教わる。無知な弟・亜生に対して知識をひけらかそうとするも逆に振り回されてしまう兄・昂生という構図。メインテーマは“鈴木”という漢字の説明。先のさや香と似通っている部分もあるが、「亜生は漢字が読めない」という虚構になり過ぎていない設定がよりリアリティを高めている。口頭では上手く伝わらず、空中に書いてみても想像が行き届かないということで、ボディランゲージで漢字を説明するという展開が絶妙。ちょっとしたダンスのような動きを見せる躍動感のあるやり取りへと上手く繋げている。この時の昂生の動きもまたたまらなくコミカルなのだが、対して、その全力の演技を目の前に平然と無知の様であり続ける亜生の徹底した演技が良い。また、合間に挟み込まれる、本題とは少しズレたボケも面白かった。「ドルドル→えーんえん(円円)→ペソペソ」というくだりの下らなさたるや! 緩急のついた高い技術によるしゃべくり漫才、実に素晴らしかった。

 

・和牛

ウェディングプランナー」。ウェディングプランナーに扮した水田が、川西演じる結婚式の打ち合わせに来た花嫁と打ち合わせ。前半で結婚式の計画を立てて、後半で実際の結婚式の様子を演じるという構成力の強さが魅力。ただ、こういうネタは、下手すると台本が見えてしまう危険性を孕んでいる。しかし彼らは、打ち合わせに参加していた花嫁と参加していなかった花婿、それぞれの立ち位置からリアクションを変えてみせることにより、構成の魅力を見せつけながらも漫才特有のグルーヴ感を残してみせている。無論、ネタの内容を、言葉の説明だけではなく、画で見せることで面白くなるものにまとめていることも重要で(せり上がり、花嫁の歌、キャンドルサービス、ジョブズ)、またこれらの負担が打ち合わせから参加していた筈の花嫁に大きく圧し掛かるという理不尽さが笑いを大きくさせている。それでもずっと無邪気に式を楽しんでいる花婿がなんともたまらない。問題のウェディングプランナーが再登場するオチも見事。最後までフリが利いている。

 

ジャルジャル

「ヘンな校内放送」。ヘンな校内放送をやるから盛り上げてくれないかと持ちかける福徳。相方の後藤は言われるがままに盛り上げようとするのだが……。コント師としてのシニカルな視点から漫才の有り様について模索しているジャルジャルの最新作は、一昔前のM-1グランプリで話題になっていた手数論のアレンジだ。とことんシンプルで端的なボケとツッコミの応酬を延々と続けていくことにより、ちょっとした変化で大きな笑いが生み出されるように仕掛けている。このネタを観て、彼らがいつだったかの「キングオブコント」決勝のステージで披露していた『おばはん絡み』を思い出すのは、私だけではないだろう。それにしても変化のつけかたが絶妙だ。「ピーンポーン!」「ポーンピーン!」の逆バージョンや五回連続「ピン!」などの新たなシステムの提示があったり、「ピン、ポン、パン、ライス!」の一連の流れを大きくブチ壊したり。挙句の果てには二人の役割が交替になって、「ピーン!」「背筋伸びてるやん!」が延々と繰り返される混沌の極みへ……。最後の最後で序盤のフリが回収されるくだりは圧巻。ジャルジャルらしさに満ちた素晴らしい漫才だった。

 

【FINAL ROUND】

とろサーモン

M-1グランプリ2015」敗者復活戦でも披露していた「石焼きいも」。一本目と同様、久保田のアヴァンギャルドなキャラクターを前面に押し出した漫才。石焼き芋の売り文句を上手く言えない久保田が、最終的に何故か新興宗教めいたことを言い始めるくだりは何度見ても最高に面白い。とはいえ終盤の「芋だけに雪水とれる明日かな」は本当に意味が分からなくて驚いた。あのふわっとした着地を思うと、よく優勝できたものだと思わなくもない。

 

・ミキ

M-1グランプリ2016」敗者復活戦で披露していた「スターウォーズ」。一本目と同様、無知な弟・亜生に兄・昂生が教育を施そうとしてグチャグチャになる漫才。版権ネタということで見ている側のハードルも無闇に上がってしまったが、完全に自分たちのネタとしてテーマを昇華していた。ダースベーダ―を「身体の具合が良くない」、昔の亜生は悪かったという話から「名札付きのワルやで」、あらゆるテーマソングを思い出そうとするたびに「暴れん坊将軍」になる等、シンプルにアホなボケでグッと引きつけて、終盤は昂生のノリツッコミが畳み掛け。とりわけ光GENJIのくだりの動きはたまらなかった。

 

・和牛

「旅館の仲居」。やたらと物事に細かい水田が、旅館の仲居の言動に対してデリカシーのないことを言い続ける、以前の和牛が得意としていたスタイルの漫才。ただ、単なるキャラクターの焼き直しではなく、お互いが初対面だった前半は単なるフリに過ぎず、水田のキャラクターを仲居が理解した状態で繰り広げられるやり取りを描いた後半で一気に畳み掛ける。構成そのものは一本目に似ているが、まったく同じ内容のやり取りを、ただ仲居の態度を変えて描いているだけでまったく違った笑いに変えている表現力の凄まじさ。とはいえ、一本目のほのぼのとした水田を見た後だと、この神経質なキャラクターの水田にちょっとだけしんどさを覚えなくも。

 

【結びの言葉】

久保田「オー!ジーザス!ありがとう神よ!」

これに尽きるね。おめでとう!