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さあ、水道の蛇口を開け。

2026年3月のぼやき。

春が訪れてもぼやいてしまいました。

この時期、何故かは分かりませんが、ナツイ氏に関するmondがやたらと送られてくるようになりました。向こうからこちらに接触してこないかぎり、こちらから連絡をすることはないので、和解なんて有り得ません。

これもそうですね。何をもって勝ち負けを決めているのか分かりません。そもそも、いつの間に勝負していることになっていたのかも分かりません。

勝ちとか負けとかいわれていた理由かもしれないmondです。この文章を送り付けてきた人の中では、ナツイ氏が単著を出したから彼の勝ちだ、という論理が働いているのでしょう。でも、彼が単著を出して社会的に一定の評価を得たからといって私の彼に対する認識は変わりませんし、そもそも人生ってそういうものではないように思います。

 

ダウ90000第7回演劇公演『ロマンス』を配信で鑑賞しました。以前に観た『旅館じゃないんだからさ』ほどのエモーショナルな感覚はありませんでしたが、ストーリーの裏側からにじみ出ているメッセージのようなものに、ちょっとグッとくるものがありましたね。

あと、アンチコメントに対する認識として、「主人公過ぎる」という角度からの切り込みが可能だということを教えてくれたのも、なんだか個人的に有難かったです(作中では、アンチコメントを書き込んでいた人物が、明らかに主人公よりも評価されて恵まれている状況下にあったことがフリになってはいましたが)。

 

てれびのスキマ(戸部田誠)氏がポストしていた『笑裸 ワラハダカ』を見逃し配信で視聴した感想です。文芸批評からの分析には感想としての側面も見受けられましたが、身体の動きや発声の分析には有無を言わせない迫力があって、真正面からぶちかますお笑い批評という感触がありました。面白かったですね。

 

マンガワン問題の件で個人的見解を発信した島本和彦氏がフォローしているアカウントをスクショして、「そもそも島本和彦はこういう人間だった」という話に持っていこうとする人たちを目にして、率直に感じたことです。ただ、その理屈でいうと、自分たちは自分と意見の合うアカウントしかフォローしていない(=外部の意見には耳を貸さずにタコツボ化しようとしている)と主張しているように見えて、それはそれでどうなんだ?という気持ちにさせられます。

 

ぐんぴぃの食欲を減退させるために、仲間たちやスタッフが奮闘するという企画回でした。一時期、ガクヅケ木田氏が集めていたという“汚談”を紹介するくだりが、本当にえげつなかったです。

 

とあるアイドルグループに対する愛を語り合った同人誌の発売告知に対して、彼らの所属事務所が「タレントの氏名・芸名はパブリシティ権にかかわるもので、経済的利益を得る目的で無断で利用することを禁止します」(大意)とコメントしていることを理由に、「無許可で金を稼ぐことに利用するな」という切り口から批判されている件について。飼い主が意図しないところまで噛みついているバカ犬のようでかわいいですね。

 

とあるラジオ番組で「ラジオネームとかうんざり。匿名でいいでしょう?」というメールが読み上げられたのを耳にしたリスナーが「リスナーの自己承認欲求に耐えられない」と解釈したことが話題になった件について。ただ、この話題の元になったメールについて調べた方によると、どうもこの「匿名でいいでしょう?」というのは「聞きたい話があるんだから、ラジオネームの読み上げなんかに時間を費やすな!」という意図のものらしく、承認欲求云々の話ではないようです。どないやねん。

 

自覚的にならなくても承認欲求を発散させてくれるフォーマットさえ用意されれば、みんな承認欲求を満たされたがっているということなんだなあと再認識させられました。だったらそんな目の敵にしなくてもいいのになあ、とも。

 

能町みね子氏が「絡んだこともリアルで会ったこともTwitterで話題にしたこともない、好感を持っていた芸人さんからブロックされていて、まったく理由がわからない」という旨のポストをしているのを見かけて。

 

この類の問題、SNSで芸人と観客の距離が無駄に近くなりすぎたからっていうのが最大の要因だと思うのですが、それらを芸人も観客もポジティブな意味で利用しているのに、ネガティブな面には目をつぶろうとしているフシがあって、結局のところはずっちーなー!って思わなくもないです。

 

調べてみたら、『アルカトラズからの脱出』『十戒』のような大名作とか、往年のジャッキー映画だとか、韓国映画の隠れた名作とか、かなり色んな映画が見られるようなので、そこまで映画に興味がなければ、本当にもうこれでいいような気がします。

 

私の過去の発言を、さも他人の発言であるかのような言い回しにして、私に対して「どう思いますか?」と投げかけてきたmondに対する回答です。私に対して匿名で「お前、ダサいんだよ!」と伝えてくる人は定期的に現れるのですが、「それを自身のアカウントではなく匿名で伝えてくる自身のダサさとはどう向き合ってらっしゃるのですか?」としか思いません。ここのポイントは“伝えてくる”というところですね。匿名で文句を書きたいなら、匿名掲示板で好き勝手にやればいいのです。それを伝えてくるというのが……ダサい……。

ダメ押しです。

 

先ほどのmondに対する、先ほどとはまた違う疑問点の提示です。そもそも、他アカウントをブロックするという行為はすべてのユーザーに認められているものであり、その意味ではすべての発信は「ブロックされても仕方がない」要素を含んでいるので、ある意味では正しい指摘といえるのかもしれません。わざわざ伝えようとするほどのことではないというだけで。

 

逆にいえば、ネット上での一般人の無責任な選挙特番批判のことを、太田さんが如何にスルーしてきたかについても伺えます。その線引きがまた凄い。

 

地方在住の個人VTuberとして活動している津軽ねぷこ氏が、VTuberと仕事した経験がある作曲家(ボカロP)から「大手の仕事を紹介できる」という旨のDMを公開して糾弾、「実害を受けたわけでもないのに他人から送られてきたDMを晒すべきではない」という旨の批判を寄せられていた件について。結局、くだんの作曲家はだんまりを決め込み、津軽ねぷこ氏が「軽率だった」という旨の謝罪をすることになりました。……いや、でも、それでこの話は終わりってことにしてしまって、いいのか?

 

エロの最適解に向かっているような気がして、落ち着きません。もっと妄想を膨らませて、そこにしか存在しないエロを見出すように努めてほしい(どの立場からモノを言っているんだろうか!)

 

放送時間が変わったあたりから明確に見なくなってしまったので、自分の中ではその程度の番組だったということなのかもしれません。でも、久しぶりに見たら、やっぱりめちゃめちゃ面白い番組だなと再認識させられました。この後に見たガマン焼肉も良かったです。

 

戦争の話題に対して貼り付けられる、軍人と思われる人物が「バカか? 戦争は始めるものじゃない。出来る限りの外交の手段を尽くした上で結果的に「起こる」ものだ」と話している漫画の一コマについて。ちなみに、元の漫画を読んでみると、このセリフを口にしている人物はこれから犬死することを前提とした行動を取ろうとしているところでした。……オタクにそんなことが出来るか?

 

何についての話題だったか失念。とはいえ、常日頃から思っていることではある。

 

神保喜利彦氏の「ワロタといいながら全然笑ってないし、むしろ冷笑している人が多いですよね」というポストを受けて。

 

「太田には武のような才能がない」とはストレートに言っても受け入れられないので、なんか理由付けして遠回しに表現しようとした結果として浮かんできたであろう「どうして武は政治について語っても許されるのに太田は許されないのか?」という旨の主張を見かけて。このつぶやき、そこそこバズッたおかげで、主旨も文脈も理解していないけど声と自己承認欲求はやたらとデカい方々からの反応がやたらと多かったです。

 

こんなこと言っているような人間は時代を微塵も読めてないバカしかいないってことは自明の理なんですが、不思議と居なくなりませんね。

 

この件、高市氏が特定の宗教の教えに染まっているという点から批判を集めていたけれど、そもそも前提からして間違っているんじゃないかしらんと。

 

『伊集院光のタネ』でメッセージが採用されたときのリアクション。

 

これに関しては、インターネット黎明期における「顔出しして悪目立ちしたら匿名掲示板で祭り化してインターネットのオモチャにされる」という悪しき慣習が土台となった「出る杭は打たれても仕方がない」という思想が根っこにあるのかもしれない、と考えを改め始めています。出る杭になっているのに顔出ししない(=インターネットのオモチャになってくれない)ことを姑息と感じるということは、つまりそうことなんじゃないかと。

 

こちらの感情を逆撫でしたいだけのバカか、相手の気持ちに配慮した言葉遣いの出来ないバカか、どっちにしてもバカから送られてくる文言に疲れたので、やめました。そもそも、ブログのコメントもXのDMも開放しているので、本当になにか聞きたいことがあったときには、普通はそっちを使って連絡してくるはずなんですよね。それなのに匿名を使ってくるような人というのは、つまり……まあ、そういう人が多いってことなんでしょうね。

 

どんなに切実な内容のつぶやきであったとしても、それをつぶやいている人間の正体が分からないかぎりは信用することが出来ないため、その意味ではむしろ常にそれらはフィクションであるという態度を取っておいた方が良いのではないか? ただ、そうなると、じゃあ本当に切実な嘆きは、どこに投げつけられればいいのか?という思い。

 

動物園に設置されたシロクマの口に入れる形状をした募金箱に、お菓子の袋が詰まっていたというつぶやきを見かけて。

 

平和を願うウサギのイラストを公開した作者に、一部のファンと思われる人たちから批判が寄せられていたのを見かけて。

 

この件、なかなかにややこしい背景があるみたいなので、もうあんまり触れません。ややこしい背景があるんだったら、いよいよネタにすべきではないんじゃないか、とは思いました。

 

趣味でやっていることに「そんなことをして、何の得になるの?」と言われているような、なんともいえない気持ちにさせられます。

 

私自身、松本人志の作品も彼が生み出すフォーマットも割と好きな側ではあるので、彼を擁護したい気持ちも分からなくはないのですが。初手から謝罪していれば、もうちょっとどうにかなっていたんですかね。それはそれとして、

こちらの件についても思うところはあります。

 

戦争を拒否する理由として、自分や自分の家族・友人が被害者になるという観点が取られがちですが、加害者にもなるんだぞということを再認識するつぶやきです。敗戦国としての受け身に染まりすぎている。

 

とある芸人と友人の揉め事において、友人の謝罪に対して芸人が取った対応について。

腹の虫がおさまらなかったので追加で。なんだかんだ私はネタを観たいと常日頃から思っています。ネタが面白ければ、何をやっていようが基本的になんとかなるというのが芸人の特権だと思っているので……。

 

今月は以上。