白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「第三回かが屋単独ライブ「瀬戸内海のカロ貝屋」」(2022年9月28日)

とある休日、あまりにも何もやる気が起こらない自分自身に嫌気がさして、積ん読(つんどく)ならぬ積ん観(つんかん)状態となっている数多のDVD作品から、何か一本を取り出してみることにした。何が良いだろう。

当初は、せっかくの休日なのだから、平日には観ることの出来ない超大作でも観るべきであると考えたのだが、今の自分を顧みるに、とてもそんな集中力は残っているとは思えず、即座に断念。しばらく思案した結果、手に取ったのが『第3回 かが屋 単独ライブ「瀬戸内海のカロ貝屋」』である。パッケージの裏面を確認すると、本編時間69分とある。実に有り難い。

販売サイトに掲載されている情報を見ると、2022年5月に東京公演(草月ホール)、6月に大阪公演(ABCホール)が行われた単独ライブの模様を完全収録、とのことだ。「完全収録」という言葉に甘美な香りを感じてしまうのは私だけではあるまい。ちなみに、この「瀬戸内海のカロ貝屋」という単独ライブ、本来であれば2020年に開催される予定だったらしい。しかし、新型コロナウィルスのパンデミックを受け、延期になってしまったのだそうだ。延期になってしまったライブ……というところに、某小林賢太郎のことを思い出さずにいられない。かが屋はちゃんと単独ライブを開催することが出来て、良かったなあ。

本編に収録されているコントは全九本。以前、彼らの代表作をまとめたベスト盤を観たことがあるのだが、その時よりも明らかに面白さが増している。本作で演じられているコントの多くは、観客には隠されている事実が少しずつ明らかになっていく展開である。ただ、それぞれ見せ方がまったく違っているために、まったく別のコントのように感じられるようになっている。この手法は、彼らの事務所の先輩に当たる、バカリズムも頻繁にネタに取り入れているものだ。なんとなく血脈のようなものを感じずにはいられない。

というわけで、ここからは本編で披露されているコントの面白かった点について触れていきたいところなのだが、残念なことに、その隠されている事実こそコントの肝であるため、ここで内容に触れてしまうとネタバレになってしまう。なんとも歯痒い。というわけで、本文ではあくまで表層的なところだけに触れることを、ご了承いただきたい。

本作において、特に笑わせられたコントがある。『入院』と『タクシー』だ。

盲腸で入院している少年のお見舞いにやってきたクラスメートが持ってきた千羽鶴を、少年が拒否するくだりで幕を開ける『入院』は、数々の新事実が次々に明らかになっていく多重構造のコントである。「こういう切り口のコントなのかな?」と思いながら観ていると、新たな真実が明らかになり、「おおっ」と驚いていると、更に新事実が判明し、気付けば笑いの渦の中に巻き込まれていく。また、例えばかもめんたるがコントで演じているような、ただ面白いだけでは終わらない、何とも言えない不快感を覚える展開が用意されている点も素晴らしい。千羽鶴というありきたりなアイテムが、こんなにも不気味になってしまうなんて。笑いの意味でも、感情を揺さぶられるという意味でも、本編随一の傑作と言ってもいいだろう。いつかキングオブコントでも披露してもらいたい。

良い客を乗せて、ちょっとだけ浮かれていたタクシー運転手が、次に乗せた客によって絶望の底へと突き落とされてしまう『タクシー』は、二人の演技力がとことん光るコントである。否、設定も展開も単純なので、二人の演技力がなければ成立しないコントというべきなのかもしれない。なんとなく地味な印象を与える二人だが、演技の世界に没入すると、ここまで魅力的な役者になるのかと驚かされた。被害者のような振る舞いをする加賀の哀れな表情も、心の奥底が読めない賀屋の不気味な振る舞いも、二人じゃなければ成立しないものだっただろう。また、コントのフリとなる部分に、しっかりと時間を使っている点にも注目してもらいたい。このフリの部分が、終盤になって一気に効いてくる。コントが終わるころには、タクシー運転手に対する評価も変わるはずだ。よもや、こんなろくでもない人間だったとは……。

これらの本編に加えて、単独ライブ初日のバックステージを撮影した特典映像と、かが屋の二人によるオーディオコメンタリーが収録されている。この特典映像もかなり見応えがあるので、是非ともチェックしていただきたい。カメラの前で芸人特有の悪ふざけを見せる場面もあるのだが、舞台に対する真剣な姿勢を感じさせる瞬間もあり、なかなかに興味深かった。とあるコントのSEが気に入らなくて、急遽、セットリストから外してしまうシーンなど、なかなかにたまらない緊張感であった。ああいう姿を見せてくれるのはとても有り難い。

本作を鑑賞し、ラーメンズの文脈の先に、かが屋が存在するのではないかとう感想を抱いた。舞台へのこだわり、所作へのこだわり、ネタへのこだわり、その全てがラーメンズのそれを想起させたのである。否、むしろ、ラーメンズもまたバナナマンに影響されてコントを演じるようになったと聞くから、二組は義兄弟のような関係性といえるのかもしれない。

まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく、本作はとんでもない傑作である。Mastard RecordsというHMVのレーベルからリリースされているため、購入するのが難しいという人もいるかもしれないが、コント好きであれば一度は観るべき作品だ。なんとかして手に入れてほしい。

10代、当時の僕の一番の趣味は単独ライブの映像を観ることでした。自転車で行ける距離にレンタルビデオ屋があり、その店のお笑いコーナーにたくさんの単独ライブDVDが置かれていたことが現在に大きく影響を与えていて、もしかしたら自分もその一部になれるかもしれないということが非常に嬉しいです。(加賀翔)

本作封入ペーパーより