白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

ラーメンズと差別と

いつもお世話になっております。すが家しのぶです。

皆さんはラーメンズという芸人をご存知でしょうか。ラーメンズ多摩美術大学の同級生だった小林賢太郎片桐仁によって1996年に結成されました。コンビが結成された当時、若手芸人の多くはテレビでの活躍を目指していましたが、バラエティ番組での立ち振る舞いを得意としなかった彼らは舞台を中心に活動。単独公演、ソロ公演、演劇にユニットライブなど、多様なスタイルで活動していましたが、2020年に小林賢太郎が表舞台での活動からの引退を表明。コンビは事実上の解散となってしまいました。

このラーメンズのコントに『高橋』というネタがあります。2001年に開催された第8回単独公演『椿』の中で演じられました。現在はYouTube上で無料公開されております。興味がありましたら、ご鑑賞いただければと存じます。

『高橋』は二人の男性が待ち合わせして、お互いに声を掛け合う場面で幕を開けます。

「おう、高橋」
「おお高橋」
「あれ? 高橋は?」
「まだ来てない。もうすぐ来るんじゃないかなあ、高橋と一緒に」
「じゃあ高橋と高橋はどうした?」
「あ、あいつら来れないって」
「マジで!? おいおい、じゃあ高橋と高橋抜きで高橋に行くのかよ」

このやり取りを受けて、観客は気付きます。このコントで描かれている世界の人々は、どうやら全て“高橋”であるということに。だからこそ、二人は“高橋”という名字だけで、それぞれが別人であるということをしっかりと理解できています。この、観客が理解している常識の世界と、舞台上で繰り広げられる「私たちにとっては非常識な世界での常識的な会話」がもたらす歪みが、笑いへと昇華されます。

ですが、コントが進行するにつれて、観客は更に新しい事実に気付かされます。

「実は、高橋に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「なんだよ、改まって高橋」
「俺……親が離婚して、名字が変わるんだ!」
「ええ!」
 (略)
「今までありがとう。高橋には高橋だけで行ってくれ。俺はもう一緒に過ごせないけど、高橋同士、仲良くな……」

なんと、この世界にも、高橋以外の名字が存在していたのです。そして、どうやらこの世界では、「高橋という名字ではなくなってしまった人間は、高橋とは一緒にいられない」とされている、つまり高橋じゃない人間は差別されているようなのです。事実、この後の展開では、「高橋以外が受ける非高橋差別」という台詞も飛び出します。元々のナンセンスな設定に加え、二人の絶妙に誇張された演技の面白さもあって、この辺りのシーンでも笑いが生まれていますが、高橋以外の人間がどのように扱われているのかを想像すると、とても笑っている場合ではありません。

また、このコントで重要なのは、差別を受ける理由が名字にあるという点です。見た目や性格などのような個人の性質によるものではなく、ただ名字が違うというだけで迫害されているのです。無論、個性を理由に迫害されることも、決してあってはならないことですが、それでも当人の意識次第で対応することも出来ます。だが、名字に関しては、どうにも変えようがありません。それは自らの出自、生まれ故郷や祖先にまでさかのぼった、脈々と流れる血を起因とした差別の存在を匂わせます。果たして、高橋による高橋以外への差別には、どのような歴史が合ったのでしょうか……。

これらを踏まえた上で、このコントのオチを見てみると、より一層うすら寒いものを感じさせます。差別について考えてみるとき、この『高橋』のことを思い出してみて、そっとその視点に思いを馳せてみるのも良いのではないでしょうか。自らの意見の正しさを主張するために、意見の反する相手のことを「高橋じゃないヤツ!」と糾弾してしまわないように。

(今回の記事は2019年10月にnoteで公開したものを再構築しました)