いつもお世話になっております。すが家しのぶです。
東京オリンピックの開会式から間もなく二週間が経とうとしています。ホームでの大会だからというのもあってか、日本人選手による金メダルラッシュが続き、そもそもスポーツ観戦にこれっぽっちも興味を持っていなかった私のような人間でも、胸の奥底からコーフンのようなものが込み上げてきます。よもや逆流性食道炎ではあるまいな。
その一方で、東京オリンピックそのものに対する不信感もまた、自分の中で蠢いているので、感情がとてもややこしいことになっております。新型コロナウィルスへの不安が未だ解消されていない状況下での開催というだけでもストレスを感じているのに、大会を取り巻く有象無象の醜聞を見聞きしていると、「それはそれ!でも、これはこれ!」と否が応でも義憤に駆られてしまいますね。だからってデモ行進に参加しようとは思いませんけれども。感染リスクとかどうなってんだ。
特に私が腹を立てたのは、開会式のスタッフとして参加する予定だった、小山田圭吾と小林賢太郎に関する話題でありました。小山田氏の告白記事にせよ、小林氏が手掛けたコントにおける差別的な台詞にせよ、反社会的で許されるものではないとの意見がまかり通っていますが、これらの批判の根っこにはあるのは明らかに「東京オリンピック憎し」の思想で、その正義は本当に公明正大に真っ直ぐな正義なのかと詰め寄りたくなります。
もっとも、時間の経過とともに、小山田氏の告白記事が客観的事実に基づいていなかった(当時を知る人のコメントや検証が行われていない)こと、小林氏の台詞の意図が理解されずに差別的な表現が独り歩きする形で拡散されてしまったこと、それぞれについて言及する記事もチラホラと出始めていますが。それに伴い、当時、本件についてヒステリックに騒いでいた人たちを見なくなりましたが、何処に消えていったのでしょうか。また別の話題を目指して漂流しているのでしょうか。いつか粟島にでも流れ着くのでしょうか。知らんけど。
それはそれとして、私には気になっていることがあります。それは「問題になっているラーメンズのコント『できるかな』ってそもそも面白かったっけ?」ということでした。今回の件を受けて、この『できるかな』そのものは面白かったけれど台詞そのものは問題だ……という旨の一般の方の発言をよく目にしたのですが、正直なところ、私にはそれほど良い印象がありませんでした。なにせ一見して子ども向け番組の安易なパロディなのは明確でしたからね。とはいえ、私が最後に『できるかな』を視聴したのは、今から十年以上も前のことになります。今、改めて、真摯にネタと向き合えば、評価を引っ繰り返す……とまではいかないにしても、何かしらかの新しい発見があるかもしれません。
そこで今、『できるかな』をきちんと批評し直そうと思い立ったのでありました。
しかし、ここで大きな弊害が生じます。ラーメンズのコント『できるかな』は、1998年5月に日本コロムビアより発売された『ネタde笑辞典ライブ Vol.4』に収録されています。とても容易に手に入るものではありません。しかも形式はDVDではありません。VHSです。万が一、この『ネタde笑辞典ライブ Vol.4』を手に入れられたとしても、我が家にはVHS用のデッキがありません。デッキを手に入れなくてはなりません。VHSビデオテープレコーダーの生産は2016年に終了していますから、これも今となっては、なかなか容易に手に入れられるものではありません。……つまり、私はこのコントを観るために、とてつもなく面倒臭い工程を踏まなくてはならないのです。ああ面倒臭い。やれ面倒臭い。
……と、ここまで読んでみて、疑問に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。そして、こう思われたのではないでしょうか。「おい、すが家。お前はバカか。ネットで検索すれば、『できるかな』の映像なんて簡単に見ることが出来るじゃないか」と。確かにその通りです。実際のところ、私も十年以上前、この『できるかな』の映像をニコニコ動画で確認しました。ですが、考えてみてください。ネット上にあがっている『できるかな』の動画は、全て非公式なものです。くだんの映像の権利を持っている会社が公式にあげている映像ではありません。そんな違法アップロードされた映像を見て、是非を判断するなんて説教強盗みたいなこと、出来るわけがないじゃないですか。この件について語られている方々も、きっと大元のVHSを独自のルートで入手して、その内容の是非を判断しているに違いないのですから。……してますよね?
とはいえ、背に腹は代えられないので、私も仕方なしに『できるかな』の映像を(※ここでは言えない方法)によって視聴しました。お詫びとして、この記事を書いた後は公式によって正式にアップロードされているラーメンズのコント動画を百本観る行脚に旅立とうと思います。いざ行け、遥かコントの丘を越えて……。
『できるかな』は九分ほどのやや長めのコントです。ゴン太くん(片桐)の家を訪れたノッポさん(小林)が、日頃の感謝の気持ちを告げたり、視聴者から送られてきた手紙を読み合ったり、次の企画を考えたりする様子が描かれています。基本的には、NHK教育テレビで放送されていた『できるかな』をモチーフにしており、牧歌的な子ども向け番組に似つかわしくない表現を敢えて用いることで、笑いを生み出しています。とはいえ、ただのパロディというわけではなく、舞台裏での出演者同士のやり取りを描くことで、実在しない番組の内容を想像させられる面白さに重点を置いているように思えました。子ども向け番組のパロディといえば、過去にはあばれヌンチャクやニレンジャーなどが得意としていましたが、彼らはいずれも番組収録時の立ち振る舞いをネタに落とし込む手法でした。ここの見せ方への工夫に、ラーメンズの若手らしからぬ表現へのこだわりが感じられますね。
ネタの構成を見ると、まず二人の正体が明らかになるまでの時間を作るくだりがいいですね。いきなり誰が誰なのかを明確にしようとせずに、敢えて片桐氏のゴン太くんだけを先に見せることで違和感を残し、観客の意識を舞台に集中させています。この手法は彼らの初期の代表作『現代片桐概論』でも用いられていますね。続く、ノッポさんがゴン太くんに感謝の気持ちを伝えるくだりは、目を見つめ合うくだりを経て、オチへと繋がるフリになります。登場キャラクターにボーイズ・ラブの香りを漂わせるのも初期ラーメンズの特徴の一つです。もっとも、このコントの場合、ゴン太くんの存在に性別の有無を感じさせませんけれども。そのあやふやさもまた面白いところです。
「視聴者からの手紙を読み上げる」「『できるかな』の替え歌を歌う」「結婚式のご祝儀」のくだりは、観客に伝わりやすいボケで隙間を埋める工程になります。いずれも元ネタの『できるかな』のパロディとしての赴きが強く、笑いが起こりやすい内容になっています。特に替え歌のくだりは好きな人も多いのではないでしょうか。ジャッキー・チェン風……みたいなのをやると、このコンビは本当に上手いですね。問題になった台詞のあった来週放送の企画を考えるくだりは、全体を通してみると少し異色。文字で構成された野球場を作る……という発想に、これといって笑いどころは見受けられません。ことによると、もしも小林氏が実際にノッポさんになって『できるかな』をやってみようとしたら……をリアルに想定して考えた企画だったのかもしれません。
ちなみに、問題となった台詞についてですが、先に「人の形に切った紙がいっぱいあるから」という観客に適度の違和感を残すようなフリとなる台詞があったからこそ、笑いに転換されていたように思います。ただ不謹慎なだけではなく、納得できる理由が提示されたからこそ笑いが起きたわけです。……納得すれば笑いが起こるのか、というところに引っ掛かる方は、ねづっちのなぞかけをイメージされるといいのではないかと存じます。堺すすむの『なんでかフラメンコ』でもいいですよ。なので、単なる不謹慎ジョークとして処理するのは、ちょっと違うような気がします。
あと、どうでもいいことなんですが、くだんの台詞は「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」なんですよね。でも、いわゆるホロコーストって、一般的に「大量虐殺」と呼ばれているんですよね。だからなんだっていう話ではあるのですが、ちょっとニュアンスが変わるような気がして、少し引っ掛かりました。小林氏は言葉の表現に対するこだわりの強い人なので、その違いに何かしらかの意図があったのかも……。
ここで結論を出したいと思います。『できるかな』が面白いのかどうかについてですが……いや、今見ても、けっこう面白いですね。もちろん、モチーフとなっている『できるかな』や、同じ時期に放送されていた子ども向け番組のタイトルやキャラクターを知っていることを前提とするため、世代によって評価は分かれると思いますが、私は面白かったですね。くだんの台詞については、当時の感覚ならばアウトとまではいかなくともギリギリ笑いの範疇に収まるレベルだったのかしら、という印象です。もしもフリの部分がなかったら、そこまで笑いにならなかったんじゃないですかね。今だったら、表現的にアウト云々以前に、言葉のニュアンスがキツ過ぎて客がウケないような気がします。今のお客さんはその辺りをシビアに感じ取っている印象がありますから。事件の凄惨さ以上に鉄球作戦のイメージが根強い、あさま山荘事件ごっことかならウケるかもしれません。そもそも若い人が事件そのものを知らない可能性も高いですが。
こちらからは以上です。
最後に余談。ラーメンズによる『できるかな』パロディですが、2016年6月に放送された小林賢太郎の冠番組『小林賢太郎テレビ8』の中で再び演じられています。ただ、こちらで演じられているのは、舞台裏ではなく実際の番組収録。98年にソフト化されたコントの続編を、18年の時を経て映像化したわけですね。こちらの映像も既にソフト化されていますので、機会があれば是非。