白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「M-1グランプリ2019」最終決戦(2019年12月22日)

前回の続きから。■上位三組が決定し、ここから最終決戦へ。上位から順番に出順を決めていく。■最終決戦の一番手はぺこぱ。先程、ネタを終えたばかりだが、早くも二本目を披露することになった。ネタは『お年寄りに席を譲る』。■既に芸風が客席に認知された状態のため、どうしても一本目ほどには衝撃を与えられない。とはいえ、ネタそのものの手は抜いておらず、きちんと二本目の漫才であることを意識したつくりになっていた。ツッコミのフレーズも、ボケを否定しないというよりも、観客に別角度の視点を与えることでボケの異常さから目を背けようとしているような、ちょっと捻くれたワードが増量。「おじいちゃんの膝の上は……懐かしい!」「ゴリラが乗ってきたら……車両ごと譲ろう!」など、もはやツッコミではないが、彼らの芸風を認知した後だからこそ、バツグンに面白いものとして受け入れられる。■しかし、個人的には、松陰寺がファ行を多用することで、先程のネタとの差別化を図っていたことに一番笑った。その要素に、そんなに重きを置いているのか。■二番手はかまいたち。ネタは『自慢できること』。映画『となりのトトロ』を観ていないことが自慢だという山内に、濱家が反論し続けるしゃべくり漫才。■ネタの仕組みは一本目の『USJ』と同様。山内が妙なことを言い始めて、濱家が様々な角度から論破しようとするも、あらゆる言葉と手段で煙に巻かれ続ける。ただ、一本目と今回が明確に違っているのは、山内の持論に対する共感の差。一本目の場合、濱家も観客も山内が言い間違いをしていたことをしっかりと認識しているため、山内が妙なことを言い続けている異常な様を全員で共有できる。しかし、二本目の場合、山内の言っていることに一抹の共感を覚えるため、その異常性が微かに薄れてしまっている。この狂気へと針が振り切れていない感覚が、勝負を分けてしまったように、今となっては思う。■余談だが、一本目の『USJ』に対して、「ネットでよく見かける間違ったことを言っているのに間違っていると認識できていない人を描いている」という言説を見かけたことがあるのだが、個人的には、むしろ二本目の「本来なら自慢にならないようなことを自慢げに語る人」の方がネット上でよく見かける気がする。■そして三番手、大トリはミルクボーイ。ネタは『もなか』。■此方もネタの仕組みは一本目と同じ。駒場が「オカンが思い出せないもの」を証言とともに提示、それをヒントに内海が正解を導き出そうとする。前半、既にシステムが分かってしまっている状態にしては、やや弱めのネタ運びになっていたが、後半のもなかの家系図が出来上がっていく展開で一気に盛り返す。ここは各ディスりの破壊力よりも構成力に重きを置いた形となった。特に笑ったのは、突如として飛び出した「モナ王」というワード。あの全てを総括する無駄なくだりの中で、いきなり日常で親しみやすいお菓子(しかし「もなか」との共通性を不思議と感じない)の名前が出てくる爽快感。実に気持ち良かった。■結果、七人の審査員の内、六人がミルクボーイ、一人がかまいたちに投票。ミルクボーイの優勝が決定した。■ミルクボーイが史上最高得点を叩き出したこともあってか、本大会は「史上最高のM-1グランプリ」と称されている。確かに、それまで無名のコンビでしかなかったミルクボーイやぺこぱの飛躍、実力ある若手として注目されていたからし蓮根やオズワルドの始動、漫才の可能性の幅を広げたすゑひろがりずの爪痕など、見どころの多い大会だった。ただ、個人的には、今大会が突出して素晴らしい大会だったとは思わない。何故ならば、2015年に復活して以後、M-1は最高の大会で有り続けることに力を注いでいたからだ。ゼロ年代の競技性の高い漫才審査から外れ、多種多様な漫才を認め、評価するように変貌を遂げていたからだ。その結果として、今回の大会が出来上がったに過ぎない。我々はトム・ブラウンの衝撃と感動を易々と忘れてはならないのである。■ちなみに。個人的には、ぺこぱでした。■こちらからは以上です。■

「M-1グランプリ2019」オズワルド、インディアンス、ぺこぱ(一本目)(2019年12月22日)

前回の続きから。■ミルクボーイが場を盛り上げた後に登場した八番手はオズワルド伝統芸能の語り口(すゑひろがりず)、熊本弁(からし蓮根)、強めの関西訛り(見取り図・ミルクボーイ)と続いたところで登場した、標準語の漫才コンビだ。ネタは『先輩との付き合いかた』。先輩と遊びに行く予定を抱えている畠中が、後輩としてどのように立ち振る舞えばいいのか、伊藤からレクチャーを受ける。■突飛なボケに振り落とされないようにツッコミが食らいついていくスタイルのしゃべくり漫才。会話のトーンや畠中の突飛なボケなどはおぎやはぎの漫才をベースにしているように見受けられるが、後半で急速に激しさを増す伊藤のツッコミの構成やワードセンスはむしろアルファルファラバーガールのコントを彷彿とさせる。確証はないが、その方面に対する意識は少なからずあるだろう。■肝心のネタは、伊藤からのアドバイスを受けて「先輩のことは後輩が全部やってあげる」と理解した畠中が、そのまま間違った方向へと走り出してしまう様子を描いたもの。その辺りの設定が丁寧に描かれていて、尚且つ、その後の展開へとしっかり繋がっているあたり、漫才よりもコントとしてのエッセンスを強く感じさせられる。故に、しゃべくり漫才というスタイルでありながら、ネタの構造を明確に提示していたのに演じ手の気質を剥き出しにしていたミルクボーイよりも、作り物の印象を与える。無論、コント的な味わいの漫才がダメというわけではなく、これはこれで面白いのだが、剥き出し全開だったミルクボーイの後だと、どうしても脆弱に見えてしまう。■最初と最後の挨拶で個性を出そうとしたことも、ヘンに作り物っぽさを強調してしまっていたように思う。……と、そう思えば思うほど、おぎやはぎというコンビの化け物ぶりに震えずにいられない。■結果、上位三組には届かず。この時点で予選一位・ミルクボーイの最終決戦進出が決定する。■九番手はインディアンス。以前より、その存在を認められながらも、なかなか評価されなかった苦節のコンビである。ネタは『おっさん女子』。明るくて冗談を言ったりフザケたり出来るおっさんみたいな女子と付き合いたい、というきむの要望に田渕が応える。■そもそも、きむが「おっさんみたいな女子と付き合いたい」という導入の時点で、全ての結果は決まっていたように思う。そういう嗜好の人間なんて、この世の中には存在しないとまでは言わないが、まず共感できない設定である。この設定でいえば、まずきむが好みのタイプを語って、それに対して田渕が「おっさんみたいな女子と付き合えばいい」とプレゼンする展開にした方が、よっぽどスムーズに入り込める。……恐らく、これは確認していないので想像でしかないが、どちらかがネタをトチッたのではないだろうか。事実、中盤できむが「おっさんイヤや」と言ってしまっている。明らかに設定が歪んでいる。■インディアンスの漫才は、基本的に田渕が設定の中でどれほど自由に暴れられるか、また、その暴れ回っている様子が観客に笑えるものとして伝わっているかどうか、という部分が全てを占めているので、今回のように導入で違和感を覚えさせてしまうと、もう取り返しがつかない。■それを抜きにしても、終盤のチンピラにナンパされるくだりの蛇足感は、もうちょっとなんとかしてもらいたかった。「すしざんまい」のくだりをやりたかったのだろうけど、彼氏とのデートの設定のままで、それは出来なかったのか?■結果、上位三組には届かず。この時点で予選二位・かまいたちの最終決戦進出が決定する。■予選のトリを飾るのはぺこぱ。ネタは『タクシー運転手』。シュウペイがタクシー運転手となって客の松陰寺を乗せようとするのだが、ちゃんとタクシーのコントが始まらない。■基本的には、単発だと笑えない自由奔放なボケに対して、言葉巧みなツッコミがフォローを入れることで笑いが生み出されるタイプの、いわゆるおぎやはぎスタイル。但し、ぺこぱの場合、「松陰寺がシュウペイのボケを何が何でも否定しない」という明確なスタンスを提示することで、既に存在していた同様のスタイルの漫才と一線を画している。また松陰寺自身もちゃんとした人間ではない(無駄に時間のかかる自己紹介、ヘンな喋り方、伸びた前髪をこれでもかと振り回す等)ため、その見た目のキャラクターのギャップによる笑いも生じている。ただ、単なる演出効果では終わらせず、きちんと漫才の中で松陰寺のキャラクターに言及するくだりが含まれていて、笑いを生み出すためのフリとして機能している点も素晴らしい(しかもそこに芸人としての苦悩の日々も垣間見せるドキュメンタリー性!)。ストイックな漫才師であれば絶対にやらないであろうことに何でもかんでも手を出した、無節操で貪欲な漫才といえるだろう。■松陰寺のキャラに言及するくだりにも驚いたが、いきなり横を向いてしまったシュウペイに「正面が変わったのか……?」と声をかけたのには、もう腹を抱えて笑ってしまった。そんなことが起こるわけない。起こるわけないのだが、シュウペイのボケを否定しないようにするためには、そんなありえないことも言ってしまうムチャクチャさ。しかも、それがあざとくないのだから、恐ろしい。■結果、僅か二点差で暫定三位だった和牛を制し、ぺこぱの最終決戦進出が決定する。こういうドラマが起こるから、M-1は面白い。■続きます。

発売延期の件について。

東京03の単独ライブDVDおよびBlu-rayのリリース日が延期となった。

更に、ジャルジャルハリウッドザコシショウのDVDも発売延期になった。

JARU JARU TOWER 2019 ジャルジャルのちじゃら [DVD]

JARU JARU TOWER 2019 ジャルジャルのちじゃら [DVD]

  • 発売日: 2020/05/27
  • メディア: DVD
 

いずれも新型コロナウィルスの影響によるものらしい。曰く、政府の緊急事態宣言が発令されたことによる影響を受けて、店舗やお客さんの安全を最優先に配慮したためだという。しかし、それは逆にいえば、この時期には新型コロナの件も一定の落ち着きを見せるだろう、というあくまでも希望的観測による延期ということを意味している。果たして、その日に本当にリリースされる保証など、何処にもないのである。

ネタ番組の収録が難しくなり、ライブ活動も自粛するという方向性に進んでいる今、DVDこそが求められる形態だろうと思っていたのだが、よもやこのような理由で流通にストップが掛かるとは想定しておらず、少なからず戸惑っている。否、致し方のない理由なので、それに反論しようなどとは思わないが。

ただ、そういうことになった、こう思った、というだけの記事でありました。

『うるとらブギーズ単独ライブ「ultra very special boogie」』(2020年3月18日)

2019年12月2日にルミネtheよしもとで開催されたライブの模様を収録。

うるとらブギーズは熊本出身の八木崇と静岡出身の佐々木崇博によって2009年に結成されたお笑いコンビである。東京NSC10期生にあたり、同期には、オリエンタルラジオトレンディエンジェル、はんにゃ、フルーツポンチ、インポッシブルなどがいる。それぞれ別々のコンビとして活動していたが、「ジャルジャルがやるようなネタが理想」と意見が一致し、結成に至った。

コンビ結成十年目を迎えた2019年、日本一のコント王者を決める『キングオブコント』決勝戦に初進出。トップバッターでありながら、ファーストステージで披露した『催眠術』で観客と審査員の心をがっちり鷲掴みにして、十組中二位の高得点を叩き出す。続くファイナルステージでは『サッカー実況解説』を披露し、三組中一位の高得点をマーク。しかし、ファーストステージにおいて、史上最高点(※五人審査制を採用した第八回大会以降)を記録したどぶろっくとの距離は縮められず、総合2位という結果に終わってしまう。地味な彼らが地道に築き上げてきた優勝への架け橋は、大きなイチモツによって塞がれたのであった。

本作には、そんなうるとらブギーズのベストネタが10本収録されている。その中には、相手の話すことを同時に喋ってしまう奇病に悩まされている男が催眠術での治療を願い出る『催眠術』、サッカーの実況アナウンサーと解説者が試合に集中せずについつい雑談に興じてしまう『サッカー実況解説』も含まれている。このような場合、これら二本の勝負ネタが強く目立ってしまい、他のコントがあまり記憶に残らない……という事態になりがちだが、なかなかどうして、いずれのネタもしっかりと面白かった。

視聴前は『催眠術』のイメージが強かったため、他のネタも同様の変化球スタイルを取っているものが多いのではないかという先入観を抱いていたのだが、実際に見てみると、その多くが骨太でストレートなコントだったので、些か驚いてしまった。例えば、時限爆弾を前に優柔不断な二人の刑事がまごまごし続ける『優柔不断』、上京してミュージシャンになりたいという息子の歌がただただ恥ずかしすぎて悶え続ける父親を描いた『息子の上京』、怪人・Mr.ナゾーに拉致された刑事が「なぞなぞに答えられなければ天井が落下、答えられれば解放する」というゲームに巻き込まれるも肝心のマイクの調子が悪い『Mr.ナゾー』のように、いずれも余計な笑いを挟み込まず、あくまでも発想の面白味だけで突っ切っている。そこには一切の無駄がない。この方法論は、まさにコンビ結成のきっかけとなったジャルジャルのスタイルと、見事に一致している。ブレずに愚直に目標を追い求めている証左である。『催眠術』の印象が強くて、視聴をためらっている人ほど、楽しめる作品になっているかもしれない。

それらの中でも、バツグンに面白かったのが『迷子センター』というコント。聞くところによると、2018年の『キングオブコント』準決勝において、うるとらブギーズは『迷子センター』を既に披露していたらしい。とんでもない話である。以前、とある番組で、ゾフィーの上田が「準決勝初進出のコンビはどんなに面白くても様子見される傾向がある」という話をしていたが、彼らもまたその煽りを食らってしまったのだろう。そうとしか思えない。それほどに面白いコントだった。このコントが純度そのままに地上波で披露されなかったことは、コント界において大きな損失である。大袈裟ではない。本気で言っている。

どういうネタなのか、ネタバレになってしまうと面白さが半減してしまうので、ここでは具体的には書けないが、敢えて一言述べるとすれば、「前半のやり取りがフリになって後半の展開に活かされるコントは既に数多く存在するが、その多くは前半のやり取りに新たな角度を加えることで新しい展開や発見に気付かせるように努めているのに対し、『迷子センター』は前半の素材をそのままに後半に持ち込んでいるにも関わらず大爆笑を巻き起こしている。こんな構成は見たことがない」とだけ書いておく。……ほぼほぼ言いたいことを言ってしまっているような気がするが、あまり気にせずに実際の公演の映像を観ていただけると幸いである。

これらの本編に加えて、特典映像として、うるとらブギーズの二人がキングオブコント優勝祈願のためバンジージャンプに挑戦する「KOC優勝祈願! 日本一のバンジージャンプに挑戦!!」、うるとらブギーズが単独ライブの幕間で流す予定のキングオブコントに関する映像の添削を同期であるGAGに依頼する「うるとらブギーズ×GAG」を収録。前者は、何故かバンジージャンプにノリノリの八木に対して、終始嫌がり続けている佐々木の対比が面白いロケ映像になっている。ところが、いざバンジージャンプ台を目の当たりにして、八木の態度が一変。その様がなんともアホらしくて、面白かった。後者は魅力的な設定に対してあまり実の無い映像になっていて、やや薄味。もうちょっと五人のトークを楽しみたかったな……。

・本編【58分】
「催眠術」「プロポーズ」「優柔不断」「夢」「マリリン・モンローゲーム」「息子の主張」「Mr.ナゾー」「OneNight」「サッカー実況解説」「迷子センター」

・特典映像【40分】
「KOC優勝祈願! 日本一のバンジージャンプに挑戦!!」「うるとらブギーズ×GAG

大腸内視鏡検査を受けたのだ。

某月某日。

年に一度の健康診断において、特に異常無しとの診断を受けた私は即座に会場である市民会館から職場へと帰還、仕事場へと戻る前に一度トイレで用を足しておこうと思い、事務所の脇にある男性用トイレ(弊社の男性用トイレは何故か仕事場の外に配置されている。女性用トイレは仕事場内にあるのに。なんだその男女差別は)の洋式便座へと腰掛け、排便を終え、備え付けのトイレットペーパーで尻を拭いたところ、大量の血が付着していることに気が付いた。気が付く、という程度ではない。べったりと鮮血が染み込んでいる。立ち上がり、便器の中を確認すると、はっきりと血で真っ赤に染まっている。なんとも宜しくない。

実のところ、トイレで排便をしたつもりが、何故か肛門から血を噴き出していた……という事態は、過去にも何度か経験していた。だが、その度に、「恐らくは痔によるものだろう」「以前から肛門のあたりがグジュグジュになっている感覚があったし」「なんなら痛かったし」「そうだろう、きっとそうに違いない」と医学的根拠も何もないままに決めつけて、見て見ぬふりをして過ごしていたのである。しかし、健康診断を終えたばかりで健康に対する意識が向上していたこと、週末で本日さえ乗り切れられれば明日から休みに入れる状況だったことが作用したのか、この日は「遂に現実に立ち向かわねばならぬ日が来た」という気持ちで奮い立っていた。いいからとっととパンツを履け。

便器内の惨憺たる様を写真に収め、事務所へ直行。「下血しているので病院に行って来てもいいですか」と副社長に直談判し、先程の写真をまざまざと見せつけたところ「これはちょっと出血が多いように見える」「行ってきた方が良いだろう」と判断され、そのまま仕事場へは戻らずに病院に向かうこととなった。理解が早い。とはいえ、闇雲に出発しても埒が明かない。まずは向かうべき病院を決めなくては。しかし、そもそも下血の相談をすべき病院が何処のなんという科になるのか、さっぱり見当もつかない。そこで、引き続き副社長に相談したところ「行きつけの病院に相談したら良いのではないか」との助言を頂戴し、その意見に乗じることにした。行きつけの循環器内科の先生に電話を掛けたところ、自宅の目と鼻の先にある消化器内科を紹介される。日常的に利用していない施設だったためにまったく意識から外れていたが、そういえば近所に病院があったのだ。すっかり忘れていた。時刻は午前十一時を回ったところ。正午を過ぎると午前の診察が終わってしまう。躊躇している暇はない。私はすぐさま車に乗り込み、くだんの消化器内科へと向かった。

しばらくして到着。自動ドアを抜け、中へ飛び込む。副社長から「人気の病院だから混んでいるかもしれない」との情報を得ていたが、入って直ぐに目に入る待合室は閑散としていた。お昼時だったことが功を奏したのかもしれない。受付で診察券と保険証と渡し(数年前にインフルエンザ予防の注射を受けていたのだ)、代わりに渡された問診票を記入する。全ての項目を埋め、問診票を返却すると、すぐさま私の名前が呼ばれた。あまりにも早かったので、一瞬「自分の名前を呼ばれたような気がしたけれど、こんなに早いわけがないから、きっと違う人が呼ばれたのだろう」と勘違いしてしまった。先入観は認識を揺さぶる。

診察室に入ると、中では四十代ぐらいの若い医者とベテラン風の看護師が待ち構えていた。絶妙なバランス感。先程の血濡れた便器の写真を見せながら今の状態について説明すると、「写真で見たところ、かなり鮮やかな血なので、おそらくは痔ではないかと思う。とはいえ、三十代での大腸ガンになる例も有るので、ここは念のために内視鏡検査を受けられてはどうだろうか?」と提案される。私としても、このまま「おそらく」「きっと」「もしかしたら」「多分に」などという言葉だけを拠り所にした曖昧模糊な状態のままでいるのは宜しくないと既に結論付けていたので、その場で「やります」と即決。そこには普段の優柔不断な私はいなかった。第三者から見た、その姿はきっと凛々しく映ったことだろう。尻から血が噴き出しているけれど。

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心がツラいときに踊る十曲。

生きてるって空しいことね。菅家です。

皆さんは楽しい人生を送られていますか? こんなブログを読んでいるのですから、きっとろくでもない人生と呼べるほどアヴァンギャルドな人生を選ぶことも出来ず、何かになろうともせず、なし崩し的に選んだ人生に邁進していることでしょう。安心してください。大抵の人はそうして生きています。諦めこそ人生です。諦めとともに生きて、諦めとともに死にましょう。

とはいえ、どういうわけだか人生は長いので、たまには諦めるべきではなかった場面を思い出して悶絶してしまう夜もあるのではないかと思われます。そんな夜なんてなかったと思っているうちはまだまだシャバ僧です。これから先、そんな夜が必ずやってきます。そういうものです。人生というのは、気付かぬうちに通り過ぎていた様々な岐路のことを、後になってから気が付くものなのです。尤も、人生の岐路で選ばなかった道が、果たして薔薇色に煌めいているとは限らないんですけどね。とはいえ「隣の芝生は青く見える」との表現もありますから。

そんな夜にはどうすればいいのか。どんなに理屈をこねくり回しても、どんなに責任転嫁を繰り返しても、それでも全ての矢が自分の胸を貫いてしまうような夜には、どうすればいいのか。踊るのです。ただただ踊るしかないのです。全ての責任を放棄して、全ての過去から逃げ去って、愛すべき音楽に合わせて踊るしかないのです。

そんな踊るしかない音楽を十曲ほど差し上げますので、あなたにとってのダンサー・イン・ザ・ダークな夜の参考になればと思います。レビューはしません。問答無用で再生し、聴いて、踊り狂え!!!

以下、そんな夜のプレイリスト。

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『マツモトクラブ「クラシック」』(2020年3月25日)

クラシック [DVD]

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  • 発売日: 2020/03/25
  • メディア: DVD
 

以前に「陣内智則のコントは孤独だ」と結論付けたことがある。

恋人にふられてオウムを飼い始めたり、一人でゲームセンターを訪れて様々なゲーム機を楽しんだり、受験勉強中に外から聞こえてくる物売り屋の売り声にツッコミを入れたり……それぞれにシチュエーションは違えども、陣内のコントには必ずといっていいほどに第三者が登場しなかったからだ。全てのコントは陣内の視点の中で起こり、そこから更なるコミュニケーションが展開されることはなかった。

それを悪いこととはいわない。むしろ、陣内にとって、孤独は一つの持ち味として昇華されていたように思う。一時期、人情噺を意識したような、哀愁漂うコントを演じようとしていたが、それは却って陣内の孤独であるが故の気遣いの無さと似つかわしくなく、本来の持ち味を打ち消してしまっていた。陣内は孤独である。だからこそ面白いし、世の孤独な人たちはうっすらと彼の芸に共感を抱くことが出来るのである。

その意味では、マツモトクラブのコントは陣内とまったく逆といえるだろう。

マツモトクラブはソニー・ミュージックアーティスツ所属のピン芸人である。元々は劇団シェイクスピア・シアターに所属する俳優で、当時は本名で『マクベス』『夏の夜の夢』などの舞台に出演していたという。その後、劇団を退団し、紆余曲折を経て2011年にお笑い芸人としてデビューする。一番面白い一人芸を決める大会『R-1ぐらんぷり』では2015年から2019年にかけて五年連続で決勝進出を果たしている(ちなみに、うち四回は敗者復活からの決勝進出)。

マツモトクラブのコントは、陣内智則の一部のコントと同様に、音声のギミックを駆使したものである。但し、マツモトクラブのコントには、陣内と一線を画している点がある。陣内の場合、全ての状況は徹底して陣内の視点の中で捕捉され、ありとあらゆるボケが陣内の主観でもってツッコミを返されている。対して、マツモトクラブの場合は、マツモトクラブが演じているヘンテコな言動を取っている人物ではない何者かのモノローグ音声とともに展開することが多い。つまり、そこにはマツモトクラブ以外の、第三者が存在するのである。

その最たる例が、本作にも収録されている『クロワッサン』だ。『クロワッサン』は、クロワッサンを買いにやって来た中年男性(マツモトクラブ)と、その様子を伺っているパン屋の店員(モノローグ)によるコントである。当初、店員は中年男性の珍奇な行動を観察し、些か不気味にも感じていたのだが、彼が「売り切れのクロワッサンが新しく焼き上がるまでの一時間を店内で待つ」と言い始めたことで状況は一変。戦慄が走る。しかし、中年男性のちょっとした素性を店員が知ることで、彼への印象はガラリと変わってしまう。この、ちょっとしたコミュニケーションの人間らしさ、優しさ、愛おしさこそ、マツモトクラブのコントの特色であり、魅力といえるだろう(だからこそ悲惨なオチがまた笑えるのだが)。

2019年12月15日に新宿シアターモリエールで行われたベストライブの模様を収録している本作には、この他にも様々な他人とのコミュニケーションに軸を置いたコントが演じられている。少しのお賽銭で大量のお願いをしたところ神様からクレームが入る『おさいせん』、会社帰りに電車内でスマホゲームをやりたいから一人で帰りたいのに同僚が一緒に帰ろうと誘ってきて困惑する『あおき』、電車のホームの向こう側にいる少年野球の選手たちに向かってアピールする監督の姿がほのぼのとする『ホームのかんとく』など、いずれのコントにおいても、マツモトクラブ演じる人物と第三者によるコミュニケーションの難しさが描かれている。無論、時にそのもどかしさを、時にその分からなさを、巧みに演じるマツモトクラブの演技力があってこその芸風といえるだろう。

その中でも、グッと胸に迫るコントが『ちょうじ』だ。マツモトクラブ演じる男性が読み上げる弔辞の内容に対して、亡くなった幼馴染がモノローグでツッコミを入れていく。基本的には笑いどころの多いコントである。弔辞の内容にもちょっとした小道具にもシンプルなボケが詰め込まれていて、何も考えずとも笑うことが出来る。だが、その一方で、物悲しい気持ちが胸の奥で微かに芽生える。葬式のシチュエーションだから、という安直な理由ではない。当然のことながら、幼馴染は亡くなっているために、どれほどツッコミを入れたところで、その声がマツモトクラブの耳に届くことはない。両者の間にコミュニケーションは成立しない。幼馴染は一方的にツッコミを入れ続け、マツモトクラブは一方的にボケ続ける。まさに“逆陣内智則”。だからこそ、だからこそオチが光る。あのオチにしたことで、このコントは何倍にも何十倍にも魅力的な輝きを放っている。笑って泣ける名作である。是非ともご覧いただきたい。

ちなみに、本作の幕間映像では、マツモトクラブが謎のロックバンド“チェックーズ”を結成し、オリジナルソングを熱唱している。どういうコンセプトなのだろうか。オリジナルソングというものの、どっかで聴いたことのあるような曲が多く、ちょっと懐かしい気持ちにさせられること請け合いだ。

・本編【76分】
「物理の豊田先生」「♪クラシック」「おさいせん」「ライブMC①」「ジョン」「♪1位カレー2位とんかつ」「あおき」「♪コンバンハ」「トレーニング」「♪六本木の山本の唄」「クロワッサン」「♪まんてん」「ホームのかんとく」「ライブMC②」「ジュリア」「♪Glowing Days」「ちょうじ」「♪ステファニー」

『キュウ「Notion attain sky」』(2020年3月25日)

Notion attain sky [DVD]

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  • 発売日: 2020/03/25
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漫才は即興性が求められる演芸である。

舞台上では、その場で思いついたことを互いにぶつけ合うように、絶妙な掛け合いが繰り広げられる。しかし、実のところ、それらの会話には往々にして確固たる台本が存在している。それでも観客は、目の前で行われている会話を、その場で起きていることのように錯覚する。当事者同士の会話によって成立する漫才は、コントや落語のような役を演じる芸能に比べて、より強いリアリティを感じさせられるためだろう。

特に『M-1グランプリ2005』においてブラックマヨネーズが優勝して以降、このリアリティ性が強く求められるようになったように思う。当人たちの強烈な人間性を漫才に練り込むことで虚構性を薄め、より一層、観客に響く掛け合いを完成させたブラックマヨネーズの漫才は、それほどまでに魅力的だった。だが、彼らの漫才が高く評価されたことによって、リアリティ志向の漫才こそが正しい漫才であると、間違った認識が広められてしまった。否、厳密にいえば、それは間違ってはいない。とはいえ唯一無二の正解ではない。

そのことをM-1事務局も感じ取っていたのかもしれない。2015年に復活して以降の『M-1グランプリ』では、喋りの即興性だけに捉われない、構成の練り上げられた漫才が評価されるようになってきたような印象がある。例えば、2015年から2019年にかけてファイナリストだった和牛、2016年・1017年ファイナリストのカミナリ、2018年ファイナリストのトム・ブラウンなどは、その漫才の構成に明確な仕掛けが存在していた。ブラマヨによる呪縛は今、じわりじわりと解かれようとしているのだ。

そんな遠くない未来時代において、絶対に評価されるべき漫才師がキュウである。

キュウは清水誠とぴろによって2013年に結成された。当初はアルファベットの“Q”という名前で活動していたという。しかしコンビとしての活動が上手くいかず、2014年11月に解散。清水はピン芸人として、ぴろは新しいコンビを結成して、それぞれ芸人としての活動を続けていたが、ぴろのコンビが解散したことを機に再結成。ソニー、オフィス北野を経て、現在はタイタンに所属している。M-1との相性は決して芳しくなく、2018年大会での準々決勝敗退が現時点での最高記録となっている。

キュウの漫才を一言で表すならば“仕掛け絵本”である。これといった芸風を持たないキュウの漫才はそれぞれに独創的な発想と仕掛けが施されており、その得も言われぬ空気感が彼らの芸の持ち味と直結している。例えば、本作に収録されている『猿かに合戦』では、蟹の味方のメンバーにさりげなく仲本工事を混じらせているにも関わらず、敢えてそこにツッコミを入れていない。結果、明らかな異分子である仲本工事から発せられる空気が、やがて漫才全体を包み込んでいく。とはいえ、ただ不条理なだけでは終わらない。蟹の仲間として無秩序に放り込まれたように見えた仲本工事の存在が、後半で急速に意味を持ち始めるのである。これが実に鮮やかで、漫才を観た後に私は普段あまり感じることのない爽快感を覚えてしまった。

この他のネタも異色揃い。一見すると単純な版権ネタのように見える『ルパン三世』では濁点や半濁点がルパンファミリーの間で飛び交い、ぴろの得意料理だという“ヤングバーガー”のヤングの由来を知るためにひたすら質問を繰り返すも果てが全く見えてこない『ヤングバーガー』、「シュークリームになりたい」とホザくぴろの主張自体を否定することなく漫才が続いていく『シュークリーム』など、他に類を見ない設定と揺るぎない構成による漫才がこれでもかと詰め込まれている。とりわけ面白かったのは、「カレー」を「カリー」とほざくぴろに清水の愚痴が止まらない『カレー』。延々とヘンテコなことを言い続ける清水に対し、丁寧に愚痴のポイントを口にする清水の掛け合わない関係性がたまらない。

とはいえ、キュウの漫才が時代をリードすることはないだろう。彼らのネタはあまりにも作品性が高すぎるからだ。だが、これから先の未来において、その片隅でひっそりと存在し続ける漫才師であることを願う。

・本編【57分】
「猿かに合戦」「ルパン三世」「ヤングバーガー」「オリジナルのゲーム」「シュークリーム」「寿司」「ティラノサウルス」「カレー」「ミュージシャン(めっちゃええやん)」

追記。現在、キュウの第一回単独ライブから第三回単独ライブまでの全三公演がアマゾンプライムビデオで配信中なので、気になる方はそちらからチェックしてみても良いのかもしれない。個人的には、本作よりもむしろオススメしたい。漫才師としては珍しく、ライブそのものにコンセプトを設けており、何も考えずに笑っていると寝首を掻かれたような感覚に陥るぞ。とりわけ『第三回キュウ単独公演「猫の噛む林檎は熟能く拭く」』は必見。