白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

吟遊詩人・粗品が紡ぐ『サルバドルサーガ』

霜降り明星粗品がファーストアルバムをリリース。タイトルは『星彩大義のアリア』。ミュージシャンとしての粗品といえば、ボーカロイドに歌わせるボカロPとしてのイメージが強かったのだが、本作は自身の歌唱による完全オリジナルアルバムになるという。このアルバムリリース発表に併せて、収録曲の『サルバドルサーガ』が先行配信された。

正直なところ、ミュージシャンとしての粗品に対して、さほど興味を抱いていなかった私は、今回の配信曲もまったく聴く予定ではなかった。ところが、2024年2月27日に放送された『あののオールナイトニッポン0』の中で同曲が取り上げられているのを耳にして、不覚にも心を打たれてしまった。ベースに元“赤い公園”の藤本ひかり、ドラムにデザイナーとしても活動している岸波藍を迎えたシンプルなスリーピースバンド編成で歌い上げる真っ直ぐな歌詞。この鈍色の世界に生きているすべての人たちが、生活の中で捨てさせられた無敵の気持ちを肯定しているかのような強いメッセージ。

もっとも、そんな歌詞などは巷にありふれているのだが、『サルバドルサーガ』は第三者に対して向けられたものではなく、粗品という芸人のこれまでの活動に垣間見える人生観がそのまま歌詞になったかのように歌われているため、一層の力強さを感じさせている。努力と不満と期待の感情が入り乱れた「逃げも隠れもしないから世界が変われよ」という言葉は、フィクションではなくノンフィクションであるからこそダイヤモンドのような輝きを放っている。こんな歌詞は、若くして注目を集め、高い評価を得て、その中でも敢えて泥沼のような道を選ぶことで芸人としての自らを研ぎ澄ませ、時代の流れに迎合しないように生き抜こうとしている粗品にしか扱えないだろう。「もっと褒めてくれ」「偉い偉すぎる」という抜き身のダサさが、一層のリアリティを生み出しているのがたまらない。他のアルバム曲がどのようになっているのかは分からないが、少なくとも『サルバドルサーガ』は名曲である。

ちなみに、“サルバドル”はスペイン語で【救世主】、“サーガ”は英語で【冒険譚】という意味らしい。直訳すると救世主の冒険譚。ここでいう救世主とは、粗品自身のことなのか。あるいは……「今、生きてる」「そんなあなた」のことなのかもしれない。