白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

風呂で便意に襲われたときにどうしたもんか問題。

夜、湯船に浸かっている最中に、便意が呼び起こされることがある。

これが小便であれば、蛇口から水を流しながらこっそりと排水口にでも流してしまうのだが(それだってあまりすべきではない)、これが大便となるとどうにもならない。

ここで想定される対処法は二つである。

一つ目は「入浴を一時中断してトイレに駆け込む」というものである。便意を抱えたまま入浴を続けるよりも、とっとと処理してしまって、スッキリした状態で入浴を再開することを目的とした選択である。

ただ、この選択には、ある問題がある。

風呂場からトイレへと駆け込むにあたって、どのような状態になるべきか、判断する必要があるのだ。これが一人暮らしであれば何も問題はない。バスタオルで身体中の水分を拭き取り、裸のままトイレへ向かえばいい。問題は同居人が存在する場合である。仮にそれが家族であったとしても、不用意に不愉快な姿を見せるべきではないし、また見られて心地の良いものでもない。バスタオルで身体中の水分を拭き取った上で、ある程度、常識的な恰好になるべきである。

では、その常識的な恰好というのは、どれほどのものか。

ひとまず股間は隠すべきだろう。パンツ、スパッツ、トランクスなるものは、やはり着用しなくてはなるまい。上はどうか。シャツ、タンクトップ、キャミソールなど、上半身を隠すための衣服も、なるべく着るべきだろう。

ボーダーラインはズボンやスカートなるものだ。この辺りから個人の判断に委ねられることになる。下着だけでも、それなりに肌は隠せているのだから、これでもう構わないだろうと考える人もいるだろうし、これでもまだ足りないと考える人もいるだろう。各自が判断すべきところである。

ちなみに、もしも私がこういった判断を迫られたときは、パンツと肌着で乗り切るだろう。否、今のように暑い季節であれば、肌着も着ないかもしれない。汗でビショビショになった肌着に改めて袖を通す気にはなれないし、かといって、新しい肌着を着る気にもなれない。

……と、ここまで書いたところで気が付いたが、そもそも、着用する服に「入浴前まで着ていた服」を選ぶか、それとも「入浴後に着る予定だった服」を選ぶか、という選択肢も存在するのだ。

私は完全に前者で考えていたが、後者で考える人もいるだろう。前者の場合、一度着た服に袖を通す不快感はあるが、いずれにしても、排便後に改めて湯船に浸かることを思えば、状況的にさしたる問題はない。後者の場合、綺麗な服を着ることが出来るものの、排便中にうっかり汚してしまう危険性もある。そういった理由から、私は前者を選択していたのだが……ここも、やはり個々人で判断するところであろう。

二つ目の対処法は「しばらく便意を抑え込んで、入浴後にトイレへ駆け込む」というものである。

私はどちらかというとこちらの対処法に打って出ることが多い。一度、入浴という作業を終えてから、トイレでの排便作業に集中するためである。無論、便意を我慢することは、あまり身体にとって宜しくない行為であることは理解しているつもりだし、入浴後の綺麗な身体がすぐさま汗で汚れてしまうことがほぼほぼ確定してしまっているのだが、それでも入浴作業を中断して排便作業に移ることに対する面倒臭さが勝ってしまうのだから仕方がない。

とはいえ、この選択には、まだ他にも問題がある。

これは入浴云々に限らず、便意全体にいえることなのだが、しばらく便意を抑え込んでいると、便意そのものが消失してしまうことがあるのだ。これが厄介なのは、入浴後にトイレに駆け込んだとしても、なかなか排便されないことがある点である。いわゆる“ひっこんでしまった”状態である。

この状態にならないようにするために、便意を抑え込んでいるときには、便意を抑え込み過ぎないように気を付ける必要がある。決して強すぎず、かといって弱すぎず、絶妙なバランスで腹と肛門に力を入れなくてはならない。撃鉄が上がったままのピストルを取り扱うかのような、慎重な姿勢が求められている。そうして入浴を終えて、バスタオルで身体中の水分を拭き取り、無事にトイレへと辿り着いたときの達成感たるや、言葉に出来ない感動に満ち溢れているに違いない。すぐに汗まみれになって鬱陶しい気持ちになるけれど。

先日、まさにこういった状況に陥ったとき、私はふと「風呂場にトイレがあればいいのではあるまいか」ということを思いついた。風呂場に洋式トイレがあれば、外に出なくても、すべての行為を風呂場内で処理することが出来る。なんなら身体も拭かなくていい。手が濡れているからトイレットペーパーは使用できないが、それならそれで、ウォシュレット機能で尻の汚れを落とせばいい。これは名案ではないか……と、思ったのだが、すぐに「ただのユニットバスじゃねえか」と考えを改めたのであった。

だが、本当の本当に理想をいうならば、広い風呂場内にトイレの部屋も設置されている状態こそ、ベストなのだろう。和風の宿における、畳を敷いた部屋と窓の側の小さい空間のように、風呂場のスペースとトイレのスペースを一繋ぎにしながらも、明確に区切る。それでいて、風呂場の外には、風呂場の外のためのトイレがちゃんと設置されている。これならば、風呂に入っている最中の便意に対応できるし、いざとなれば外のトイレを利用できない際の予備としても利用できる。とても良い。とても良いのだが、そんな風呂場を設置できるような家を建てる予定はない。そもそもそんな風呂場内のトイレを設置するより、別に収納スペースだのなんだのを作った方が利便性が高いというものだろう。

そんなことを思いながら、今日も頭に汗拭き用の手ぬぐいタオルを巻きつけながら、入浴後の排便を速やかに済ませたのであった。なんで風呂に入る前にトイレを済ませるってことが出来ないんだろうな、まったくもう。ジャー(水で流す音)