白昼夢の視聴覚室

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「こたけ正義感の『弁論』」(2024年12月26日~2025年1月15日限定公開)

こたけ正義感という芸人がいる。現役の弁護士としても活動する兼業芸人である。都内の法律事務所に勤務しながらワタナベコメディスクールの社会人コースに入学し、2017年に同期と漫才コンビを結成するも2019年に解散、それ以降はピン芸人として活動している。法律をテーマにしたフリップネタを得意としており、『R-1グランプリ2023』では同様の手法で敗者復活からの決勝進出を果たしている。また、『M-1グランプリ』にも積極的に参加しており、2021年にはワタリ119と“ワタリ正義感”、2024年には木下隆行(TKO)と“はじまりの歌”、サツマカワRPGと“頭虚偽罪”というユニットを結成して出場している。

正直なところ、私は芸人としてのこたけ正義感のことを侮っていた。弁護士という立場上、法律を取り扱ったネタしか演じることが出来ない使命を背負っている彼には、笑いの幅を期待できないだろうと思い込んでいたからだ。無論、医療漫談で知られるケーシー高峰のように、自身の芸風を限定的にするからこそ唯一無二の道を切り開いた先駆者もいるが、そこまで芸に奥行きを生み出すことは出来ないだろうと決めつけていたのである。だからこそ、2024年の年の瀬において、こたけ正義感による60分間ノンストップ漫談ライブが話題になっていると知ったときには、大変に驚いた。そんなストイックな漫談ライブを開催していたことにも驚いたのだが、そこで取り上げたテーマの重大性にも驚いた。私はこたけ正義感のことを見誤っていたのかもしれない。そう思いながら動画を再生してみて、更に驚いた。度肝を抜いたと言ってもいいだろう。

ライブ本編は、基本的に軽妙なトークによって展開している。無論、その内容には、法律に関することが散りばめられているのだが、決して難しくはない。かといって軽い内容でもない。一般的には知られていない法律の機微が身近なテーマとともに語られているため、大半の人間が理解できるように作り込まれている。例えば、肖像権の侵害について。例えば、法律を勉強するということは、ルールの使い方を学ぶことなのだということについて。例えば、人間同士の争いにおいて、あくまで感情を切り出して、事実に焦点を当てるということについて。法律とはどういうものなのか、弁護士とはどういうものなのか、裁判とはどういうものなのか……おそらく、法律を学ぶ人間であれば当然のように理解しているであろうような基本中の基本について、こたけは漫談というカタチを取りながら、笑いをまじえて観客に講義する。

恐らく、ひとつひとつの漫談だけを切り取って、テレビサイズに編集してしまうと、やや味気なくて物足りなさを覚えることになるだろう。だが、今回のように、60分間にわたる長尺の漫談ライブの場合、その塩梅が丁度良い。観客を疲れさせない。その意味では、私の彼の芸についての認識は、さほど間違っていなかったのかもしれない。彼のことをテレビだけで捉えてしまっていたことが間違いだったのだ。

ライブが後半戦に突入するころ、こたけの一言で会場の空気が一変する。

「でもね、こんなに簡単に解決できる、事件ばっかりではないですよ。……僕が今年関わった一番大きな事件といえば、袴田事件です」

袴田事件。1966年6月、味噌製造会社の専務宅が火事になり、焼け跡から家族四人がめった刺しにされた死体が発見され、その容疑者として、元ボクサーで従業員の袴田巌氏が逮捕された冤罪事件である。

弁護士会の広報として袴田事件に関わることになったこたけは、この事件の詳細がどのようなものだったのか、袴田氏がどうして容疑者になってしまったのか、その取り調べや証拠の背景に至るまで、随所に笑いを散りばめながら懇切丁寧に解説する。こたけがどのような手法で、この繊細で重厚なテーマから笑いを産み落とすことに成功したのかについては、この記事を書いている時点ではまだ動画が公開中のため、ここには書かない。ただ、前半の軽妙なトークを、お笑い的にも法律的にも活かした内容であったことだけは、ここに記録として書き残しておく。まったくもって見事な構成力であった。純粋に漫談ライブとして満点の出来栄えであった。

『弁論』は弁護士法の朗読とともに幕を開ける。

「弁護士法第一条。弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。第二項。弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」

一見すると、これは弁護士芸人の漫談ライブであることを観客に再認識させるために投げ込まれた、単なる演出として受け取ることも出来る。だが、本編を見終えた今なら、それは浅墓で的外れな勘違いであることが分かる。おそらくは、こたけ正義感が芸人であると同時に弁護士であるということを明確に表明しているのだ。つまり、芸人として観客の笑いを取ることと同じぐらいに、この第一条に記載されていることについて重きを置いている、ということを宣言しているのだ。だからこそ、ライブの終盤において、こたけは芸人の挨拶の常套句である「これだけは覚えて帰ってください」と言いながら、観客に大事なことを訴えかける。芸人にとって最も基本的で最も重要な「名前を覚えてもらう」と同じぐらいに、弁護士にとって最も基本的で最も重要なことを覚えてもらうために。

改めて前言撤回させてほしい。確かに幅はない。だが奥行きは果てしない。これほどまで、人間とともに有る法律と真正面から向き合い、笑いに変えていくことが出来る芸人だとは思っていなかった。お見逸れしました。『弁論』は芸人であり弁護士でもあるこたけ正義感にしか出来ない、まさしく唯一無二の使命そのものでした。なんとか話題に乗じて、コンテンツリーグあたりからDVD化にこぎつけてもらいたい。それだけの価値は十分にある。

【1月15日まで】こたけ正義感の『弁論』- YouTube