白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

ETV特集「黒澤明が描いた『能の美』」(2023年4月8日)

読まずに積み上げられていく本の状態を“積ん読”というが、だとすれば、録画したのに視聴する予定のないまま放置しているテレビ番組のことは“積ん録”というのかもしれない。我が家のハードディスクには、見る予定のない番組のデータがギュウギュウに詰め込まれている。とはいえ、見ようという気持ちはあるので、安易に削除することは出来ない。むしろ、そういった“積ん録”されている番組の中にこそ、心に響く出会いに巡り合うこともあるから油断ならない。

先日、何の気なしに見た、2023年4月に放送されたETV特集黒澤明が描いた『能の美』』は、まさにそういった類いの番組だった。『七人の侍』『赤ひげ』『生きる』などの作品で知られる映画監督・黒澤明が、撮影を敢行したものの未完に終わってしまったドキュメンタリー映画『能の美』のフィルムを手掛かりに、能の要素を取り入れてシェイクスピア作品を映像化した『蜘蛛巣城』『乱』を掘り下げる。一見、とても地味で退屈なテーマだが、黒澤作品にも能にもシェイクスピアにも詳しくない私でも理解できるような丁寧で分かりやすい解説に加え、番組内で流れる『能の美』の映像が素人目にも分かるほどに美しく、一時間がっつりと見入ってしまった。とりわけ印象に残ったのは、能楽師の観点から映画『乱』を読み解いた安田登(下掛宝生流 能楽師)による解説である。

「黒澤の映画は自律的な映画ですね。“能”の特徴として、自律的な芸能という特徴がある。自律の反対は他律ですね。自律はオートノミーで自分にルールがある。この逆がヘテロノミー。例えば映画で“どうだ!”って見せられるような映画、“感動しろ!”って見せられるような。これ他律的な映画なんですよ。そういう映画っていうのは2回はなかなか見れない。自律的な映画っていうのは、いろんな隠しごとがあって、自分でそれを読み解く楽しさがある」。

自律と他律の判断基準は各個人によって違ってくるような気がしないでもないが、作品を鑑賞する際のひとつの視点として、とても参考になる発言だった。こういう言葉をしっかりと租借しながら、知見を広げていきたいところである。あと、ちゃんと黒澤明の映画を観ようとも思った。古い映画を古いものとして無視してはいけないな、と改めて。