白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

正しさとは、愚かさとは、それが何かなんて糞食らえ!「ひどい民話を語る会」

日本全国に伝えられている物語の中で、最も漫才・コントの題材に使用されているのは、おそらく童話『桃太郎』である。桃から生まれた桃太郎が犬・猿・キジを従えて鬼退治に行く……という単純明快なストーリーを、ほぼすべての国民が認識しているために、説明を省略した状態でパロディ化しやすいからだ。もっとも、あまりにもネタにされ過ぎているために、かえって『桃太郎』というテーマのネタを作りにくい状況になってしまっているきらいもあるのだが……。

この『桃太郎』の物語が現在の形になったのは、明治のことであるらしい。軍国化する近代日本において、外敵を鬼に見立て、これに立ち向かう英雄としての桃太郎像が構築されたのだそうだ。では、それ以前の『桃太郎』は、どのようなものだったのだろうか。実は『桃太郎』には様々なバージョンが存在し、その中には、鬼も鬼ヶ島も登場しないものもあり、更にはまったく働こうとしないニートの桃太郎や、爺さん婆さんを殺してしまう殺人鬼の桃太郎もいるという。本書では、そんな英雄化する前の『桃太郎』を含めた、様々な“ひどい民話”について四人の有識者が語り合うものである。

そもそも「民話」とは何か。本書では「囲炉裏端で爺ちゃん婆ちゃんが子どもたちを相手に語り倒した話」の中でも、構造を重視した「昔話」、継承性の高い事物を語り伝える「伝説」に分類されない、いくらでも盛ることの出来る話として紹介されている。子どもたちにウケるために作られた民話は、コンプラやポリコレなどのような考え方の存在しない時代ということもあって、とにかくやりたい放題。その中でも、とりわけろくでもない話が“ひどい民話”として取り上げられている次第である。

例えば、『林檎の怪』という話がある。ある晩、一人暮らしの爺さんの元へ、妙な男が訪ねてくる。男は爺さんにお願いしたいことがあるというので、それはどういうものなのかと聞いてみると、それは「あなたのウンコを食べさせてください」というもの。どういう魂胆なのかは分からないが、とりあえず爺さんはその場でウンコをひりだし、男に差し出すと、男はそれをムシャムシャと食べ始める。食べ終わった男は、続けざまに「お爺さん、今度は僕の如何ですか」と提案し……。

本書では、こういった突飛な話が次々に飛び出す。四人の語り口も絶妙で、「今のご時世なら警察呼ぶところ」「スカトロジーの饗宴」「変な男がした排泄物はフルーティな味がしたんでしょうよ」などと、いちいちこちらの笑いのツボを押してくるボキャブラリーが飛び出すからたまらない。一応、有名な妖怪のエピソード『柿男』との類似性や、当時の林檎の実情について触れたりはするのだが、あまりの話のハチャメチャぶりに、そんなことはどうでも良くなってしまう。計算されつくした笑いがありとあらゆるところから噴出している昨今において、ここまで問答無用に破壊力だけでブン殴ってくる笑いを食らうことになろうとは。

今の時代のお笑いが合わない、ある種の飽和状態を感じている人は、本書と是非とも手に取るべきである。サディスティックで、不条理で、下ネタに満ち溢れた民話の数々は、そんなあなたの常識をきっと引っくり返してくれることだろう。続刊希望!