白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

海老車『立てこもり』の話。

笑いの元は「緊張と緩和」である。

なにやら偉そうな文言だが、何も私が勝手に言い出したわけではない。上方落語の伝説、二代目桂枝雀が提唱した持論である。余談になるが、枝雀の落語を観たことがない人は、一度だけでも観ておいた方が良い。既に亡くなられて二十年ほど経過しているが、その熱演はまったく色褪せていない。それほどに唯一無二で、破壊的に面白いのだ。いわば、実際の高座で実践している人が、実体験からこのように話しているのである。その説得力は並々ならない。

話を戻す。結局のところ、「緊張と緩和」とは結局のところどういうことなのか。枝雀の生涯を書き記した『笑わせて笑わせて桂枝雀』を書いた上田文世は次のようにまとめている。「普通ではないという状態が「緊張」で、それが普通の状態に戻る、つまり「緩和」されることで笑いが生じる」。つまり、常識では理解できない異常事態から、平常の状態へと引き戻されることで、笑いが生まれるというのである。その視点で見ると、幾つかの芸人のネタは、確かに「緊張と緩和」によって構成されていることが分かる。

海老車というトリオがいる。2021年に結成されたばかりで、大学のお笑いサークル連盟が運営している大会「大学芸会2021」で準優勝に輝いている。この海老車のコント動画が、ツイッターのタイムラインに流れてきた。このところ、色んな芸人のコント映像をチェックしている身としては、この機会を無視するわけにはいかない。試しに観てみると、これがたまらなく面白かったので、今回はこのネタについて書くことにした。この動画を拡散していた俺スナさんに頭が上がらない。

コントの舞台は高層ビルの六十八階にあるとある部屋。町工場で働いているという男(中村俊介)が、ピストルを片手に立てこもっている。部屋には人質に取られているサラリーマン(大根勇樹)。二人の具体的な関係性は分からないが、会話の内容から察するに、どうやら両者は下請けの関係にあったらしい。しかし、そこで何かしらかの問題が発生し、町工場の男が激昂、このような行動を取ってしまったようだ。とにもかくにも一触即発の事態である。ところが、そんな危機的状況に見舞われている二人の元へ、謎の男(佐伯瞭)が思わぬ形で介入することに……。

笑いの取り方としてはとことんオーソドックス。先に書いた「緊張と緩和」の仕掛けを見事に使いこなした(終盤の謎の男の行動による「緊張と緩和」の畳み掛けは秀逸!)上で、登場人物たちと観客を不条理に翻弄する。あまりにもオーソドックス過ぎて、ドリフが演じるスタジオコントの世界観のようにすら見える。それでも決して古臭さを感じさせないのは、フリとして演じられているドラマが、きちんと現代的なドラマとして完成されているからだろう。陳腐なあるあるで処理せずに、丁寧にオリジナルの現代的なストーリーを編み上げることで、同時代的な笑いとしてアップデートされている。オチも良い。ドラマとしてオチをつけるのではなく、あくまで笑いの絶頂部分で、コントとしてオチをつける、絶妙な落としどころ。現代における「緊張と緩和」のお手本ともいうべきコントである。

ベストシーンは「何か、文字で伝えようとしているのか!?」。