白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

僕もあなたも試しに『こんなボート』に乗り込んで一気呵成!

ヒップホップに詳しくない素人にも韻やライムの魅力を分かりやすく伝えてくれる動画を発信している一九九というYouTubeアカウントがあり、その情報の幅広さと奥深さに普段から非常に重宝しているのだが、そこで先日、MC Taniguchiというラッパーの楽曲『こんなボート』が取り上げられていて、なんとなしに聴いてみたところ、すっかりのめり込んでしまった。

細野晴臣の『Pom Pom 蒸気』を思わせるポップなメロディにシンプルでユーモアあふれるライムが乗っかって、とにもかくにも陽気でたまらない。MVを見ると、これがまたスゴい。おそらく自作の手書きアニメーションの中で、いかにも文化系といったビジュアルのメガネ男子がコミカルにはしゃぎながらラップしている。さながらアートよりもヒップホップに力を注いだ井上涼といったところだろうか。

特定の言葉を思い出そうと記憶の海の中を探っている姿をラップで表現した『あれは確か…』、“流行は早い イクラちゃんみたいなtrouble ハマればHigh 飽きたらChurn ほんの一瞬のBubble”というライムが最高にもほどがある『T郡T町』など、良曲が色々あるのだが、ついつい何度も聴き返してしまうのは、彼を知るきっかけとなった『こんなボート』。

アーティストとして活動している自らをボートに見立てて、音楽業界という広大な水面に向かって漕ぎ出している様子を歌っているのだが、そんな自らを大きく見せようとはせずに、とことん軽快なメロディと明瞭なライムでスカッと表現している。引用しているワードも「ハイジのブランコ」「所さん」「TOHOシネマズ」「ナタリー」と親しみやすいものが多く、そのスタンスは徹底して等身大。動画のコメントで「「咳をしても一人は山頭火じゃなくて尾崎放哉だろ!」とライムのミスにツッコミを入れられても、「素でまちがえました」と返答しているところも含め、非常にとっつきやすい。きっと良い人なのだろう。私もこういう人間になりたかった!

俺が俺の一番のサポーター
水面下でも実に誠実に制御するモーター
栽培中さ それぞれのジューシーフルーツ
この船旅は択一じゃなく自由記述

こんな普遍的なメッセージをさらっと盛り込むところも、本当に良い。しれっと身近な距離感で心を支えてくれそうなMC Taniguchiのことを、みんなも聴いてみたらいいんじゃないか。