白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

ライス『あっちとこっち』の感想文。

※今回の記事にはネタバレが含まれています。事前にコントの動画をご覧になられてからお読みください。

社員食堂に偶然居合わせた二人のサラリーマンが、隣同士のテーブルで日替わり定食を食べながら取るに足らない会話を繰り広げるのだが、後からやってきた自分の食事が終わった後も食べ続けている関町に異常を感じた田所が、「ひょっとしたら関町の定食は減っていないのではないか?」という疑念を抱き始めるコントである。実物の料理を出さずに、食器の音だけで食事を表現することが常となっているコントの舞台だからこそ表現出来る、コントならではのコントといえるのかもしれない。

とにかく注目すべきはフリの長さ。動画が始まってから、観客がコントの意図に気付かされるまでの二分間、サラリーマンの会話をじっくり見せつける。この間、笑いどころは一切無い。敢えて余計な笑いを付け足さないことで、観客の意識を“コントの仕掛け”に集中させるためだろう。この“コントの仕掛け”の発動のさせかたが、またたまらなく渋い。後からやってきた田所が先に食事を終えてしまうことで、関町の異常に遅い食事に自然と気付かせる。この時、余計な台詞がない。ただ、田所が食事を終えた合図として、「ごちそうさま」と言わんがばかりに手を合わせるだけだ。それなのに、ちゃんと観客に、はっきりとコントの意図を気付かせる。その後、しばらく泳がせてから、満を持して「お前、メシ増えてない!?」とツッコミを入れる瞬間の快感。たまらない。

ここからコントは次の展開へ。田所が「お前、メシ増えてない!?」とツッコミを入れたことで、このコントの方向性が明確になったところで、関町の定食が減らないボケが次々に繰り出されていく。味噌汁を飲み干したはずなのに減らない、さっきまで無かったはずの串揚げが姿を現す、更に焼き魚も現れる。ここで先程のAランチとBランチのくだりがフリとして生きてくる。こういうさりげないところで技術を駆使されると、ちょっとグッときてしまう。この右肩上がりの展開は、ドリンクバーの発生でピークを迎える。このくだりはもうちょっと説明があっても良かったような気がするが(関町が飲んでいるものが水なのかお茶なのかジュースなのかが明確になっていないため)、それでもインパクトは大きい。さりげなく串揚げの数が増えているのもナイス。先程のフリの長さに見合った、シンプルにバカバカしくて、楽しい展開だ。この間、異常にまったく気付かない関町の素っ頓狂な態度も良い。鈍感なのか、なんなのか。

残念なのは、ここからオチまでの蛇足感。初めて登場したアイテムが、下品でバカバカしいオチに使われるのだが、このくだりはまったく必要無い。そもそも時空の歪みなどという説明が面白くない。「関町の定食が減らない」というナンセンスで魅力的な設定に、理由なんて必要無いだろう。少なくとも、こんな付け焼き刃のようなオチのために、敢えて付け足されることはない。魅力的な設定は、そのまま最後まで貫けばいいのである。例えば、関町がドリンクバー以外の様々な設備をどんどん生み出してしまうだとか、田所のテーブルにもいつの間にかドリンクバーが発生しているだとか、いくらでもこじつけられるものだろう。関町が一緒に食べると約束していたという先輩を出してもいい。どうとでもなる。

丁寧にありふれた日常を描き、独創的でバカバカしい要素を組み込んで(冷静に考えてみると「なかなか食べ終わらない→定食が増えている?」って、どんな発想だよ!)、しっかりと笑いに昇華しているコントだった……だけに、オチの乱暴さだけがとにかく残念。あそこで関町が異常に気付いてしまうのも嫌だったなあ。素っ頓狂なヤツは最後まで素っ頓狂であってほしいんだよなあ。