白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

『ふつうの軽音部』は、いつまで“ふつう”でいられるのだろうか

『ふつうの軽音部』を単行本で読み返す。

『ふつうの軽音部』は、高校の軽音部へと入部するため、入学式の前日にフェンダーテレキャスターを購入した主人公の鳩野ちひろ(通称:はとっち)が、すげーかわいい“一軍女子”のドラマー・内田桃や陰で暗躍する謎のベーシスト・幸山厘とともに、“かっこいいバンド”の結成を目指す青春物語だ。原作担当のクワハリ氏が2023年1月から9月にかけて【ジャンプルーキー!】で公開していた作品がベースとなっており、本作では出内テツオ氏が作画を手掛けている。2024年1月から【少年ジャンプ+】において連載を開始、2024年6月現在までに単行本が2巻まで発売されている。

高校生ガールズバンドをテーマにした漫画作品といえば、軽音楽部に所属する四人の女子高生たちののんびりとした日常を描いた『けいおん!』や、重度のコミュ障だがギタリストとしての腕前は一級品な主人公がひょんなことからバンドメンバーに加入させられる『ぼっち・ざ・ろっく!』などが知られているが、『ふつうの軽音部』は登場人物たちが抱え込んでいるコンプレックスに対する苦悩や、部活動特有の狭いコミュニティにおける人間関係のいざこざに主題が置かれており、先の二作品に比べるとリアリティラインの高い内容になっている。

RADWIMPS銀杏BOYZ、Hump Backなど、作中の重要なシーンにおいて実在するバンドの楽曲が使用されていることも、音楽漫画としての説得力に一役買っているといえるだろう。その中でも、andymori『everything is my guitar』を熱唱しながら、自らの悲しい記憶を呼び覚ますはとっちに心打たれる第8話は、最高としか言いようがなかった。誰もいない視聴覚室で衝動的に走り出す音楽は、なによりも純粋に真っ直ぐに心の中を駆け抜けていくのだ。

話を戻す。そんな苦悩やいざこざの渦中にある人々に手を差し伸べるのが、陰キャであるが故にそういったコミュニティからは距離を置いているはとっちによる、あまりにも真っ直ぐな歌声である。はとっち自身、かつてクラスメートから「なんかキモくない?」と言われたことがコンプレックスとなって封印していた歌声が、彼女たちの心へと突き刺さり、わだかまりを解いていく。それはまさしく歌による心の救済といえるだろう(漫画という実際の声を聴くことが出来ないメディアだからこそ成立させられる荒業、ともいえるのかもしれないが)。

もっとも、その力は現時点において、まだ同じ軽音部の同志にしか届いていない。修行と称して夏休み中にストリートで歌っていたはとっちには固定客が三人しかつかず(うち一人は犬)、その才能が万人の元へは届いていない。作品のタイトル通りに『ふつうの軽音部』の領域を出ていない。だが、ジャンプ+に掲載されている最新話【バンドを結成する】において、遂にはとっちのバンドは結成されることとなった。つまり、この物語は、まだ始まってもいないのだ。半年の期間を経て、これから遂に始まるのである。

今後、はとっちの才能は開花されるのか。彼女たちのバンドはどこまで注目を集めるのか。この物語はどのような終止符を打つことになるのか。『ふつうの軽音部』は、いつまで“ふつう”を続けられるのか。更なる展開を期待せずにはいられない作品である。