白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

脳内一面に広がる『PINK』

えっ、えっ、何これ何これ。ラジオを聴いているときに、流れてきた楽曲に心奪われた。その瞬間、まるで思春期のように気持ちが揺れたのを感じ取った。衝撃の大きさはあまりにもデカくて、その後の芸人のトークがまるで、頭に入らなくなってしまうほど、完全に呆然としてしまった。放送後、すぐさま詳細を調べて、それが土岐麻子の『PINK』という曲だと分かった。しばらくしてから買ったアルバム。聴いてみると当時の衝撃が、何の揺るぎもなく蘇った。何だこれは、何なんだこれは。都会の情景を描写する中に「おばけが出そうでシャワーが苦手」といった人間臭い言葉が飛び出す歌詞も最高だけれど、やっぱりメロディの高揚感がたまらない。ああ、自分の世界はまだまだ狭いのだなあ、と少し反省しながら、以前のアルバムを注文した私であった。

PINK(DVD付)

PINK(DVD付)

 

『PINK』以外の楽曲も良い。『Fancy Time』『Rain Dancer』『Peppermint Town』がお気に入り。

「にちようチャップリン」(2017年4月30日)

「誰も傷付けない癒しの笑い! 全日本ほんわかネタ選手権」。

テレビではまだまだ見る機会の少ない若手芸人がネタで競い合っていた前番組の方針から一転、中堅芸人のレギュラー出演者を増やして若手メインのコーナーを大幅に削減するという改悪を見せていた第一回放送に呆れ果て、もう視聴の継続は中止しようと心に決めていたのだが、上記企画に“あるあるの帝王”こといつもここからが出演するというので迂闊にも鑑賞。「コンプライアンスが厳しい昨今、尖った笑いよりも家族で安心して楽しめるほんわかな笑いが求められている」というコンセプトの元、厳選された六組の芸人がほんわかな笑いで競い合う。

ニッチェ「ハートフルショートコント」(97点)

カミナリ「10回クイズ」(58点)

大自然「気球に乗って」(81点)

いつもここから「かわいいね」(29点)

マツモトクラブ「嘘を見破る犬」(81点)

我が家「ローテーション漫才」(53点)

一応、賞レースという設定で開催されたのだが、一番手のニッチェがとんでもない点数を叩き出してしまったため、あっという間に緊張感もへったくれもない事態に。その結果、司会のウッチャンはネタを採点している観客へとツッコミを飛ばし、ほぼ王者になることが確定してしまったニッチェは暫定ボックスの中でボケまくるという、まさに「ほんわか」な状況が生み出されていた。こういう、ゆるーいぬるーい面白さを最大限に引き出せるところが、ウッチャンの強みである。

結果に関しては、それなりに妥当という印象。母と娘のベタな人情ドラマをコント的に強調して演じることで笑いを生み出していたニッチェ、天然じみた白井のボケに対して里の懐の広すぎるツッコミ(というか介護?)が笑いにしっかりと昇華されていた大自然、見栄と恥で塗り固められた気持ちをファンタジー色の強い設定でコント化していたマツモトクラブ、それぞれ「ほんわか」という主題にきっちりと噛み合っていた。

対して、視聴に耐えうる出来ではなかったのが、大トリを任されていた我が家。坪倉の下ネタを杉山が受け入れてしまうように改変された「ローテーション漫才」を披露していたのだが、とにかく酷い出来だった。何が酷かったって、杉山の演技力が酷かった。坪倉の下ネタが実は好きで好きでたまらなかったというようなことを口にし続けるのだが、まったく言葉に気持ちが乗っかっていない。彼らよりも前に、カミナリが激しいツッコミの後に優しくフォローするという、ちょっと方向性の似ているスタイルの漫才を披露していたこともあって、その表現力の差がはっきりと表れてしまっていた。

ちなみに、最低点を叩き出してしまったいつもここからに関しては、そもそも芸風が「ほんわか」とは真逆を向いているので、これはもう仕方がないだろう。今回、披露していた『かわいいね』も、ちょっとした思惑や失敗による戸惑いを「かわいい」と悪意たっぷりに表現するネタなので、そりゃ評価されるわけがないのである。

若手メインのコーナー「これからチャップリン」には、笑撃戦隊トンツカタン・しゃもじの三組が出場。一分間のネタで競い合っていた。『じわじわチャップリン』以前の戦いが無かったかのような扱いに、どうにもこうにも腹が立つ。あと、一分間のネタで競い合うというゼロ年代末期のショートネタブームをなぞったようなシステムを、シンプルで面白い大衆向けの笑いが評価されている今の時代に復活させたセンスのダサさにも腹が立つ。個人的にはしゃもじが面白かった。……『じわじわチャップリン』二代目チャンピオンだっつの! 面白いに決まってるだろ! 全部リセットしやがって! 馬鹿野郎。

2017年5月の入荷予定

ゴールデンウィークが始まるってのに、芸人のDVDなんか見てられるかっ!」という考えの元、リリース数が極端に少ない五月。当方が注目する作品も、千原ジュニアが六人のテレビ局員とタッグを組んだライブを収録した『6人のテレビ局員と1人の千原ジュニア』(2016年3月25日・恵比寿 ザ・ガーデンホール)のみ。しかも、聞くところによると、本編にはテレビ朝日加地倫三パートが収録されないとかなんとか。うーん……。ちなみに、ジュニアは過去に六人の放送作家とタッグを組んだライブ『6人の放送作家と1人の千原ジュニア』も開催している。こちらも合わせてどうぞ。

それはそれとして、九月にこんなのが出るらしいので、早めにチェックした方がいいかもしれない。

めっちゃ楽しみ。

「ミュージックステーション」(2017年4月28日)

生放送の音楽番組。司会はタモリ弘中綾香テレビ朝日アナウンサー)。

ゲストは、昆夏美&山崎育三郎、オースティン・マホーン、V6、ゆず、矢野顕子×上原ひろみ椎名林檎トータス松本、嵐。矢野顕子×上原ひろみのパフォーマンスを目的に視聴。しかし、ブルゾンちえみのネタに使用された『Dirty Work』を披露したオースティン・マホーン、路上時代の映像をバックに『栄光の架橋』を熱唱したゆず、豪華絢爛な『目抜き通り』で視聴者を魅了した椎名林檎トータス松本など、他のゲストのパフォーマンスもなかなかに素晴らしかった。

とはいえ、矢野顕子×上原ひろみは別格である。二台のピアノだけで繰り広げられる疾走感に充ち満ちた演奏は、どう贔屓目に見ても他の出演者を圧倒していた。否、そもそも向かっている方向性がそれぞれまったく違うので、安易に比較すること自体がナンセンスなのだが。そのような無防備な意見を思わず剥き出しにしてしまうほどに、脳天に突き刺さる演奏だった。

それにしても『ラーメンたべたい』は、あのような曲だったのか。

初めて『ラーメンたべたい』という曲を聴いたときは、なんだか笑ってしまったような記憶がある。歌詞の中で何度も繰り返される「ラーメンたべたい」というフレーズに、そこまでラーメンに執着しなくとも……と無意識に感じたのだろう。

だが、改めて歌詞を読んでみると、【ラーメン】という料理につきまとう孤独をこそ渇望している曲だということに気付かされる。そうだ、ラーメンは「ひとりでたべたい」のである。「となりにすわる恋人達には目もくれず」「責任もってたべる」のである。その歌詞の重みを感じた後だと、サビでの「くたびれる毎日 話がしたいから 思いきり大きな字の手紙 読んでね」の切実さが沁みてくる。

翌日の土曜日、別に狙ったわけではないがラーメンを食べた。こんな味だったっけな。

ずっと聴いている『七曜日』。

ああ、今週はダメだ。そのことに気が付いたのは木曜日の午後だった。何がダメかと聞かれたならば、全てがダメだと答えるだろう。ひとつの作業に耐え切れない。集中力が保ち切らない。思考回路も落ち着かない。頭の回転が良くない、のは元からだけど更に良くない。「良くなくなくなくなくなくない?」と、馴染みのフレーズがフル回転。狭い私の脳内ブースを席巻、していても踊る元気もない。関節に錆びが出ているみたい。肉体疲労は翌日に持ち越し、積み重なって今日に繋がり、四日分の疲労感とともに、迎えようか最後の労働日。なんとかなりそうな気もするし、なんともならない気もするけれど、何はともあれ週末だ。乗り切れば土日の到来だ。今週のダメを取り戻す。今週のバッドを仕切り直す。素晴らしき週末を楽しむために、この金曜日を乗り切ろう。と、テキストでほのかに語呂を踏む。テキストでおおよそにリズム刻む。ブログ更新もままならぬ、そんな調子で気付けば一週間。月、火、水、木、金、土、日、月、火、水、木、金、土、日、月、火、水、木、金、土、日。そろそろ調子を戻そうか。

これが大阪のやりかただッ! 「大阪チャンネル」始まる!

某月某日。知らない人からのメールが届く。

フィルターをくぐり抜けてきた天才的迷惑メールかしらんと訝りながら内容を確認してみると、つらつらと長文が書かれている。ざっくりと目を通してみたところ、アルモノについて文章を書いてもらいたいという、いわゆる執筆の依頼だった。だが、どういった媒体で公開される文章なのか、原稿料は貰えるのか、肝心なところが触れられていない。そこで「執筆の依頼だということは把握したのですが、書いた文章が何処で公開されるのか、原稿料は頂けるのか、教えていただけませんか?」という旨の返信メールを送ってみる。すると、「文章は貴殿のブログ上で公開していただくカタチになります。原稿料は出ません」とのこと。……つまり、これは執筆の依頼という形式をとった、ボランティア参加の案内だったのである。

現在、私はフリーペーパーのコラムをひっそりと連載しているが(今年で四年目に突入します)、無料で配布されている媒体への寄稿にも関わらず、原稿料はしっかりと頂いている。この原稿料は、いわば執筆者である私と、仕事を依頼している企業の信頼関係の証である。それなのに、このメールを送られた方は、一方的にこちらに文章を書かせ、それを私のか細いながらもそれなりにアクセス数を稼いでいるブログに挙げさせておきながら、お金は払わないという。私はあえて声を大にして言いたい。ステマさせろ! 金欲しい! ただただ金が欲しい! プリーズギムミーマネー! プリーズギムミーマネー! ……と、そのようなことを思いながらも、こういう時流の話題に乗っかってみるのも少し面白いような気がしたので、そのアルモノについての記事を書いてみようと思う。

2017年4月25日から、NTTぷらら吉本興業が関西の主要放送局と連携したネット配信サービス「大阪チャンネル」の提供が開始されたらしい。「大阪チャンネル」は関西のエンターテインメント番組を中心に構成された映像配信サービスで、『ごぶごぶ』『松本家の休日』などといった関西で人気のバラエティ番組のアーカイブ、『よしもと新喜劇』『ジャルやるっ!』『にけつッ!!』などといった現在放送中の番組の見逃し配信、「なんばグランド花月公演」「ルミネtheよしもと お笑いライブ」のアーカイブなどが楽しめるとのこと。関西ローカルの番組はともかくとして、劇場公演のアーカイブ配信はちょっと惹かれるものがある。なお、サービスを受けるためには、月額480円を支払う必要があるらしい(ひかりTV契約者はテレビでも閲覧可能な別プラン有)。内容の充実ぶりを思えば、この価格設定は安いと言ってしまっていいだろう。ただ……有料コンテンツなんかい!!! 有料コンテンツの宣伝を無料でやらせようとしとったんかい! ステマ! 金! マネー! おい!

詳しい情報はこちらでご確認を。→大阪チャンネル

……まあ、正直なところ、「大阪チャンネル」というサービスを知ることとなったきっかけがちょっとアレだったというだけで、サービスそのものについてはそれほど悪い印象を受けない。ただ、どういった番組が配信されているのか、どういった公演が配信されているのか、やや内容に関して不透明なためにサービスを受けることを躊躇われる気持ちも否定できない。また、インターネットテレビ局の「AbemaTV」や、民放公式テレビポータル「TVer」などが既に存在していることを思うと、やはり有料を前提としたサービスはなかなか受け入れにくいものがあるのではないかという気がしないでもない。まあ、そのあたりのことは、私の専門外なので言及しかねるが。それよりも気になるのは、どうやら「M-1グランプリ」は配信されているようなのだが、「R-1ぐらんぷり」も配信されてる……よね……?

こちらからは以上です。

中沢家よ、永遠なれ。

中沢家の人々・完全版

中沢家の人々・完全版

 

人生、何が起こるか分からない。だからこそ、面白い……と語る人がいる。だが、私の場合は、むしろ逆である。何が起こるか分からない人生が、恐ろしくて仕方がない。出来ることならば、これから私が歩むべき道を常に誰かに教えてもらいたい。でも、そんなことなど、出来る訳がない。常に一寸先は闇。それでも生きていかなくてはならない。誰もがそうやって生きている。さも当たり前のように。

そんな私の怯えた心を、三遊亭圓歌師匠の『中沢家の人々』は少なからず癒やしてくれた。落語家になるために両親から勘当され、それなのに自分が両親を養うことになり、それどころか死別した前妻の両親と再婚した後妻の両親も抱えることになり、気が付けば自宅で六人の老人と同居することに……そのムチャクチャなシチュエーションに笑って、泣いた。ああ、人生は割といいかげんでも、それなりになんとかなりそうだと思えた。どんな風に生きていても、最後は誰もがジジイババアじゃねえか。後に出た著書で、この噺の大半がウソだと知ったときは、ショックとまではいわないにしてもちょっとだけ驚いた。まあ、考えてみれば、こんなコミカルな話があるわけがない。でも、この噺を圓歌師匠が語り、多くの観客が半信半疑になりながら爆笑していたことは、紛れもない事実である。

今でも時々不安になるけれど、圓歌師よ、人生をありがとう。

「ナイツ独演会 この山吹色の下着」(2017年2月15日)

2016年11月から12月にかけて全国5ヶ所を巡ったライブツアーより、神奈川県・横浜にぎわい座での公演を収録。年に一度、国立演芸場で開催されていた「ナイツ独演会」による初めての全国ツアーである。とはいえ、既に現代を代表する漫才師の一組として、全国的にその名を轟かせているコンビであるナイツは、その緊張や感慨深さを微塵も見せることなく、これまでと寸分違わぬ自由奔放なステージを展開している。

「ナイツ独演会」には欠かせない漫談家中津川弦による前説に始まり、2016年に不祥事を起こした有名人たちの名前にとある共通点があることが発覚する『2016年をヤホーで調べました』、ジャニーズ事務所とウラで繋がっている漫才協会で副会長を務めている塙がSMAP解散騒動の真実を明らかにする……?『塙鷹の真相暴き』、2016年に亡くなった人たちに関するエピソードを寂しさと笑いとともにお送りする『追悼漫才』など、彼らならではの多種多様かつ大胆不敵な漫才で会場中を爆笑の渦に巻き込んでいる。

とりわけ『急げ!土屋』のバカバカしさには笑った。テレビでネタを披露させてもらえる時間はとても短いので、一つでもボケの数を増やすために少しでもセンターマイクに辿り着くまでの時間を短くしたいという塙が、様々な方法でタイムを縮めようとする、ただそれだけのネタである。基本的には、通常の漫才では有り得ない小道具を舞台上へ持ち出している、視覚的な面白さによるネタとなっている。しかし、そのシンプルな笑いの奥には、定められた短い時間の中でネタを演じさせようとする、メディアや賞レースに対する皮肉が垣間見える。そして、とにかく時間を縮めることに偏執的にこだわっている塙の狂乱ぶりは、そんなメディアや賞レースに踊らされている芸人の醜態そのもの……のような気がしないでもない。

また、笑いというよりも、試みとして面白いと感じたのは『ワンマンナイツ』。ナイツの二人が別々に登場し、一本の漫才を複数のパターンで見せるという不可思議な構成のネタで、笑うと同時にこれまでに見たことのない奇妙な何かを見させられているような感覚に陥った。彼らが「2355」(Eテレ)という番組の中で“一人ナイツ(塙と土屋がそれぞれ相方のいない状態で漫才をしている姿を撮影して観るものの想像力を刺激するコーナー)”を担当していることは以前から知っていたが、それともまた違っていて、私もどのように説明すればいいのかまったく分からない。ただ、分からないけれども、なんだか妙に面白いのである。細かい状況を説明すると面白味が薄れるタイプのネタだと思うので、気になる方は各自で確認してもらいたい。

特典映像は、初の全国ツアーを敢行したナイツのバックステージでの模様を収録した、「Documentary of ナイツ独演会 この山吹色の下着」。中津川弦に熟女ランキングを発表させたり、サプライズで日本エレキテル連合橋本小雪の誕生日を祝ったり、なかなかに楽しそうな姿も収められていたのだが、もうちょっとプライベートな部分が垣間見える内容だったら良かったのに……と、少しだけ思ってしまった。恐らく、同じく全国ツアーを展開している、サンドウィッチマンの特典映像に慣れてしまっているが故に芽生えた感情だろう。あれと同じ密度の内容を他の芸人に求めてはいけない。

「ヤホー漫才」のヒット以来、様々な漫才のフォーマットを生み出し続けているナイツ。これから先も、多くの人たちに愛されながらも、しれっと更なる深みを目指して漫才という名の深みを目指していくのだろう。今年の独演会ではどんな鉱脈を見せてくれるのか、今から楽しみである。

■本編【91分】

「2016年をヤホーで調べました」「リオの戦リオ品」「塙鷹の真相暴き」「ワンマンナイツ」「追悼漫才」「解散の予感」「急げ!土屋」「ピンク」「漫才協会ラップ」

■特典映像【20分】

「Documentary of ナイツ独演会 この山吹色の下着」