土曜深夜の視聴覚室

Saturday midnight audio-visual room.

「人を傷つけない笑い」と佐久間一行。

4月7日放送予定の「ENGEIグランドスラム」に佐久間一行が出演する。

他の出演者が推薦する“今、この芸人がすごい!”という特別枠での出演らしい。「R-1ぐらんぷり2011」王者である佐久間が、どうして特別に設けられた枠で出演させられるのか、些か理解に苦しむ。番組に出演するためのハードルを上げて、番組のタイトルをブランド化しようとしているように見える。演芸番組が何を偉そうに……と思わなくもないが、とはいえ影響力のある番組への出演は喜ばしいことである。

しかも、既出の報道によれば、どうやら佐久間は『井戸』ではないネタを披露したらしい。確かに『井戸』はR-1優勝に貢献した名作である。陽気なメロディとともに踊り出す井戸自体のお化けに扮した佐久間の姿は、見ているだけで気持ちがホンワカさせられる。傑作といってもいい。だが、何度も何度も同じネタばかり見させられては、どうしても飽きてしまうのが人の常というものだ。

それなのに、R-1優勝後の佐久間は、とにもかくにも『井戸』のネタをやらされていた。先日もとあるネタ番組で久しぶりに佐久間がネタをするというので見ていたら『井戸』のネタだった。口惜しかった。私は別に佐久間のファンではなかったが、彼が他にも面白いネタを持っていることを知っていた。もっと面白いネタがあるのに、どうして未だに『井戸』をやらなくてはならないのか……否、世間に見せなくてはならないのか。その悔しさが今、ここで晴れるわけである。『井戸』以外での番組への出演をきっかけに佐久間がバカ売れしてくれることを祈るばかりだ。

……と、ここまで私が佐久間を持ち上げるのには理由がある。佐久間はいわゆる「人を傷つけない笑い」をコンスタントに生み出している希有な芸人だからだ。

断言するが、そもそも「人を傷つけない笑い」などは存在しない。厳密には「誰も傷つけない表現」は存在しない。小説であれ、ドラマであれ、映画であれ、漫画であれ、人の心を揺さぶるとはそういうことである。ただ、ありとあらゆる方面に配慮して、なるべく人を傷付けないように作られた表現は存在する。それでも、きっと思わぬ誰かを傷付けてはいるのだろうが、最低限に留めようと努めている表現は存在する。お笑いにおいてのそれが、佐久間一行のネタであるように思う。

では、佐久間のネタの何処が「人を傷つけない笑い」なのか。

2017年の単独ライブで演じられた『茶色の魅力』というネタがある。

文字通り、佐久間が「茶色の魅力」について、スケッチブックに描かれたイラストと合わせて解説するネタである。例えば、ビニール袋に入ったリンゴを、茶色の紙袋に入れただけでなんだかワクワクする。白い紙袋に包まれたカレーパンより、茶色の紙袋に包まれたカレーパンの方が油の染みている感じが何かイイ。……と、そんなことを、ただ延々と語り続けていくだけのネタである。

決して派手な印象を与える色ではない茶色にあえてスポットライトを当てることで、観客はそれまで無意識に感じていた茶色の魅力について再認識させられる。この形式はまさしく“あるあるネタ”のそれなのだが、鋭い切り口で世間を批評する一般的な“あるあるネタ”とは違い、佐久間はあくまでも魅力を語ることに特化しているため、“あるあるネタ”特有の冷めた視点を感じさせない。それは理屈よりも感覚で対象を語るレビュワーのそれに似ている。

佐久間のネタには、このように「目立たないものに着目する」ことが少なくない。しかし、そこには差別的な意図もなければ、あえて取り上げてやろうという上から目線も感じられない。あくまでも、そこでそのように存在している者たちについて、遠慮がちにでも最大限に語るだけである。

そんな佐久間の姿勢が顕著に表れているネタがある。2014年の単独で披露された『マイナーフィーチャー』である。

『マイナーフィーチャー』は、日常で起こり得る大きな(メジャーな)出来事の裏で起きているマイナーな出来事に着目したネタである。例えば、卒業式で「卒業生起立!」と言われているのにうっかり立ってしまった在校生の影で、ひっそりと立ちかけている在校生に注目する。路上で知り合いを見つけて「わっ!」と驚かせている友達同士の影で、なんにも関係無いのにビクッとなってしまったサラリーマンに注目する。

ネタの中では「メジャーな出来事に対するマイナーな出来事」と表現しているが、とどのつまりはイベントの主役になりきれない人たちをあえて取り上げているネタである。そして、メジャーではないからこそ経験する物悲しさ、注目されないからこそ人に言えない切なさを、佐久間は事細かに解説してみせる。そんなマイナーな人たちに自らを重ねているかのように。そう。佐久間はネタにしている対象の気持ちを、出来るだけ汲み取るように努めている。ただ表面的に浅墓に笑いへ昇華しようとしない。その姿勢がネタにしっかりと表れている。

だから人を傷つけない……とは限らない。とはいえ、そんな佐久間の姿勢は、心のくたびれた一部の現代人を癒やしてくれるのではないかと私は思うのである。少なくとも、現行のお笑いに対して「人を傷つける笑い」だと考えるのであれば、その対抗として、佐久間一行のネタをもっと評価していこうという流れになってもいいのではないかとは感じている。なんでならないんだろうな。知らないのか。勿体無い。是非とも「ENGEIグランドスラム」でそのネタを確認しておくれ。で、面白かったならば、大いに評価していただきたい。

ちなみに、佐久間が「ENGEIグランドスラム」で披露するネタは、どうやらこれも2014年の単独ライブで披露された『降臨』らしい。単独では神様の恰好になった佐久間が「気まずい雰囲気になっている」状況を紹介、次々に「誰も悪くない!」と断じていくコント色の強いネタだったのだが、番組では純粋にスケッチブックネタとして披露されるらしい。良いネタである。お楽しみに。