金曜の夕刻、午後五時の定時を迎えると同時に会社を出発する。愛車の軽に乗り込み、善通寺高速インターバスターミナルへ。バスの発車予定時刻は午後六時。通常、国道を使えば三十分程度で到着する距離だが、帰宅ラッシュや事故による渋滞に巻き込まれることを考慮して、高速道路を利用する。高速バスの発車時刻に間に合わせるために高速道に入る、という判断が何故だか自分の中でしっくりこない。私は何に納得していないのだろう。
午後五時二十分ごろ、善通寺高速インターから国道へ降りる。ここまで来ればバスターミナルは目と鼻の先だ。思わず安心して、そのまま近場のファーストフードのドライブスルーへ。しかし、これが浅墓な決断だった。いざ、店の敷地内に入ると、そこには十台ほどの車の行列が。あまりの光景に「うわっ」と思わず声が漏れる。とはいえ、そこはあくまでも“ファーストフード”という異名を持った、高速で商品が提供されることを売りにしている店である。この程度の行列ならば、あっという間に捌いてしまうに違いない。心配している自分にそのように言い聞かせながらひたすら待機していたのだが、これが遅々として進まない。ファーストはどうした、ファーストは。
ようやく私に注文する番が回ってきたころには、到着から十五分が経過していた。まったく冗談じゃない。ハンバーガーを単品で二つほど注文する。もはやポテトなど食べている暇もない。シンプルなハンバーガーで腹が満たされれば良いのである。料金所で金銭を支払い、受取口へ移動する。ようやく商品を受け取ることが出来る……と思いきや、店員から「しばらく時間がかかりますので、あちらの斜線の駐車場でお待ちください」と言われたので、驚いた。私が頼んだのはセットではない。単品である。それなのに、恐らくは私よりも多くの商品を注文しているだろう他の客よりも調理に時間を要するというのか。その不思議を店員に説いても無用に時間が過ぎていくだけなので、素直に従う。時刻は午後五時四十五分を過ぎている。ほんの少しの判断ミスで、よもやこのような緊迫した事態に陥ろうとは。しばらくして、店員によって商品が届けられる。無論、ここで店員に焦りをぶつけても意味はないし、なによりそんな自分を後々になって恥じることは容易に想像できたので、自然な笑顔で対応する。同じ人間同士で社会を構築するとは、つまりこういうことだ。店を出て、すぐさまバスターミナルの駐車場へ飛び込む。車を停め、二つのハンガーバーを速攻で口の中へと詰め込む。食べた、というよりは、補給した、という感覚に近い。
食べ終えたところで、荷物の中身をざっくりと確認する。旅行において、重要な道具は三点。「お金」「スマホ」「チケット(バスの往復チケットとライブのチケット)」。この三点があればなんとかなる。ここに「着替え」「イヤホン」「充電器」があると、より心強い。ターミナル内のトイレで用を足し、午後六時に到着したバスへと乗り込む。すぐさまバスは出発。善通寺から、大阪へ。移動中はスマホのラジオアプリで幾つかの番組を聴いて過ごした。何を聴いていたのかは覚えていない。半分ぐらい眠っていたような気がする。
午後九時半、OCAT(大阪シティエアターミナル)で下車。荷物を抱え、建物の外へ出ると、見慣れた光景が目の前に。私にとっての大阪はいつもこの場所から始まる。難波の繁華街へと歩き始める。夜の難波は大勢の人で溢れているので、まるで身の危険を感じない。人の波に紛れてしまえば、悪目立ちすることがないからだ。ただ、それは私がこの街の人間ではないから、そのように感じているだけなのかもしれない。紛れるからこそ体験する恐怖もあるだろう。
記憶を頼りに歩いていると、いつも利用しているカプセルホテルの看板が見えてくる。【サウナ&カプセルホテル アムザ】。大阪にある他のカプセルホテルにも泊まってみたことがあるが、ここが私にとって最も居心地が良い。立地も良い。繁華街のド真ん中にあるので、ホテルの外に出れば、すぐさま盛り場へと繰り出すことが出来る。サウナや露天風呂も充実している。それらの入浴施設を目的に訪れる有名人も少なくないらしい。
千日前中央ビルのエレベーターで七階に上がると、そこにアムザの受付が設置されている。靴を靴箱に預け、受付で宿代を支払う。今回は二泊三日を予定しているが、清算は一泊ごとに分けられる。一泊4,100円。二泊で8,200円。私がこの店を利用し始めた頃は一泊3,000円で泊まることが出来たものだが。時の流れをしみじみと感じさせられる。ロッカーのカギを受け取り、ロッカールームへ。着替えや帰りのバスチケットなど、今の段階では必要のない荷物を全てロッカーの中で詰め込む。アムザのロッカーは縦に細長く、いわゆるボストンバッグの類はきちんと収まらない。どうしても左右のどちらかに偏ってしまう。そのため、見た目がなんだかみっともない。
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