白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

当時と変わらぬ美味しさのままに『時効警察はじめました』

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コンビニエンスストアの菓子パンでさえ一方的に“改善”されてしまう時代に、何の因果か十年ぶりに復活を遂げてしまったシリーズ最新作『時効警察はじめました』は、その第一話で今後も当時と変わらない味を提供してくれることを約束してくれた。とにかく無駄に無駄がない。矛盾しているが他に言いようがない。

例えば、お馴染みの面々が無駄話に無駄に無駄を重ねているところへ物語の主人公・霧山修一朗が現れ、食堂の冷蔵庫にうっかりドッキリ勘違いして保存されていた十年前に時効を迎えた事件の遺留品を託されて登場、熊本課長によって無事に時効案件として処理されるまでをスムーズなのに無駄の多いオープニングには度肝を抜いた。これぞ『時効警察』、これぞ三木聡イズム。無論、肝心の本編もまた素晴らしい。当時の事件関係者として登場するのは、第一被害者の娘であり第二被害者の妻でもあった小雪演じる新興宗教の教祖と、そんな教祖に並々ならぬ思いを寄せている六角精児演じる信者。美しく怪しげな小雪と純朴のようで胡散臭い六角のコントラストがたまらない。とりわけ、お互いに高校生を演じている小雪の着替えシーンを六角が覗くシーンには、鳥肌の立つ思いが。

それでも本作はあくまでも『時効警察』。隙あらばナンセンスが牙をむく。嘘をつくと蚊に刺されるし、刑事はトレンチコートを着ながらグラウンドを走り回るし、必然性があるとはいえEAST END×YURIの話題が唐突にぶち込まれ、何の脈絡もなく「一休さん」へのディスが繰り広げられる。何がなんだか分からない。でもそこが嬉しい。有難い。今回、過去に脚本を担当した、園子温ケラリーノ・サンドロヴィッチは不参加らしいが、きっと安心のクオリティを見せてくれるに違いないので、これからも期待して視聴!を、よろしくお願いします。

追記。第二話の福田雄一脚本パートを見て、思わずずっこけてしまった。やはり、このドラマのトーンを維持するのは、些か難しいのかもしれない。

人生の『前線』に立つということ


私が思春期まっしぐらの学生だった頃に比べて、音楽番組がすっかり少なくなってしまったこともあってか、今や最新の音楽を知るためのメインツールが深夜ラジオになってしまった。バカバカしい芸人たちの会話の合間にそっと流れる最新の音楽は、時に私の心をグッと掴みかかってくる。最近、amazon music unlimitedに登録したので、ちょっと気になるミュージシャンがいれば、すぐさま楽曲をチェックできる。おかげで、ラジオだと一部しか聴くことの出来ない曲をきちんとフルで確認できるし、興味が深まれば他の楽曲にも手を伸ばすことが出来る。しみじみと凄い時代である。以前なら、レンタルショップの公式サイトで在庫を調べ上げて、直に店舗へ音盤の獲得に向かっていた。今はちょっとクリックするだけで合法的に幾らでも聴き放題だ。

最近、ラジオ番組で耳にして、毎日のように聴いているのがヒグチアイの『前線』である。以前にもラジオで流れていた『猛暑です』も素晴らしい楽曲で頭にタイトルが焼き付いていたのだが、今回の楽曲はその衝撃を更に上回ってきた。なにせ冒頭の歌詞がいきなり凄い。【深夜3時 ファミレスのドリンクバーは優しい】。この微塵も無駄のない言葉で、即座に状況を想像させると同時に、歌詞の当事者の心境を色々と妄想させられる。そこから歌詞は更に言葉を適切に連ね、より明確な画をリスナーに提示する。その光景に見覚えのある人は、きっとメディア業界には少なくないのだろう。ここ数週間のうちに、この曲を様々なラジオ番組で耳にした。分かるのだろう、その孤独を。分かるのだろう、そのやるせなさを。そして、サビの最後の歌詞に、深く頷くのだろう。【逃げるな 逃げなければ その場所が前線だ】。逃げなかった人たちにも、逃げてしまった人たちにも、その歌詞は突き刺さる。

だが、二番の歌詞で、その自問自答の渦の中で狭められた視界は一気に広がっていく。自分とは違う道を選んでしまった人を見て、自分の選んだ道は果たして正しいのかどうか、思い悩む。そして、ありきたりではあるけれども、紆余曲折の果てに辿り着いた結論の凄味。それは救いであり、許しであり、と同時に「逃げるな」とストレートに呼び掛けてくる。さて、今の私は、私自身の前線を進んでいるのだろうか? それとも心の声に背いて前線から逃げ出しているのだろうか? 間もなく三十五歳、未だに立たず、こんな感じで。

『ザ・ギース コントセレクション「Pretty Best」』(2019年4月24日)

ザ・ギース コントセレクション「Pretty Best」 [DVD]

ザ・ギース コントセレクション「Pretty Best」 [DVD]

 

2019年1月28日に座・高円寺2で行われた結成15周年記念ベストネタライブを収録。

ザ・ギースは高佐一慈尾関高文によって2004年に結成された。当初は事務所に所属せず、フリーとして活動。オリエンタルラジオバッドボーイズ、ハリセンボンらが参加したオーディションバラエティ番組「ゲンセキ」に一般募集として出演している。その後、シティボーイズの事務所として知られるASH&Dコーポレーションに所属。2010年の公演『シティボーイズミックス presents 10月突然大豆のごとく』には、ラバーガールプロダクション人力舎)とともにゲスト出演を果たしている。日本一のコント王を決定する「キングオブコント」には第一回大会から参戦。2019年現在、三度の決勝進出を果たしている。

本作に収録されているのは、そんなザ・ギースが2015年から2018年にかけて行ってきた単独ライブより、選りすぐりのネタを再演した十本のコントである。ザ・ギースの映像作品がリリースされるのは、結成10周年に行われたベストライブを収録した『ザ・ギース コントセレクション「ニューオールド」』以来、およそ四年半ぶり。実力派芸人たちの単独公演が定期的にソフト化されている現状を思うと、この期間の長さは些か寂しいものがある。売れないのだろうか。売れなくても、存在を認知されるために出し続けるという手段もあるのではないか、とも思うのだが、それは流石に能天気か。

オープニングを飾るコントは『相方』。ピクニックに出かけた先で、尾関が高佐にこれまで黙っていたことを告白する。ザ・ギースの二人が揃ってピクニックに出掛けるというシチュエーションが既にちょっと面白いのだが、そこからの展開の運び方が如何にもザ・ギースらしい。コント師としての自らをコントの中で演じるという若干の反則感漂う設定も、またオープニングコントならではの軽やかさを感じさせられる。とても丁度良い。

これ以降のコントも、彼らが得意とするナンセンスな笑いが繰り広げられている。融資しようと考えている相手が本当に信頼できる人間かどうかを延々と試し続ける『合格』、医者ではなくミュージカル俳優になりたいという生徒の真意を確かめるために担任教師が現実の厳しさを(ミュージカルで)指南する『進路相談ミュージカル』、会社の一大事に慌ててやってきた同僚が謎の動物に襲われて明らかにゾンビ化し始めている『ワーク・オブ・ザ・デッド』など、二人の確かな演技力に裏打ちされた至高の悪ふざけを堪能することが出来る。

その一方で、暗転したままの舞台で行われる不思議な面接風景を描いた『暗闇面接』、ホテルのラウンジでお見合いしている相手の女性が自らの特技である瞬発力をアピールするために某筋肉番付で知られているアレを披露する『ショットガンの女』のように、舞台としての特異性を活かしたコントも。正直、仕掛けの面白さ以上の笑いは生み出せていなかったように思うが、この意欲的な姿勢は買いたい。

個人的に、印象に残っているのは『道程』と『ストロベリーチェリーナイト』。『道程』は、スーパーマーケットでお菓子を万引きした学生が、店員に連れられて向かったバックヤードへと向かうのだが、その異常に長い道のりを描いたコントである。淡々と舞台を歩き回る二人に色々な効果音が付け足され、こちらの好奇心を適度に刺激してくれる。オチの無茶苦茶なのに妙にしっくりくる塩梅も素晴らしい。対して『ストロベリーチェリーナイト』は、人生初のセックスを経験して浮かれている男の元へ童貞の化身がやってくるコントである。下世話の極致ともいえるような設定なのに、妙に感動的なオチで締めくくる……と思っていたところで、更に意外な展開がやってくるところが見事。あのオチは読めなかった。

ちなみに、彼らが「キングオブコント」決勝のステージで披露した、二本のコントはそれぞれ未収録(『ビフォーアフター』と『サイコメトリー』)。但し、2018年大会の二本目で披露する予定だったコント『エレベーターピッチ』は収録されている。最上階にある社長室へと向かうエレベーターを待っている間だけ、出資のためのプレゼンを許されたサラリーマンに思わぬ困難が待ち受ける。的確に笑いどころを作り込んでいるあたりに、本気で勝ちを狙いに来たことを感じさせる逸品だ。

これらの本編に加え、特典映像としてライブ終了後のエンドトークを収録。ライブ中に起きたことを二人がさらっと振り返っている。あのコントのあのシーンに謎のスローモーショーン編集が……!

・本編【71分】
「相方」「合格」「進路相談ミュージカル」「暗闇面接」「ショットガンの女」「道程」「ストロベリーチェリーナイト」「ワーク・オブ・ザ・デッド」「エレベーターピッチ」「バーにて」

・特典映像【2分】
「エンドトーク

『ニッチェ「プリンアラモード」』(2019年4月24日)

プリンアラモード [DVD]

プリンアラモード [DVD]

 

マセキユース所属の女性コンビ、ニッチェの代表作をスタジオ収録したベスト盤。彼女たちが単独名義でDVDをリリースするのは、2013年8月に発売された『ニッチェ第2回単独ライブ「アイスキャンデー」』以来、およそ六年ぶり。本作には、それ以降に演じられた十本のネタが収められている。

当時のニッチェは、お遊戯で本意気の演技を見せつける幼稚園児……のような、江上の過剰な演技の持つ可笑しみを引き出せるように特化したコントを主に演じていた。だが、本編では、その演技力の可笑しみを面白味のある設定にしっかりと絡めたコントが演じられている。その姿勢には、既存の芸風に捉われず、更なる一歩を踏み出そうという意欲が感じられる……が、その結果として、既存のコント師を思わせる芸風になってしまっている。正直なところ、本末転倒の感が否めない。

例えば、身分を隠した敏腕女社長が新人社員の振りをして末端で働いていた事実を現場での上司に明かす『女社長』は、そのドラマのような切り口と二人のちぐはぐとした関係性が、東京03のコントを彷彿とさせる。女社長を角田、上司を飯塚が演じても、そのまま成立してしまえるだろう。本日開店のカフェに強盗が入ったために、店員がやさぐれた対応を取ってしまう『カフェ』はバイきんぐを思わせる。……そもそも似たような設定のコントをやっていたように思う。そして、いずれのコントにおいても、ニッチェは彼らの芸風に太刀打ちできていない。

彼らは基本的に自らの個性をしっかりと把握し、そのキャラクターをコントの世界に乗せている。だが、ニッチェの場合、二人が台本を上手く乗りこなせていない。台本が身の丈に合っていないのである。無論、ニッチェは実力派のコント師だ。その演技力から生み出される笑いは、一定のラインを超えている。だが、ニッチェの実力を思うと、より高いレベルのものを期待したくなる。少なくとも、当時の彼女たちには、それを感じさせるような将来性があった。

そんな中、彼女たちの魅力とバシッと噛み合っているように感じたネタが、「彼氏のお母さんが忍者」という設定だけで最後まで押し切っている『彼氏のお母さん』と、父親を失った娘たちが遺産を巡ってドロドロの骨肉の争いを繰り広げる『遺産相続』。シリアスとバカバカしさのバランスの良さに加え、江上の猛烈なキャラクター、それを受け止める近藤の癖の無さが絶妙だ。とはいえ、これもまだ彼女たちの魅力を発揮しきれていないように思う。更なる一歩へ踏み込むための核となる要素が、欲しい。

(個人的には、前述の『アイスキャンデー』でやっていたコント『ケイコちゃんとクミコおねいちゃん』における、スポブラとブラジャーの感覚の差異を切り取る視点は、女性ならではの着眼点で非常に興味深いと思っていたのだが、そういう類いのコントはもうやらないのだろうか。本編でいえば『偏見』がそうなのかもしれないが、あれは少し弱い気もするし……)

・本編【56分】
「彼氏のお母さん」「女社長」「検尿」「偏見」「友達の妹」「漫才(女優江上の演技力)」「遺産相続」「やる男先輩」「逃げてきた花嫁」「カフェ」

「キングオブコント2019」(2019年9月21日)

・総合司会
浜田雅功ダウンタウン
葵わかな

・審査員
設楽統(バナナマン
日村勇紀バナナマン
三村マサカズ(さまぁ~ず)
大竹一樹(さまぁ~ず)
松本人志ダウンタウン

・大会アンバサダー
小峠英二(バイきんぐ)
西村瑞樹(バイきんぐ)

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2019年10月の入荷予定

16「DVDだ! トットちゃん
16「バナナマン×東京03 handmade works 2019
23「永野と高城。2
23「バイきんぐ単独ライブ「ぺあ」
30「シソンヌライブ[huit]

どうも菅家です。

Aマッソがフリーライブで披露した漫才の内容に差別的な要素が含まれていた情報がSNSに流出、ネット炎上を巻き起こした挙句、何故か金属バットに飛び火している今日この頃を皆さんは如何お過ごしでしょうか。実際にライブで観たわけでもないのに、義憤に駆られて、既に当人も事務所も謝罪しているにもかかわらず、その謝罪内容すらも言語道断だとばかりに批判している人たちが秋祭りの如き盛り上がりを見せていますね。きっと切腹すれば許してくれるのではないでしょうか。ウェディングケーキを切る新郎新婦のように、皆さんで手と手を取り合って介錯して差し上げれば宜しいかと思います。切り落とした首は例の選手の元へ届けましょう。何か御褒美を貰えるかもしれません。ラケットとか。良かったですね。

そんな不穏な空気を漂わせながら迎える十月ですが、ラインナップが異常に豪華です。キングオブコントの王者が三組もリリースします。一組目は「キングオブコント2009」王者の東京03です。08年大会準優勝のバナナマンとのユニットコントライブの映像がソフト化されます。二組がユニットを組むのは今回が二度目。前作『handmade works live』ではまだ遠慮しているところがあるように見られましたが、本作ではどうでしょうか。二組目は「キングオブコント2012」王者のバイきんぐです。優勝当時から年に一度のペースで単独ライブDVDを発売し続けている彼ら。ベストライブ・ベスト盤を除くと、今回で七作目のリリースとなります。コントそのものも楽しみですが、特典として、二人がグランピングに挑む映像が収録されているそうです。……耳馴染みのないワードに戸惑いを隠せませんが、二人ならばきっと楽しいロケを展開してくれることでしょう。そして三組目は「キングオブコント2014」王者であるシソンヌです。今年七月に東京・大阪で行われた単独ライブの模様を収録しています。シソンヌもバイきんぐと同様、ライブDVDを定期的にリリースしています。本作のタイトルはフランス語で「08」を意味するらしいですよ。こうやって少しずつフランス語を身に付けていけば、いずれはペラペラに……。

この他、よしもと所属の漫才師・トットの初DVD、永野と高城れにももいろクローバーZ)のユニットライブDVDなどがリリースされる予定になっています。永野と高城のライブは前作『永野と高城。』もとても面白かったので、楽しみです(未だにレビュー書いてないけど)。

それでは皆さん、良い秋のズバッ(首を切られる)

「キングオブコント2019」直後に思うこと。

【ファーストステージ】
うるとらブギーズ「催眠術ショー」(462点
ネルソンズ「マネージャーの噂」(446点)
空気階段タクシードライバー」(438点)
ビスケットブラザーズ「再会」(446点)
ジャルジャル「投球練習」(457点
どぶろっく「神様お願い」(480点
かが屋「待ちわびて」(446点)
GAG「女芸人の恋人」(457点)
ゾフィー「腹話術謝罪会見」(452点)
わらふぢなるおバンジージャンプ」(438点)

【ファイナルステージ】
ジャルジャル「空き巣」(448点)
うるとらブギーズ「実況」(463点)
どぶろっく「金の斧」(455点

とりあえず、どのユニットも面白かった。個人的には、かが屋の画作りの上手さに舌を巻いた。いつまで経っても待ち人の来ない賀屋の失意に満ちた表情を軸に、そこに至るまでの状況をフラッシュバックさせる演出は実に見事だった。しかし一方で、その見事さで高められた期待に応えられるような、満たされるオチであってもらいたかったようにも思う。この他にも、空気階段の不穏さ、ビスケットブラザーズの瑞々しさ、ゾフィーの得体の知れなさが印象に残っている。それぞれ素晴らしかった。

どぶろっくの優勝に不満はない。面白かった。確かな歌唱力・表現力を駆使して、全力で下ネタに取り組む。『女』『もしかしてだけど』から一貫して、どぶろっくはその卓越した歌唱力と中身のバカバカしさのギャップを大事にしているコンビである。今回のネタもあくまでその延長線上にある。そりゃ面白いだろう。……しかし、面白さだけを評価していいのだろうか、という気もする。確かに、どぶろっくは面白かった。だが、どぶろっくが優勝することで、コントの未来が開けるとは思えない。この辺りの違和感は、今年のR-1で粗品が優勝したときにも感じたものに似ている。普段はコントなど見向きもしない輩でも注目するような大きな大会である。その影響力についても、幾らか意識するべきだったのではないか……と、こういう話を突き進めると、今度は本当に面白かった芸人を評価できなくなってしまう可能性があるので、また難しいところではあるのだが。

ところで、ファイナリストをシークレットにしたことは、視聴率に影響を及ぼしたのだろうか。数字云々の問題については、素人がああだこうだと言えることではないのだが、どうも純粋に賞レースの姿勢としてみっともないので止めてもらいたい。無論、数字は大事だろう。だが、M-1やR-1でそういった話を聞かないのに、どうしてKOCだけそんな状況下にあるのか、そこをきちんと考えた方が良い。正直、当日の放送で知って、一喜一憂するというのはつまらんよ。

「シソンヌライブ[sept]」(2018年10月31日)

キングオブコント2014」王者のシソンヌが、2018年8月1日から26日にかけて赤坂RED/THEATERで敢行した単独公演(全30公演)の模様を収録。作・演出にじろう、作・演出補に今井太郎、監修にオークラ。

割田康彦による格好良い音楽と荒川ヒロキによるクールな映像が見事な合致を見せるオープニングを経て、始まる一本目のコントは『代わりに読んで』。“この小説がムカつく”という書店のコーナーで購入した本の内容があまりにもムカついて読み進められないというじろうが、友人の長谷川に代わりに読んでもらって、物語の顛末を知ろうとする。あまりにもムカつき過ぎて、物語の世界に埋没してしまうじろうの狂乱ぶりを描いたコントだ。無論、書店にそんなコーナーは存在しないし、ここまで物語にのめり込んでしまう人などそうは居ないだろう。だが、ムカつくことが分かっているから読みたくないのに、どうしても内容が気になってしまって仕方がない……というじろうの姿は、自分とは無関係なニュースにやたらと腹を立てているネットユーザーを彷彿とさせた。怒りのエンターテインメント化がもたらす不穏な空気。そこには笑いだけではない何かが描かれているように思えた。

続いてのコントは『車に乗るな』。ドライブに出掛けようとしている老人(長谷川)の前に、自転車に乗った老人(じろう)が現れ、車庫から車を出さないように道を塞いでしまう。この老人、実は「貴様のような年寄りは車に乗るな」という理由から、近所の老人から免許証を没収して回っていて……。老人による交通事故が後を絶たないという事実を理由に、とんでもない暴挙に打って出る老人を描いたコントである。当時の時点では、じろうの言い分も長谷川の言い分も理解できるものだったのだが……いわゆる“東池袋自動車暴走死傷事故”が起こってしまった今となっては、じろうの言い分に共感する人の方が多いのではないだろうか。しかし、そのような状況だからこそ、このコントに根付いている怒りの危うさをよりリアルに感じ取ることが出来る。じろうの言い分は正しいだろう。間違っていないだろう。とはいえ……。

しかし、ここからコントは、全体的にバカバカしいトーンを強めていく。舞台で痴漢をやってしまう女性を演じるため、役になりきって実際に痴漢をしてしまった女優のアヴァンギャルドな立ち振る舞いと、それを理解する優しい駅員のやり取りが可笑しい『成美と百花』。特殊な場所で小料理屋を開いた料理人が、その特殊な環境を活かした料理で師匠の舌を唸らせて鼻を壊しかける『割烹SHU』。シソンヌライブではお馴染みのキャラクターとなっている野村くんがアイドルのオーディションを受ける『野村くん、オーディションを受ける』。いずれのコントにおいても、共通してじろう演じるトリッキーなキャラクターたちが、長谷川演じる人々によってツッコミは入れられるものの冷静に受け入れられている。この否定されない世界観がとても愛おしい。特に『野村くん~』は、過去の公演での扱いを思うと涙なしには見られない。

そして最後のコント『カメラマンとアシスタント』が幕を開ける。これがとにかく衝撃的だった。舞台はとある映像の撮影現場。職人気質のベテランカメラマン(長谷川)と若い女性アシスタント(じろう)の軽妙なやり取りが繰り広げられる。明るく陽気にボケまくるアシスタントに対して、カメラマンも当初は楽しそうにツッコミを入れる。パワハラめいた発言に対し、アシスタントが冗談半分に「訴えます!」と軽口を叩く場面も。しかし、いざ仕事が始まると、ベテランカメラマンも厳しい顔を見せるように。それでも態度を変えようとしないアシスタントに段々と苛立ちが募り、最終的には大声をあげて怒りをぶつけてしまう。それでも挫けず、陽気なリアクションを取り続けるアシスタント。ところが、一連のやり取りの後、撮影を開始した直後にボソリと「やっぱり訴えます!」と呟き……。

とにかく据わりが悪いコントなのである。ベテランカメラマンの言動がパワハラになっていた点は否めないのだが、かといって、アシスタントの方が絶対的に正義というわけでもない。むしろ、その真意が明らかになればなるほど、理解から遠のいていく。不可解で不気味で落ち着かない。正解が分からない。どうすれば許されるのかが分からない。ただただ惑わされる。この感情を激しく振り回される感覚がなんともたまらない。是非とも各々で振り回されてほしい。

これら本編に加えて、特典映像として『野村くん、オーディションを受ける』で少しだけ触れられた野村くんのテレビ出演の様子を描いた『野村くん、街頭インタビューにつかまる』と、ライブのエンディングでも流れた野村くんのミュージックビデオ『野村のまさのひろ「Tsuyu~梅雨~」Music Video』歌詞付き・ノンクレジットバージョンが収められている。『Tsuyu~梅雨~』はコント用に作られたとは思えない刹那な感情の溢れ出た名曲なので、是非。

・本編【99分】
「代わりに読んで」「車に乗るな」「成美と百花」「割烹SHU」「野村くん、オーディションを受ける」「カメラマンとアシスタント」

・特典音声
「シソンヌライブ[sept]」オーディオコメンタリー

・特典映像【6分】
「野村くん、街頭インタビューにつかまる」「野村のまさのひろ「Tsuyu~梅雨~」Music Video」