白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

配信終了前に見てほしい「M-1グランプリ2016」準々決勝敗退コンビ五組(とおまけ)

先日、「M-1グランプリ2016」ファイナリストに選ばれた八組が発表された。とりあえず、不満の残らないメンバーだ。否、正直な気持ちを述べるなら、あのコンビが見たかったとか、あのコンビこそ勝ち上がるべきなのに……などのような類いの不満がないわけではない。だが、私も三十歳を過ぎて、いいかげん世界が自分を中心に回っていないことくらいは理解できている。あくまで理想は理想であり、それはそれとして、現実を受け入れるべきなのだ。そして、この結果は現実として、受け入れられる程度の結果であった。

……などと、下らなくも真っ直ぐな気持ちをしたためて、公式の発表に嫌味を述べることが本文の目的ではない。当ブログの読者の皆様は、先日より動画配信サイト「GYAO!」において、本大会の三回戦および準々決勝戦で披露された漫才の動画が配信されていたことを御存知だろうか。元来、これらの動画は、準々決勝戦で敗れた漫才師たちを救済する、いわゆる“敗者復活”を目的に配信されたものだった(※既定の期間の間に最も視聴人数を獲得した準々決勝敗退組が準決勝戦で復活することになっていた)。

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GYAO!枠での敗者復活を決めた「馬鹿よ貴方は」の雄姿。

ところが、ファイナリストが決定した今でも、依然として動画が配信され続けているのである。同サイトによれば、三回戦は2016年12月4日まで、準々決勝戦は11月28日まで配信される予定とのこと。

そこで、この場を借りて、個人的に「このコンビのネタを一度は見ていただきたい!」と思う漫才師の動画を紹介したいと思う。せっかくテレビではなかなかお目にかかれない若き漫才師たちのネタを楽しめる機会を与えられているのだから、この状況を利用しない手はないだろう。今後、注目を集めるかもしれない芸人たちの奮闘ぶりを、どうぞ楽しんで頂きたい。

なお、私は準々決勝戦で敗れた漫才師のネタしかチェックしていないため、準決勝戦進出組および三回戦敗退組についてはほぼ無視してしまうことをご了承いただきたい。

 ・たぬきごはん(松竹芸能

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2011年結成。ほりゆうこ(30歳)と宍倉孝雄(37歳)による男女コンビである。本戦には、大地主の一人娘・西園寺綾雨(ほり)とお付きの宍倉として出場、お金持ちの家庭で生まれ育ったために一般的な知識が身についていない綾雨と一般人である宍倉の常識の捉え方の違いを取り入れた漫才を披露している。いわゆる“キャラ漫才”だが、キャラクターの設定を重視しながらも、漫才師としての軸はブレていないところに感動を覚えた。三回戦(お金持ちの綾雨が宍倉に壮大な規模のサプライズパーティを開催しようと計画する)と準々決勝(しりとり対決で一般常識を持ち合わせていない綾雨に宍倉がワードの間違った意味を植え付ける)で、ボケ担当が変わっているのに世界観が崩れていなかったのも凄い。是非とも売れてもらいたいコンビだが、売れた途端に、この美しき均衡がバラエティ的に消費されるのかと思うと、なんとも推薦しづらい。

 

・金属バット(よしもと)

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2006年結成。坊主頭の小林圭輔(30歳)と長髪に髭を生やしている友保隼平(31歳)による高校の同級生コンビである。その突出した発想によって生み出される不思議な漫才は昨年大会から注目を集めていたが、今年も昨年と同様に準々決勝戦で敗退という厳しい結果に終わってしまった。無念である。アウトローという言葉が服を着て歩いているような見た目に対し、漫才でのやりとりは意外とゆるやか。小林が過去を振り返るように語るエピソードの内容に対して友保がツッコミを入れながら相槌を打つスタイルを取っている。三回戦では「漁師の知り合いから貰った海の幸をとことん無駄なことに利用する」、準々決勝戦では「プリクラを毎日撮り続けていた小林がとうとうプリクラの機械を購入する」という旨の漫才を披露していた。ボケそのもののパンチも強いが、個人的には友保の相槌に惹かれる。キツい言葉が飛び出すこともあるのだが、主婦が井戸端会議をしているときに「ちょいと奥さん!」という時のような手の動きが妙に可愛らしい。あと、小林がちょっとウマいことを言ったときの「よいしょー、うぃー!」と決めポーズを取る姿も、たまらなく好きだ。発想以外の面から見ても、非常に味わい深いコンビである。

 

・からし蓮根(よしもと)

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2013年結成。長身の松本伊織(23歳)とベビーフェイスな杉本青空(22歳)による高校の同級生コンビ。2016年7月にダウンタウンナインティナインを輩出した「今宮戎神社こどもえびす第37回マンザイ新人コンクール」にてグランプリに当たる「新人漫才福笑い大賞」に選ばれている若き実力派コンビである。とあるシチュエーションにおける松本の言動に対して杉本がツッコミを入れる、いわゆる漫才コントを得意としている。三回戦では「万引き」、準々決勝戦では「恐い人と肩がぶつかる」のネタを披露した。いずれも漫才コントとしてはありがちな設定だが、そこに独創的なボケを散りばめることによって、彼らは完全に独自の世界を形成している。“独創的”と言う表現は些か使い勝手が良すぎてあまり使いたくはないのだが、このようにしか表現できないのだから困る。万引きをして、逃げ出そうとして乗り込んだバイクが何故か真横に走り始め、そのことに当の万引き犯が驚いている……なんてボケ、今まで見たことがない。「~やったとや!?」「クレイジーばい! クレイジーやけん!」など、杉本の熊本弁混じりなツッコミも魅力的。

 

ギャロップ(よしもと)

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2004年結成。ハゲ頭の林健(38歳)と一部ではDJケリーとして知られる毛利大亮(34歳)によるコンビである。彼らのネタの特徴といえば、なんといっても林のハゲ頭。事実、本大会では、林が育毛剤のメーカーにクレームを入れるネタで三回戦を突破している。電話でオペレーターにハゲ具合を理解させるために頭皮を平手で三度叩いて、「全部違うところ叩いてるんでね!」と言ってのけるくだりなどはなかなかに面白かったが、とはいえ、トレンディエンジェル優勝後の大会におけるハゲネタとしては弱い。……ところが、準々決勝戦で彼らは覚醒する。「人間誰しも自分の嫌いなところ・治したい部分がある」という話を他人事のように聞いていた林に、毛利が「あるでしょ? あなたも治したい部分」と追及するしゃべくり漫才。客観的な視点から林のハゲについて言及する毛利と、主観的な立場から「ハゲが一番イヤではない」と反論し続ける林のヒートアップするやりとりがたまらない。05年のブラックマヨネーズを彷彿とさせる……と言っても過言ではないほどに熱量の高いぶつかり合いに、もう笑いが止まらなかった。ギャロップというコンビを知っている人にこそ、見てもらいたい逸品だ。

 

・まめのき(SMA)

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2016年結成。元「キラッキラーズ」の豆山しんご(40歳)と元「ルーシー」「ぼーなすとらっく」の木村直博(40歳)によるコンビである。あることを宣言している豆山に木村が優しく話を合わせつつも、時たま豆山の耳をふさがせて、観客にだけ本音を打ち明けるという独自のスタイルによる漫才を展開している。三回戦では「教育改革」の必要性を漠然と訴えかけ、準々決勝戦では自分が「ファッションモデル」として日本に必要な存在であることをアピールしていた。実のところ、耳をふさがせるシステムがなくても、それなりに面白い。豆山の素っ頓狂な提案に驚かされながらも優しく受け入れる木村の姿は、往年の名漫才師のそれのようであった。だが、そこに先述のシステムが加わることで、より密に笑いが盛り込まれるように出来ている。何故ならば、ただ豆山に耳をふさがせて木村の本音が聞こえないようにするだけではなく、耳を開けさせた後のやりとりでも笑わせているからだ。例えば、「何の話してたん?」と豆山が問うと、木村は「野球チーム作ったんだけど、メンバー足りないから残り八人募集してました」と答え、それを豆山が「ヒジ壊した俺に、気ぃ使ったんやな?」と受け止める。この、ちょっとしたやりとりが、後半でじわじわと効いてくる。売れない芸人同士による新鋭コンビ、これからまだまだ輝く筈だ。

 

・おまけ:Dr.ハインリッヒ

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2005年結成。幸(35歳)と彩(35歳)の双子の姉妹によるコンビである。2016年3月になんばグランド花月で開催された「よしもとゴールデンアワー」において、ダウンタウン松本人志が「将来が期待できますね」と太鼓判を押したコンビである。事実、そこらの女性漫才師とは一線を画した不可思議極まりない漫才の世界は、以前より注目を集めていたのだが……残念ながら、今年も昨年と同様、三回戦での敗退に終わってしまった。無念である。そんな三回戦で披露されたネタは「御本人登場」。幸が以前から漫才をしながら「後ろから私の御本人が登場しはるのではないか」と心配をしていたと告白するというもの。……意味が分からない。しかも、この意味の分からない話が、特に説明されることはない。否、冷静に考えてみると、これはあくまでも幸が心配していることであって、それが現実に起こり得ることである必要性はないのだ。しかし、とはいえ、なんとも雲を掴む話である。だが、それがなんだか、面白い。

 

こちらからは以上です。

追記。申し訳ない。こちらの気力の至らなさが故に文章では紹介できなかったが、時間がある人はピーマンズスタンダードランジャタイデルマパンゲの漫才も見ていただけると非常に嬉しいです。