白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「じわじわチャップリン 2週ぶち抜きチャンピオン大会」(2017年3月18日)

「次回予告」。田島扮する野沢雅子が、『ドラゴンボールZ』の次回予告風に様々な番組の次回予告を読み上げていく。テレビアニメの次回予告フォーマットにまったく別ジャンルの作品・番組を当てはめる可笑しみと、その中で更にボケを重ねていく構成で笑わせるスタイルの漫才。漫才ならではの掛け合いは楽しみにくいが、とても手堅い作りではある。『ミュージックステーション』『はじめてのおつかい』のくだりで、やや浅めではあるがブラックなボケを放り込んできたところに、漫才師としてのプライドが感じられた。ただ、『ミュージックステーション』のオチ部分で、ちょっと詰まってしまったのがあまりにも勿体無かった。あそこはしれっと言い放つからこそ笑える……などということは、当人たちが一番分かっている。

「最後の試合」。高校始まって以来の問題児と言われていたサッカー部の三年生にとって最後の試合が終わり、顧問の教師が生徒たちにねぎらいの言葉をかける……のかと思いきや……。ドラマにありがちなシチュエーションを徹底的に裏切るという不条理なギャグに見せかけて、その根拠が最後に語られるという構成で落とすコント。ギャグを単なるギャグとして終わらせずに、きちんとケツを拭こうとする姿勢は悪くない。ただ、肝心のオチが、どうも弱い。このオチを採用するのであれば、もっと不条理なギャグが盛り込まれていないと、メリハリに欠けるように思う。或いは、顧問の態度の根拠が明らかになった上で、更に展開した方が良かったのかもしれない。時間の都合もあったのだろうが、設定が良いだけに勿体無い。ただ、電話越しの十回ゲームは笑った。

「護身術」。突発的な事件に巻き込まれたときにちゃんと対応できるのかが不安だという高松に、篠宮が独自の護身術を伝授する。篠宮が教える護身術が、四コマ漫画を思わせるリズミカルな構成でバカバカしいオチを迎える様を描いた漫才。これだけバカバカしいのに、通常回で披露していた漫才よりはちゃんとネタとして成立している。どういうことだ、まったく。構成もしっかりと段階を踏んでおり、漫才師としての了見が正しく表れている。動き重視で正統派のしゃべくり漫才には勝てないだろうが、こういうネタをライブで見ると楽しいだろう。……ところで、高松の頭髪がいよいよ危ういことになっているような気がするのだが、大丈夫なのだろうか。

  • しゃもじ【22】

「ファンの女」。二代目王者。売れない芸人のしゅうごパークの自宅にヤバいファンの女が押し掛けてくる。たーにー演じる奇抜なキャラクターを全面に押し出したコント。何故か片乳だけが異常に大きいというビジュアル、ブサイクに映るのをスマホのせいだと決めつけた上でスマホを叩きながら「これ野球部がグローブのせいにするヤツみたいですわ」と発言させる絶妙な視点のズラし、ビニール袋を使ったしょーもないギャグなど、キャラクターを軸に多種多様のボケを盛り込んでいる。やりたい放題だ。最後のくだりが無ければ、もっと高得点を狙えたのかもしれないが、あれはきっとわざとだろう。器用に笑いを取ることの出来る芸人としてのクリエイターとしての矜持を見た。……大袈裟。

「思春期」。初代王者。思春期真っ只中の高校生な筈の息子があまりにも素直過ぎて、母親が逆に不安を覚え始める。従来、起きるべき状態とは逆の展開を迎えていることが笑いに昇華されているという意味では、先のうしろシティのコントに似ているといえるのかもしれない。ただ、こちらはより個人の感覚的なところに焦点を当てているため、根拠そのものが存在しない(存在するのかもしれないが観客は気にならない)ので、その不条理な状況の面白さだけを純粋に楽しめるように出来ている。ハートフルなオチも上手い。売れる要素しかないので、頑張って売れてほしい。これで売れなかったら悲惨だ。

 

【今週のふきだまり芸人】

平野ノラ「バブリーな女の決断」

 

次回は後半戦。イヌコネクション、プラス・マイナス、マツモトクラブがネタを披露する。

2017年4月の入荷予定

05「シソンヌライブ [cinq]

19「ランジャタイのキャハハのハ!

19「マッハスピード豪速球

お馴染み、始まりの季節がどーたらこーたらという前文で始めざるを得ないことで知られる四月が今年もやってきたわけだが、今回は新入生や新社会人にオススメ出来るようなラインナップではないので、この言い回しをバカみたいに使い回すのも考えモノだなと思っている。まあ、それでも来年も、きっと同じような言い回しを使い回すのだろうが。今月は「キングオブコント2014」王者・シソンヌの単独公演と、「M-1グランプリ2016」準々決勝戦敗退者である二組の漫才による作品リリースである。ランジャタイの漫才は予選の動画を鑑賞したのだが、とことんブッ飛んだ発想から繰り出される奇妙奇天烈な世界観がたまらなかったので、それなりに楽しみ。特典映像がなんだか不穏だけれど。

「このお笑い芸人DVDがスゴかった!2016」

どうも、菅家です。久しぶりのアレです。

久しぶりのアレなので、宣言もいつものアレをナニしたやつです。

一、このランキングは2016年にリリースされた全ての作品を対象としているわけではない。
一、このランキングは筆者が一方的に決め付けたランキングでしかない。
一、このランキングは雰囲気で決めているので、後で意見が変わる可能性も否めない。

こんな感じで今回もやらせていただいております。

あ、そういえば、本来ならば一月中に開催するつもりだったものが遅れてしまって、申し訳ありません。ついつい仕事にうつつを抜かしてしまいまして、ブログの更新をすっかりおざなりにしてしまいました。でも、まあ、年末にやるべきところを年始にやるよりも、いっそ年度末にやってしまった方が、逆にしっくりくるような気がしないでもないです。うん。

それでは、いつものアレです。どーぞ。

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旧作プレイバック(三本セット)

最近、未知なるDVDを鑑賞することに疲労感を覚え始めてきたので、このままではいけないと思い、かつての情熱を取り戻すべく、まだまだ心に熱を帯びていた時代に触れていた昔の作品を戸棚の奥から引っ張り出してみた。その感想を以下に書き留める。

 

3月9日視聴。当時のレビューはこちら。前回の公演『シティボーイズミックス PRESENTS 『西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を』』が鋭い風刺と機知に富んだ表現に満ち溢れた大変に素晴らしい出来だったため、本作の緩やかな空気感に当時の私は強い違和感を覚えたものだが、幾年月が経過して、先の公演からの流れが気にならなくなった状態で観賞してみると、これはこれで良いのだと素直に感じられるようになった。ただ、本作を受け入れられるようになった理由は、それだけではない。本作の作・演出の担当している前田司郎が手掛けたネプチューン主演のテレビドラマ『空想大河ドラマ 小田信夫』(2017年2月放送・全四回)を視聴して、氏が「ダメな人たちによる仲睦まじいやりとり」を表現することに長けていると理解できたことが非常に大きい。提示された作品に対し、どのようなスタンスで向き合えば心から楽しめるのか、視聴者としての在り方について改めて考えさせられた。

 

3月15日視聴。当時のレビューはこちら。とんでもない発想に満ち溢れた作品で、当時の私も009年の年間ベストに選んでいるのだが、その内容をあんまり覚えていなかったため、それなりに新鮮に本作を楽しんでしまった。ダメだよなあ。それにしても面白い。何もないのに有るかのように演技してみせる“無対象演技”であらゆる状況を表現する家族を描いた『無対象家族』だの、あらゆる仕草をより強調させるための道具を取りそろえた『仕草の装飾品店』だの、芸人ではなく役者として活動してきた吹越氏ならではの視点が無ければ生み出されないであろうパフォーマンスの数々は、芸人のそれに慣れた目にはとても新鮮に映る。とりわけ、当時も衝撃を受けた『命を賭けてみる。その、一』には、今回も当時と変わらずに笑わせられた。命を賭ける……とまでは言わないにしても、下手すれば大怪我しかねないような状況下で、どうしてあんなバカなことが出来るのか! およそ八年ぶりの視聴だったが、やはり最高の作品である。

 

千原兄弟コントライブ「ラブ 」[DVD]

千原兄弟コントライブ「ラブ 」[DVD]

 

3月20日視聴。当時のレビューはこちら。ブラックな趣きの強いコントを得意としている千原兄弟が、ポップな笑いを目指している作品である。事実、本編で演じられているコントには、シンプルで分かりやすいネタが多い。子どもたちの父親が思い思いのカッコイイ恰好をして父兄参観にやってくるオープニングコント『父兄参観』を皮切りに、ケータイの予測変換が彼女の正体を明かしてしまう『ボクカノ』、捜査一課の面々が立てこもり犯の前で延々と小学生のようなノリを繰り広げる『けいしちょうそうさいっか』など、誰が見ても内容を理解できるし、誰が見ても笑うことが出来るだろう。ただ、当時もきちんと理解できなかった『ザ・ドキュメント』の意図は、今回も掴むことは出来なかった。ジュニアは教師のインタビューと実際の授業風景を描いた理由はなんなのか。いずれ分かる日が来るのか、それとも、分からないままなのか。もとい、分かろうとすること自体が、ナンセンスなのかもしれない。

「日本エレキテル連合単独公演「電氣ノ社~掛けまくも畏き電荷の大前~」」(2016年12月21日)

2016年7月14日から17日にかけてシアターサンモール(東京)、同年9月1日から4日にかけてABCホール(大阪)で開催された単独公演を収録。日本エレキテル連合の単独公演がソフト化されるのは、2015年12月にリリースされた『日本エレキテル連合単独公演「死電区間」』以来、およそ一年ぶり。今回、彼女たちは“日本の神様”というテーマの元に、「イザナキとイザナミの国産み」「天岩戸伝説」「因幡の白兎」などの神話をモチーフとしたコントを披露している。コンテンツリーグのサイトに掲載されているインタビューによると、「中野:私たちがいろいろなキャラクターを生み出すこともするし、キャラクターをネタの中で殺しちゃったりもするので、たくさんのファンの方から「神様とやってることが一緒だ」と言っていただいて。それなら神様をテーマにしてみよう」という経緯によるものらしい。どんなファンだ。

本編で演じられているコントは、基本的にシンプルな作りとなっている。海に向かって矛をかき回しているイザナキとイザナミのやりとりが男女のマンネリ化した性行為を思わせる『国産み』、愛する男に様々な方法で殺されようとしている女がそれでも何度も蘇生して立ち上がる『ハチマタノオンナ』、大衆の面前になかなか姿を見せようとしない卑弥呼さまに起きた事件とは『真島吉三』……いずれのコントも、序盤に表明された設定が、これといった捻りを加えられることなく最後まで演じられている。それなのに、それらのコントがきちんと魅力的に感じられるのは、彼女たちの表現力によるところが大きい。コント的にデフォルメされたメイクを施した中野聡子橋本小雪の二人が、激情の演技によって演じることで、そのあまりにもシンプル過ぎるコントは、きちんとした“日本エレキテル連合のコント”に仕上げられる。おそらく、これらのコントの台本だけを読んでみたとしても、ここまで面白くはならないだろう。ただ、個人的に一番好きなネタは、部屋にひきこもっている息子の部屋に乗り込んできた母親が、暴言を撒き散らすだけ撒き散らして去っていく『ひきこもり』。二人のひきこもり経験が反映されているのか、ネタに漂う絶妙なリアリティがたまらなかった。

これらのコントが演じられている舞台を彩るセットも、とても魅力的だ。背景は真っ白な壁面になっており、その真ん中には巨大な円が描かれている。恐らくは日の丸をイメージしているのだろう。このシンプルで美しいセットに、コントが進行していくにつれて、少しずつアイテムが加えられていく。例えば、『ひきこもり』のコントから、二羽のにわとりのオブジェが円を囲むように天井から吊るされる。これは、コントのモチーフとなっている「天岩戸伝説」における、天岩戸に引きこもった天照大神を外へ出すために鶏を集めたことを受けてのものだろう。これ以降も、雲、月、稲穂などのアイテムが加えられ、舞台を華やかに飾っていく。コントを演じている二人が、それぞれピンク色(中野)と水色(橋本)に髪を染めていることも、全体の空間作りにおいて、大きな役割を果たしている。非日常的で、まるでこの世のものとは思えない、奇妙で不可思議なステージ……この画の説得力が、日本エレキテル連合のコントをよりいっそう怪しく輝かせているのだ。

その上で、コントそのものの自由度が高まっている点も、なかなかに興味深い。しれっとコントの中で物販の宣伝をしたり、日本エレキテル連合のバラエティ耐性の無さを自虐的に笑ったり、二人の間で起こった大事件におけるお互いの言い分をぶつけ合ったり……キャラクターを身にまとった状態を維持しているとはいえ、かなり奔放な印象を受ける。それでも、確かな画の説得力によって築き上げられた、日本エレキテル連合の世界観は崩れない。実に素晴らしい。

……と、長々と曖昧な解説を書き並べてみたが、どうも言葉では彼女たちの本質的な魅力を説明しきれないような気がしてならない。なので、ここはもう、本編の幕間映像でもあるこちらのプロモーションビデオを貼ってしまおう。

これに興味を持てたなら、日エ連の世界観との相性は悪くないのかもしれない。……それにしても、完成度が高い。楽曲そのものも非常に魅力的だが、衣装、キャラクター造形、声の凄味(特に中野の声はどうやって出しているのか?)に至るまで、その表現力の高さに驚かされる。

なお、日本エレキテル連合は今年も単独公演を開催する予定である。ライブタイトルは「日本エレキテル連合単独公演『地獄コンデンサ』岩下の新生姜と共に」。2017年9月8日から10日にかけて新宿シアターモリエール(東京)、15日・16日にABCホール(大阪)、17日に東広島芸術文化ホール くらら(広島)、18日に高松festhalle(香川)、22日に日立システムズホール仙台シアターホール(宮城)、23日にいわきアリオス小劇場を回る全国ツアーを敢行することになっている。

その表現力に満ちたステージは、きっと生の舞台でこそ真髄を堪能できるものだろう。私も一度行ってみようか……。

■本編【105分】

「イザナキとイザナミの国産み」「一、国産み」「OP」「二、宮司と巫女」「J-GODS「HARAITAMAE KIYOMETAMAE」ミュージックビデオ」「天岩戸伝説」「三、ひきこもり」「因幡の白兎」「四、神と兎」「ドキュメンタリー「キトウレイコという女」」「五、ハチマタノオンナ」「ヤマタノオロチ」「六、真島吉三」「触らぬ神に祟りなし」「七、都美子と比呂美~社編~」「月読命」「どぶぬめり」「CM」「J-GODS「HARAITAMAE KIYOMETAMAE」~社編~」

「ウエストランド第一回単独ライブ「GRIN!」」(2016年11月23日)

2016年6月24日~26日にかけて恵比寿エコー劇場(東京)、同年11月3日に南堀江knave(大阪)で開催された初単独ライブを収録。ウエストランドの漫才を収録したDVDがリリースされるのは、2013年10月に発売された『漫才商店街』以来三年ぶり。当時、飾り気のないスタジオで披露されている漫才に口惜しさで胸が締め付けられるような気分になった身としては(漫才そのものは面白かった分だけ、余計に)、きちんとした舞台の上で、しかも客が入っている状態で演じられている漫才が映像化されたことは、とても喜ばしい話である。今後、第二回単独、第三回単独と、リリースされ続けてくれればなお嬉しいのだが、どうだろう。

ウエストランドの漫才は、いつも気だるげで口数も少ない河本太の発言に対して、不満や苛立ちを露わにした井口浩之がその感情をまったくオブラートに包み込むことなく吐き出してしまう、一種の“ボヤキ漫才”である。井口の発言がエスカレートすればするほど、話の内容が過激で明け透けになっていくほど、その漫才は力を増していく。無論、ただ過激であればいい、というわけではない。そこには微かな正当性がなくてはならない。それが強い偏見によるものだということを認めながらも、しかし彼の言い分にも一理あると思わせなくてはならない。この残されたギリギリの一理が、ウエストランドと観客をしっかりと繋ぎ止めている。

本作は、そんなギリギリ首の皮一枚の面白さによって、辛うじて成立させられている漫才で構成されている。「誰からも尊敬される完璧な人間なんていない」という持論を語る井口が、教科書に載るような偉人たちを独自の視点でこき下ろしていく『美談』を皮切りに、ヒマつぶしにTwitterで「死にたい」とツイートしている人たちを検索しているという河本が発掘した「死にたい」ツイートを紹介し始めるのだが、その内容の下らなさに井口が怒りを爆発させる『マジ死にたい』、河本が芸人以外に憧れているという職業が「週六日バイトして年に一回舞台に立っている役者さん」「いつか大ブレイクしてやるぞ!と路上で歌い続けているミュージシャン」と井口の逆鱗に触れるような人たちばかりで……『憧れの職業』などなど、各方面に支障をきたしかねない程のボヤキを漫才の中で振り回している。

それらの中でも、突出して危険度数の高い漫才が『モテない』だ。「M-1グランプリ2016」の予選でも披露され、準々決勝戦で敗退してしまったネタなので、ご存知の方も少なくないだろう。その内容は、結婚生活の素晴らしさを噛み締めているという新婚の河本が井口にも結婚を薦めようとするのだが、当の井口は「結婚できないんで」「モテないんで」「やめてください」とハナから結婚を諦めている。それでも河本は井口が結婚できる可能性を見出そうととするのだが、井口自身は自らのことを客観的に捉えており、どうして自分がモテないのか、その理由を明確に説明し始める……というもの。序盤は自虐的な態度を取っていた井口が、途中から態度を一変、女性に対する不満から生じた敵意をがむしゃらに撒き散らす様がとてつもなく面白い。

これらのボヤキ漫才も非常に面白いのだが、その一方で、単独ライブならではのちょっと変わったスタイルの漫才もなかなかに魅力的だった。例えば、井口が町の中で見かけた面白い一般人の話をしているにもかかわらず、河本が「もっと面白い人を見た」と言いながら【東京03】の名前を挙げる『おもしろい人』は、数々の“おもしろい人”の名前が次々に挙げられていく漫才で、若手芸人好きならばニヤニヤが止まらない一本だ。「なんで豊美やんなきゃいけないんだよ!」なんて、他では絶対に聞けないツッコミだろう。「井口の凄さを知ってもらいたい」という河本に、当初はちゃんとツッコミを入れていた井口も、だんだんと「確かにスゴいけど!」と調子に乗り始める『井口凄い』は、河本の策略にまんまと引っ掛かる井口のコミカルさを描いた漫才。このネタでの井口は、少し東京03・角田のポジションを思わせる……。LINEやメールの利便性について語る河本に、「顔を向き合わせないと真意が伝わらないこともある」と断言する井口が様々な表情を駆使しながら論破しようとする『顔芸』は、アレコレと理由を作りながらも結局は井口の顔で笑わせようとする強引さがたまらない漫才だ。特に「無表情アンパンマン」は最高に面白いので、是非とも多くの方々に見ていただきたい。無表情が面白いって、なんなんだよ。

特典映像は「爆笑問題withタイタンシネマライブ」で披露された漫才より『妬み嫉み僻み』『世界征服』『褒める』『紹介』の四本を抜粋。単独ライブ以前の少し若い頃に演じられた漫才ということもあってか、一つ一つのネタをパワーで押し切っている感があり、本編のネタとはまた少し違った触感を楽しめる。他の売れている芸人に呪いをかけたり、世界征服を目指したり、女の子を紹介してくれない河本に井口がツバをぶっかけたり、とにかくアグレッシブ。でも、これはこれで、ちゃんと面白い。

過激な言葉をぶちまけながらも、愛嬌とみっともなさで見るものを笑顔にさせるウエストランドの漫才は、まさしくボヤキ漫才の正統な後継者と呼ぶに相応しい。色んな抑圧が面倒臭い現代において、彼らの歪んだ感情がストレートに噴き上がる漫才は絶対に必要となってくるだろう。でも、こういったスタイルの漫才師は、下手に売れてしまうと説得力に欠けてしまうからな……売れない方がいいのかもしれないな……「ダメじゃん!」。

■本編【78分】

「1.美談」「2.おもしろい人」「3.マジ死にたい」「4.井口凄い」「河本太、焼印を押す」「5.憧れの職業」「6.モテない」「7.例え話」「8.養成所」「河本太、キャンプをする」「9.下ネタ」「10.夢」「11.顔芸」

■特典映像【31分】

「「爆笑問題withタイタンシネマライブ」より抜粋の漫才4ネタ!」

「妬み嫉み僻み」(2014年6月13日)/「世界征服」(2014年10月10日)

「褒める」(2015年8月28日)/「紹介」(2015年10月9日)

「河本太、キャンプをする(ライブ未公開映像)」

「じわじわチャップリン」(2017年3月4日)

レースクイーン漫談」。ORIE扮するレースクイーンによる漫談。あるシチュエーションを想起させるショートコントを披露し、実はそのシチュエーションは……と、意外性のあるオチに落とすことで笑いを生み出すシステム。ただ、それよりも重きを置いているのは、一連のネタをやり終えた後に流れる『TRUTH』(フジテレビ「F1グランプリ」のテーマ曲に採用されたことで知られる楽曲)に合わせた動きと、その直後に発せられる観客のリアクションを受けての一言である。かつて、彼女と同じ事務所の先輩であるダンディ坂野も似たような構成のネタを披露していたので、なにかしらかの影響を受けているのかもしれない。ただ、「ゲッツ!」の異常なキレ味が笑いを生み出していたダンディに対し、ORIEの動きはあまりにもキレ味が悪く、ショートコントのオチとして上手く機能していない。そのため、全体的に締まりの悪さが目立ち、良い印象を与えない。ただ、逆にいえば、動きのキレさえ改善されれば、一気に面白くなる可能性もあると思う。頑張ってもらいたい。

 

  • インディアンス40

「幸せな家庭」。そろそろ結婚したいという木村がイメージしている「理想の結婚生活」を再現するために、相方の田渕を家族に見立てようとするのだが、田渕はまったく言うことを聞いてくれない。従来の漫才で行われるやりとりの間に、田渕が意味を持たないボケをこれでもかと詰め込んでいくスタイルの漫才。次から次へと畳み掛けられるボケは確かに笑えるのだが、その一方で、漫才ならではの掛け合いがおざなりになっているような印象も受ける。ボケがあまりにも過剰過ぎるため、やや食傷気味になってしまう瞬間がある。現行のスタイルを突き詰めていくことも大事なのだろうが、根本を忘れないように気を付けていただきたい。個人的にも一番笑ったのは漫才の流れの中にある「元気な元気な看護士ですよーっ!」だった。こういう純粋なボケでも十分に笑わせられる地力があるんだから。

 

【ふきだまりコーナー】

平野ノラ、アイロンヘッド、インポッシブル、Aマッソ、えんにちORIE、末吉くん、てんしとあくまトンツカタンネルソンズ、ハナコ、ハリウッドザコシショウ、バッドナイス、ペンギンズ、マツモトクラブが登場。「門出を祝うギャグ」というテーマの元、末吉くん、ネルソンズがギャグを披露した。末吉くん、あの恰好をしているからてっきり平泉成をやるものだとばかり思っていたのだが、まさかのオリジナルギャグだった。

 

「元カノ」。一週勝ち抜き。初めて訪れた彼氏の家には、元カノから貰ったというモノで溢れていて……。かつての恋人から貰ったモノを「使えるから」という理由で使い続けている彼氏、元カノから貰ったモノを捨てずに使い続けている彼氏のことが「信じられない」と思う彼女、それぞれの感覚のズレを大胆に掘り下げたコント。本来ならば意見の相違として処理されても仕方がないところだが、元カノの情報が明らかになるにつれて、彼氏の異常性が滲み出てくる。この構成が絶妙に上手い。とはいえ、彼氏自身には悪気がないことが、終盤の「あんた今までさ、汗水垂らして、苦労して、自分の力だけで手に入れたものはないの!?」という質問に対する純朴過ぎる回答に表れている。この振り上げた拳の行き場の無さが、また上手い。シチュエーションコントとしては、ある種の完成形に達しているといえるだろう。ボケとツッコミの関係性がいつもと逆っていうのも、上手いんだよな……。

 

「口が軽い女」。一週勝ち抜き。会社の同僚が落ち込んでいるので、何か事情を知っているかもしれない後輩を呑みに誘ってみたところ、その後輩がとんでもない情報通で、知っていることをベラベラ話し始める。設定を重視するのであれば、後輩の情報通ぶりを笑いに転化していくところなのだろうが、このネタではそれよりもむしろ二人の過剰なほどに強調された演技が笑いどころとなっている。ライブで見ていたのであれば、その迫力を体感することで強引に笑わせられるのかもしれないが、テレビを通じてだと、温度差が明確に表れてしまうので些か厳しい。ただ、後輩が「あたしは、自分のこと嫌いです」という台詞で落とす展開に、ほのかなセンスは感じられた。あの流れから、このオチは、ちょっと想像していなかった。こういう部分をもうちょっと出していけば、もっと良くなるんじゃないか。

 

【今週のふきだまり芸人】

平野ノラ「バブリーな芸能人の宣材写真モノマネ」

ペンギンズ「兄貴と漫才」

 

次回は、3月18日放送でチャンピオン大会。アイデンティティ、しゃもじ、うしろシティ、マツモトクラブ、オジンオズボーン、イヌコネクション、ラフレクラン、プラス・マイナスが出場する。……あれ、ラフレクラン……?

「R-1ぐらんぷり2017」(2017年2月28日)感想文。

【予選Aブロック】

「トランプ漫談」。トランプ大統領に扮したRGが、かろうじて理解できる程度の英語を駆使した演説を披露する。大統領らしからぬ庶民的な視野と、そこから生み出される話の中身の無さが笑いの肝となっている。とはいえ、「アロンアルファで指をくっつける」「ドラッグストアのワゴンセール」などの“あるあるネタ”を随所に配置、明確な笑いどころを用意しているあたりに、RGの計算が伺える。また、新宿区民・渋谷区民、静岡県民に対する偏見混じりの話を始めるところに、元ネタを準拠する姿勢を感じさせられた。オチは徹底的にバカバカしく。余裕たっぷりな中に本気を垣間見せている……という意味で、往年の友近を彷彿と。

「ママチャリ」。三人の子どもたちと一匹の犬を引き連れてママチャリに乗っている母親が、おばあちゃんの家へと向かう道中を描いたコント。三人の子どもたちを一台のママチャリに乗せて運転しているという画は百点。どういうコントなのか、どういうことが起きるのか、この絵面だけで理解させてくれる。それなのに、肝心の内容がところどころ粗い。例えば「ペットのコロ」の存在。要らないだろう。年齢に差のある子どもたちを三人も引き連れているのだから、それだけで十二分に母親の手不足は伝わってくる。その存在は単なるコント的な味付けにしか見えず、現実味のあるキャラクター作りに定評がある横澤の世界観にはそぐわない。その意味では、公園のくだりも勿体無い。幼稚園生の子どもを公園に連れていっている間、小学生の娘がじっと無言で待っている……というのはおかしいだろう。そういった細かい粗が重なって、このコントの魅力をとても削いでしまったような印象を残した。実に勿体無い。あと、これは根本的な問題として、こういったドタバタシチュエーションにおいて、横澤の甲高い声質は不向きなような気がする。ところどころ、正確に聞き取ることが出来ず、笑いそびれてしまった。

「どちらからも聞こえてきそう」。“ことば研究家”を自称する三浦マイルドが、二つの異なるシチュエーションから聞こえてきそうな言葉を紹介する。それぞれのシチュエーションで共通して使われている言葉(例えば、「高校野球/コンパ」における「ゲーム」「ストライク」「送る」など)同士を上手に掛け合わせることで発生する歪みを笑いに昇華している。これだけでも相当に面白いのだが、法則性を理解させてから、ちょっとずつ台詞を片方のシチュエーションへと偏らせていく構成も上手い。丁寧な言葉の奥にアウトロー感を見せていた「学習塾/ぼったくりバー」から、アウトローな言い回しからギャップのあるシチュエーションを想起させる「育毛サロン/暴走族」「保育園/任侠映画」へと転換する、この面白さ。実に素晴らしかった……のだが、一点だけ致命的なミスが。ネタとネタの間の繋ぎ部分で、こちらにはっきりと伝わってくるほどに焦りの色が見えている。このため、ネタよりも三浦の必死さの方に意識が向かってしまい、本来の面白さを楽しみ切れなかった。恐らく、短い時間にネタを出来るだけ詰め込もうとした結果、そのような事態を招いてしまったのだろう。しかし、それでネタの良さを打ち消してしまっては、元も子もない。こちらも実に勿体無かった。

となりのトトロ」。二時間の映画『となりのトトロ』を池崎なりにアレンジして、一分でお届け。おしゃれなコントを思わせる導入からの「来ましたよーっ! 大声コンテスト決勝!」だけなら満点。肝心のネタについては、『となりのトトロ』のストーリーを誰もが知っていることを前提としていて、やや不親切な印象を受けた。あと、ところどころで、あんまり伝わっていないシーンがあったのも引っ掛かった。「まっくろくろすけ」を潰したら「とうもころし」になったところ、どれだけの人が正確に意図を理解できたのだろうか(本来は、一気にストーリーを短縮したことが笑いどころなのだろう)。ただ、ギャグの切れ味は鋭く、リミッター解除のくだりの「俺のチクビがモンゴル相撲! なんでもない!オーケーーーーイ!」には笑った。

【審査結果】

レイザーラモンRG:0票

横澤夏子:3票(お茶の間2票・清水1票)

三浦マイルド:8票(お茶の間1票・文枝2票・関根1票・ヒロミ2票・板尾2票)

サンシャイン池崎:10票(お茶の間3票・文枝1票・関根2票・清水2票・ヒロミ1票・板尾1票)

 

サンシャイン池崎がファイナルステージ進出。

 

【予選Bブロック】

「自然」。清純派女優のような衣装を身にまとったゆりやんが、自然と戯れながら一言ネタを淡々と繰り出していく。当人にまったく似つかわしくないシチュエーションで、毒舌混じりの一言ネタを繰り出していくスタイルは、彼女が「R-1ぐらんぷり2015」で披露していた『スピーチ』を彷彿とさせる。ただ、『スピーチ』に比べて、今回のネタは意外性という点で、やや印象が弱まってしまったように思う。『スピーチ』は、野暮ったいビジュアルのゆりやんが流暢に喋る英語の中に、しれっと日本語の一言ネタを織り交ぜるという、二重の構造になっていた。だが、今回のネタは、野暮ったいビジュアルのゆりやんが、清純派女優に扮して一言ネタを口にするというシンプルな構造になっている。かといって、肝心のネタが強まっているようでもない。以前と同様にキレ味は抜群だが、中盤から「ヤンキー」にターゲットを絞ったことで、本来の自由度を自ら押さえ込んでしまったような。社会から外れたヤンキーなんて、常識的な観点からいえば、ツッコミどころ満載で当然なのである。そこに独自の価値観で切り込んだとしても、如何せん意外性が足りない。ただ、最後の台詞には、なにかグッとくるものがあった。「人には人の、尿酸値」。

「なんとなくジブリのヒロインっぽい女の子が大阪に行ったら」。サンシャイン池崎と同様、ジブリの映画を前提としたネタだが、純朴な少女と大阪のディープな文化を掛け合わせることで笑いを生み出しているため、さほどジブリに詳しくなくても楽しめるように出来ている。それでいて、ジブリ映画を知っている人ならば、反射的に笑ってしまわざるを得ないシーンも多く引用されていて(「ナウシカ」「ラピュタ」「トトロ」「千と千尋」は確認できた)、いわゆる有名アニメをテーマにしたネタとしては満点に近い出来なのでは。バランス面でいえば、当初、大阪文化を感動という名のツッコミでディスっていた少女が、純朴過ぎてヤバいレベルの人間だと分かるようにすぐさま視点を切り替えたのも上手かった。このネタの軸は大阪ディスではなく、あくまでも大阪とジブリのヒロインっぽい女の子の対比なのである。それに加え、ありとあらゆる感情を封じ込めた棒読みの「ふしぎー」の、絶妙な三段階活用。お見事。

「歴史の授業」。代行で歴史の授業を受け持つことになった中学教師が「大化の改新」について教えようとするのだが、蘇我氏物部氏の争いに対し、全ての生徒が哀しい気持ちに包み込まれて……。とにかく「大化の改新を悲しむ」という着眼点が素晴らしい。いや、リアクションとしては、何も間違っていないのである。確かに、教科書の上で語られている歴史はどうも他人事で空々しいが、そこで起きているのは凄惨な事件だ。そこで人が人を殺し、人が人に殺されているのは事実なのである。本来ならば、そういう気持ちを大事にしていくべきなのである。だが、現実問題として、歴史上の事件を一つ一つ噛み締めていたら、授業はまったく先に進めない。だからこそ、ルシファー吉岡演じる歴史教師は、大化の改新で起きたことについて悲しむ生徒たちのことを否定せず、「もう少し歴史と距離を置こう!」と訴えかける。このバランス感がとてもいい。素敵だと思う。更に繰り出される「こんなんじゃ信長ンとこ耐えらんないよ!」もいい。素晴らしい。ただ、短い。あまりにも短い。気持ちは理解できる。コントの世界観を大事に、たっぷりと間合いを取る必要があったのだろう。だが、それにしても、展開が無さすぎる。この素晴らしい着眼点を、更に面白くさせてくれる展開があった筈なのだ。それが無いから、単なる説明で終わってしまっている。実に勿体無い。

「占い師」。アジア系のカード占い師に扮した紺野ぶるまが様々な人たちを占っていく。占われている人たちの持っている要素から導き出される偏見混じりの推察と、そこから芋づる式に引き出される更なる偏見が笑いを生み出しているコントである。こういうスタイルのネタは、根拠が曖昧でも言わんとしていることは理解できるというニュアンスを観客に伝える必要性があるのだが、紺野の場合、それを上手く成立させられていなかったように思えた。恐らく、二人目に占われたモデルのくだりで、他のネタよりも明確な根拠を示したことでネタの焦点がブレてしまったためだろう。或いは……先のルシファー吉岡が「優しすぎるが故の暴力性」を描いたコントを演じていたことを受けて、こういった偏見ネタが「古い」と認識されてしまったのかもしれない。とはいえ、細かい対称を細かい角度から切り込んでいく、そのとてつもない狭さは非常に面白かった。スチュワーデスを「背中が汚い」と切り込む強引さ。実に良かった。

【審査結果】

ゆりやんレトリィバァ:6票(お茶の間3票・文枝1票・ヒロミ1票・板尾1票)

石出奈々子:10票(お茶の間2票・関根2票・清水2票・ヒロミ2票・板尾2票)

ルシファー吉岡:5票(お茶の間1票・文枝2票・関根1票・清水1票)

紺野ぶるま:0票

 

石出奈々子がファイナルステージ進出。

 

【予選Cブロック】

「キャリアウーマン」。軽快なBGMとともに、ブルゾンちえみが独り身で働く孤独なウーマンたちに恋の秘訣を伝授する。リアルタイムで視聴しているときは、明らかに変な間が生まれてしまっていたことに引っ掛かってしまって途中から笑えなくなってしまったのだが、改めて鑑賞すると、そこまで悪い出来でもない。まあ、リアルタイムで引っ掛かってしまった時点で、ダメなのかもしれないが。恋に悩んでいる女性たちの疑問に対して、ブルゾンちえみがどれほど鋭角に切り込んだ回答を出せるかどうかが肝となっている。いわば、堺すすむの「なんでかフラメンコ」、オリエンタルラジオの「武勇伝」などと同傾向のネタといえるだろう。ただ、ブルゾンの場合は、ネタとネタの間に解説を設けているため、例に挙げた二組のように数をこなせない。そうなると、どうしても一つ一つのパンチ力を上げる必要があるのだが、その点において、やや中途半端な印象を受けた。特に最後の細胞のくだりは、もうちょっとなんとかならなかったのか。それと気になったのは、恐らくは定番のフレーズである「35億」を自主的にパロった「35画」を、何のフリもなく見せるくだり。これもやはり、知っている人ならばハマるのだろうが、知らない人にはやや不親切である。とはいえ、出来上がったフォーマットの中の自由度の高さからは、可能性を感じさせられる。今後の更なる進化に期待したい。あと、余談になるが、結果発表の時点でブルゾンが泣いてしまうくだりがあったが、恐らくは意図的ではないのだろうが、とても絶妙だと思えた。働く女性でも泣いてしまう瞬間がある、という演出に見えたからだ。その意味では、まったくブレていない。

  • マツモトクラブ

「駅のホーム」。駅のホームで電車を待っていると、反対側のホームに立っている会社では業務上の話しかしたことのない人が雪にテンションが上がってしまって、あまりにも素朴な質問を投げかけてくる。完成度という意味では完璧に近いのではないだろうか。シチュエーションの描写に重きを置いたコントだが、いい年の大人たちが駅のホームで子どものような話で盛り上がる情景はとてもコミカルで笑えるし、それでいて独特のペーソス感も心地良い。演出も絶妙で、傘を上に開いて中に溜めた雪を散らかすシーンは、そのあまりの美しさに涙が出そうになった。更に素晴らしかったのがアドリブだ。音声に合わせて演じるという制限のあるコントにも関わらず、先のレイザーラモンRGがネタにしていた「のぞみ、スルーするとこー!」とぶち込む凄さ! 唯一、引っ掛かるところがあるとすれば、声が遠ざかっていったはずの同僚がその場に残っているというオチの不自然さ。でも、それを考慮しても、十二分に評価されて然るべきコントであると断言できる。少なくとも、0点扱いを受けるようなコントではない。このネタをピン芸として評価できないならば、日本一のピン芸を決める大会なんて名乗(以下、流石に個人的な怒りが露わになり過ぎたので、自粛)

「絶対見せない de SHOW」。股間にお盆をあてがっているだけの全裸に近い状態にあるアキラ100%が、うっかりしたら股間が見えるかもしれないパフォーマンスを次々に披露していく。「股間が見えるかもしれないギリギリのパフォーマンス」というシンプルなテーマの大喜利によって構成されているショータイム。事実、よく考えられており、「城本クリニック」や「T.M.Revolution」の発想には笑った。ただ、その方法論はあまりにも古典的で(事実、BGMにはドリフで使用されている楽曲が採用されている)、笑えるのは笑えるのだが、今の時代に求められている笑いとして認めるのは少し違う気がしないでもない。近年、「M-1グランプリ」であれ、「キングオブコント」であれ、とにかく大衆に受け入れられる笑いを評価しようという傾向が強まっているが、比較的若手の芸人が参加していることの多い賞レースにおいて、安定感を求めようなどという後ろ向きな姿勢はあまり芳しいとは思えない。……と、アキラ100%とは関係のない話になってきた。マクラでしっかりと観客を安心させてからパフォーマンスを始めるところに熟練された技術を感じなくもなかったし、実際に笑えたのは事実だが、結果に納得は出来ない。

  • おいでやす小田(復活ステージ1位)

「ディナー後」。ディナーを終えた後、愛する彼女と軽い会話を交わそうとするのだが、彼女はちょっとした慣用句をいちいち真に受ける人で……。ちょっとした言葉の表現に対して真面目に食いついてくる彼女に疲弊する小田の姿を描いたコント。感性が一般的ではない人間に振り回されている……という意味では、予選Bブロックでのルシファー吉岡のコントに近いのかもしれない。ただ、じっくりと間を取っていたために設定の説明だけで終わってしまっていたルシファーに対し、こちらはとことん設定で提示された法則の上で転がり回っている。関東と関西の味付け方法の違いが、ここに表れているような気がしないでもない。また、法則性に踊らされるだけではなく、小田自身が彼女と繰り広げたい会話を一人で演じてしまうくだりと、彼女に呼ばれてウェイターがやってくるくだりが、アクセントとして良い効果を発揮している。特にオチは絶妙だ。ただ、会話のテンポがあまりにもリズミカル過ぎて、一人コントというよりも漫才を見ているような気分にさせられた。それが悪いというわけではないのだが、一人コントという手法を用いている以上、その手法ならではの面白さを見せてもらいたいような……ちょっと贅沢な要求だろうか。

【審査結果】

ブルゾンちえみ:5票(お茶の間3票・文枝1票・清水1票)

マツモトクラブ:0票

アキラ100%:9票(お茶の間2票・関根2票・清水2票・ヒロミ1票・板尾2票)

おいでやす小田:7票(お茶の間1票・文枝2票・関根1票・ヒロミ2票・板尾1票)

 

アキラ100%がファイナルステージ進出。

 

【ファイナルステージ】

「でっかい剣持ってる系男子あるある」。“サンシャインブレード”を手に持っているサンシャイン池崎が、でっかい剣持ってる系男子あるあるを披露する。先に披露される「でっかい剣持ってる系男子あるある」で生じる疑問点を、実演で解決するというフォーマットのショートコント。ある意味、予選Cブロックのブルゾンちえみが披露していたネタと同じつくりになっているのだが、ここで重要なのは、そのプロセスが破綻していて、とことん不条理に作られているところである。その点において、サンシャイン池崎の世界観は、完全にブッ飛んでいる。とりわけ三つ目のあるあるの唐突なオチには笑わせられた。……ただ、その不条理さが故に、敬遠されてしまったのかもしれない。

「なんとなくジブリのヒロインっぽい女の子の通販番組」。基本的には予選のネタと同じシステム。そこに『もののけ姫』を思わせるシリアストーンを組み込むことで差別化を図っている。少なくとも、その作戦だけに関しては、上手くいっていたように思う。ただ、そこから先の小ネタが芳しくない。はっきり書いてしまうと「ネックレスと一緒に売られる青い宝石」と「電話番号」のくだりである。どちらも、元となっている映画、元となっていうアニメスタジオに詳しい人じゃないと理解できないネタである。一本目のネタでは、詳しくは知らない人でも笑える内容になっていたのに、どうしてここにきて急に間口を狭めてきたのか。ネタの構成も一本目のようにドラマチックではなく、どうにもこうにも見劣りする。いっそ、まったく違ったスタイルのネタで、勝負に臨んだ方が良かったのかもしれない。

「絶対見せない de SHOW」。こちらも基本的には予選のネタと同じシステム。但し、Perfumeの『チョコレイト・ディスコ』とともに軽快に登場し、「お手玉」「雀牌を積む」と予選よりも難易度の高いパフォーマンスを見せ、更に「三代目J Soul Brothers」で意外性のある角度から魅了する演出を施し、「色の不思議」で知的に観客を驚かせる。ありとあらゆる面において、単なる御挨拶でしかなかった予選でのパフォーマンスを上回っている。ここまではっきりと違いを見せつけられれば、そりゃ予選のあのネタを評価する場であれば、そういう結果になってしまうのも必然というものである。

【審査結果】

サンシャイン池崎:5票(お茶の間2票・関根1票・清水1票・ヒロミ1票)

石出奈々子:2票(お茶の間1票・文枝1票)

アキラ100%:14票(お茶の間3票・文枝2票・関根2票・清水2票・ヒロミ2票・板尾3票)

 

R-1ぐらんぷり2017」王者はアキラ100%に決定。

 

【総評】

アキラ100%の優勝については、正直なところフクザツだ。

確かに、一本目も二本目も面白かった。面白かったのだが……釈然としない。その理由は、恐らく「パフォーマンスそのものにオリジナリティが感じられない」ためだろう。酒の席での宴会芸の延長線上にアキラ100%のパフォーマンスは位置している。では、誰にでも、彼のようなパフォーマンスが出来るのかというと、そうではない。身内の間ではそれなりにウケる可能性もあるが、大勢の観客を納得させられるほどの結果は生み出せないだろう。観客を安心させる落ち着いた喋り、大衆の目に耐えうる美しい肉体、パフォーマンスに昇華されている発想……これら全てが備わっているからこそ、アキラ100%のネタは笑えるのだ。

それが分かっているからこそ、私の心境はとてもフクザツなのである。面白かったけれど、評価したくないのである。なんというか……こういうパフォーマンスは、テレビの中で志村けんにやってもらいたいのである。放送コードを意識したパフォーマンスを、演芸が評価される場には持ち込まないで貰いたいのである。随分と偉そうなことを書いているとは思うが……。

せめて、予選で敗退した芸人たちに、なにかしらかの光が当たってくれればいいと思う。あと、せっかく優勝したのだから、アキラ100%には売れに売れてもらって、志村けんと共演してもらえると大変に喜ばしい。