年の瀬も、ぼやいていました。
働いて働いて働きぬいて
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月1日
休みたいとか遊びたいとか
そんなことお前いっぺんでも思うてみろ
そん時は そん時は 死ね
2025年の『新語・流行語大賞』年間大賞に、高市早苗首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が選ばれたというニュースを目にして、思い出した海援隊『母に捧げるバラード』の抜粋です。このくだり、現代の感覚で読んでみると、そのあまりの辛辣さに一周して笑いがこみ上げてくるので、日常でちょこちょこ引用しています。「明日、急な仕事が入ってきたわ。頑張って働かないと。働いて、働いて、働きぬいて……」というように使います。使うな。
アニメやドラマで頑張っている主人公に陰口をこぼすためだけに存在しているような人間にはなりたくないと、誰もが思っているはずなのに、何故だかそういう人間は何処にでもいるし、それは人間として生きるためには必要なことなんだという言い訳で塗り固めている
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月1日
SNSを眺めていると、完全にそっち側の立場を演じているとしか思えない人たちが発言されていて、驚かされることがあります。たまに自身の人生を「主人公のモブキャラ」と例える人がいますけれど(これもどうかと思います。撮影中の作品を失敗作みたいな扱いするバカ監督が何処にいるんだよ)、その感覚で発信されているのでしょうか。或いは、それはあくまで本編では描かれない特典映像のような側面でしかなくて、本編は本編としてSNSの外で撮影されているという感覚なのでしょうか。
最近、愚痴っぽいポストが減少しているのは、仕事終わりにアコギの練習をして(ジブリのソロギター本買った。それっぽい音が鳴るだけで楽しい)、休前日に肉食って、休日に飲みまくっているからかもしれません。いやM-1見ろや。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月1日
私事ですが、20年ぶりに新しいギターを買いました。今の時点では、酒を飲むよりも、お笑いを見るよりも、ギターを弾いている時間が一番楽しいです。でも、趣味というものは、また一周するものだと思っているので、これも一時的なモノなのでしょう。
他人に対する怒りの何割かは「私は〇〇することを許されなかった」という記憶が含まれている。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月2日
内容の是非に関わらず、ありとあらゆる他者に対する怒りには、過去に叱られてきた記憶が幾分か反映されているのではないか、という推察です。「だから他者を怒るべきではない」とかいう話ではないです。
YouTubeショートをだらだら見ていると、たまに『しくじり先生』の中山功太回が流れてくるんだけれど、なんかいつも異常にコメントが荒れてるのは何故なのか
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月2日
私は中山功太が『R-1ぐらんぷり』で優勝したネタのえげつないほどの悪意に打ちのめされた人間なので、彼がどんなに傍若無人なことを言おうと批判することは出来ません。そもそも対話できるタイプの人間じゃないだろう、とすら思っています。よく簡単に触りに行けるよな。
アニメ版が大ヒットとなって、実写映画化もされることになった『ルックバック』を見ていると、原作の公開当初に巻き起こった「公開されたタイミング」「あのキャラクターの描写」などに関する物議はどっかへ飛んでいったかのような気持ちにさせられそうになる
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月3日
本作で描写されているような人物による犯行だった京都アニメーション放火殺人事件から2年後に公開されたことが、当時は話題にあがっていました。「だから手放しに評価すべきではない」までは思いませんけれど、その辺りのネガティブな要素がバカデカ評価によって雲散霧消してしまいそうになっているのを見ると、安易に左右する大衆感情への恐怖感が膨らんできます。私もその一部ではあるのですが。
ちょっと前に「自分は90年代の「何者かにならなくてはならない」という思想に囚われている最後の世代かもしれない」という旨のポストを目にしたけれど、今の時代は逆に「何者でもない“自分”という存在を築き上げなくてはならない」という思想に囚われている気がしないでもない。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月3日
「なにかしらかのカテゴリーに属さないといけない」から「自分という存在を世間に売り出さないといけない」という考え方に移行した結果、個人が抱える負担がより大きくなったような。国民総個人事業主メンタル時代。
VTuber界隈全体を嫌っている人の気持ちがマジで分からない。かつて漫画やアニメを差別していた人たちの令和版って認識でいいやつ?
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月3日
私が見ているVTuberが基本的に個人勢(ぽんぽことピーナッツくん、富士葵、おめがシスターズ、ヘアピンまみれ、おむらいす食堂などなど)なので、こういった批判の俎上にあげられがちな企業勢とは一線を画している感はあります。もっとも、だとしたらVTuber全体を批判するような言い回しは違うんじゃないか、という気もしますけれど。
なんかもう今のSNSって失敗した人に切腹してもらわないと収まらない人ばっかりだ。江戸か。本当の意味で侍ジャパンか。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月3日
素敵じゃないか・吉野の結婚に対してオズワルド伊藤がX上で送ったリプライの内容が炎上、当の吉野氏や周囲の芸人仲間がフォローするコメントを書き込んでも火が収まらない様子を目にして。その矛先が自分に向けられる可能性を想像できない人が多すぎますね。
なんかを批判するときに「傷ついた」だの「悲しい」だの「落ち込んでる」だのという実際にはどうか知ったこっちゃない感情的な言葉を軸にするようなつぶやきは、あんまり信用したくない
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月3日
SNSだと嘘でもなんでも書き込めるので。
成績だけを見ると、復活後のM-1におけるポスト・笑い飯は完全に真空ジェシカになっているわけだけれど、このことについて吉本興業は何か感じていたりするのかしらんということをふと思った
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月4日
『M-1グランプリ2025』において、真空ジェシカが5年連続5回目の決勝進出を果たしたことを受けて。漫才に対するプライドが高い吉本興業が、この状況に対して何も思わないということはないだろうなあ、と思ったことをそのまま投稿しました。マジで「真空ジェシカ対策本部」みたいなのが立ち上げられていたら面白いですね。
昔のインターネットって、立場的に絶対に殴り返してこない人をおちょくって嘲笑し合う陽キャ憧れ仕草とか、センシティブなテーマを敢えてイジって笑い合うコミュニケーション不足に起因する幼稚な精神性とか、典型的な陰キャのお遊びみたいなのが中心にあった気がするけれど、→
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月4日
→最近のインターネットは、なんか陽キャにおちょくられた陰キャみたいにブチ切れまくっている人がメインストリームにいる感じがあるね。しかも、別におちょくられたわけでもないのに、勝手に被害妄想みたいなモンを膨らませて爆発しているような。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月4日
やっぱり、あの頃の教室に青春を置き去りにした人たちの場所だよなあ、と再認識したつぶやきです。
一之輔師匠の炎上、「元ポストでは触れられていない部分を脳内補正した人たちが勝手に行間を埋めて、その行間が埋められた状態で拡散されて炎上化」みたいな話らしい。こういう炎上、最近ちょっと多いですね。安楽椅子探偵気取りなのかしら。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月4日
こういう炎上に加担した人って、後で「実際は〇〇だったらしいよ」って言われると、なんか「そこまで書かないのが悪い」だの「だとしても良くない」だのと言って、強引に自己正当化に走る人が少なくないんだよな。「ああ、勘違いだったのか」って反省している人が可視化されてないからなんだろうけど。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月4日
こういう炎上が増えているのを見ると、セブンイレブンのコーヒーの機械にテプラ貼りまくってる画像とか笑えないよな。頭が高齢化してんのよ。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月5日
落語家の春風亭一之輔が「CAさんが俺の荷物のせいでギックリ腰になって、となりの席で休んでる」(全文)とポストしたところ、「CAさんに手伝わせるなんて最低」「重たい荷物の持込みはやめてほしい」などのような本文で触れられていない点を一方的に妄想した非難の声が寄せられたことについて、自分の中で導き出された結論。一から十まで説明書きしてもらわないと、勝手に押しちゃいけないスイッチを押しちゃうような人が増えたという事なんでしょう。分からなければ、そもそも押すな。
真っ当に主張を批判することが出来んから、過去の言動を引っ張り出して人間性を否定しようとするのだ。本来、主張と人間性は別問題であるにも関わらず。さも自分たちと意見の合わない者どもは悪人であるとでも言いたいかのように。みっともないったらありゃしない。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月7日
自身が進行役を務めるワイドショー番組において高市首相の言動を擁護するスタンスを取り続けている山里亮太について、芸人仲間の10年以上前の発言を引っ張り出して「どうやら過去に海外で良くない遊びをしていたらしい」と言及する人たちが現れたのを目にして。そういう陰湿なことばっかりやっているから、ノンポリからも距離を置かれるような現状に至っているということを、もっと自覚された方がよろしいかと。
ハライチ岩井氏の「絶対に許さない」、あのポストに対してこう立ち振る舞うところにこそ、氏の芸人としての旨味が詰まっているのに、氏のこの態度に対して反応している人たちが、この旨味をことごとく分かっていないのが残念でならない。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月7日
自身の服の写真を公開した岩井勇気のつぶやきに、「キモい服」「いかにも岩井らしいな」というリプを飛ばしてきたアカウントに対し、氏が「お前のことは絶対に特定することにした」「どんな手を使っても必ずに」とリアクションしたことを受けて。第三者からしてみればどうでもいいような言及に対して、ガチともネタとも捉えられるようなラインで反応するところに、ハライチ岩井という芸人の魅力が詰まっていると私は思っています。上手く言語化できませんが。
かつては芸能人が、昨今ではVTuberがよく言われている「遊んでいて金がもらえるんだから楽な仕事だよな」というやっかみ、浅墓だよなと毎回思う。「遊びで稼いだお金で生活費や光熱費や税金を支払う」って考えたら、途端に緊張感が走るのでオススメです。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月8日
それこそ近年は、ユーザーの増加に伴い、もらい事故としか思えないようなレベルの炎上が巻き起こって一気にファンが減少するという事態も起こりやすくなっているので、そのリスクはどんどん上がっているのではないでしょうか。なので、一般的な仕事と安易に比較していいものではないはずなのですが、どうも自分たちの仕事と目に見える作業量で安直に比較しようとする人が一定数存在しているようです。「だったらお前がやってみろよ」という話なのですが。
活動を開始する前の言動が掘り返されて話題になっているVTuberが地震で不安な気持ちになっているだろうファンに対して投げかけたポストに対して、「お前が大丈夫か」だの「お前も男の上で揺れてんじゃねえの」とかいうリプが飛んできているのを見かける。中学生かよ。バッカじゃねえの。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
百歩譲って普段のポストに対するリプならまだしも、災害に絡めたポストに対するリプというのが醜悪すぎる。状況に対する配慮よりも「コイツを傷つけたい」という欲望を優先させるバカって、そこそこ存在するんだな。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
VTuber絡みのポストが続きますね。個人的に、VTuberの中の人に言及するということは、着ぐるみの頭を外して「中に人が入ってんじゃん!」と言いながらゲラゲラ笑うのと同じようなことだという認識です。そんなことはみんな分かってるんですよ。分かったうえでエンタメとして楽しんでいるんですよ。それを「俺が虚構を暴いてやった」みたいにいわれましても……という話なんですよね。そんな下らない浅墓な快楽のために、ひとつのエンタメが死んでしまうかもしれないということについて、もうちょっと頭を使って考えた方が良いです。また、被災したファンに向けたポストに対して、それをやらかしているところが本当に最悪。現実で『はだかの王様』ごっこすんな。
20年前のアニメDVDのポスターに知ってか知らずか激昂する政治家と11年前に連載開始した漫画のキャラクターの態度を許せずに怒りを爆発させるオタクで構成された、地獄のような今日のXのおすすめ欄だった。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
「20年前のアニメDVDのポスター」は『苺ましまろ』の件、「11年前に連載開始した漫画のキャラクター」は『僕のヒーローアカデミア』の爆豪勝己の件です。後者について盛り上がるムーブは落ち着いたようですが、前者の件は現時点(12月12日)でまだまだ盛り上がっているようです。20年も前のポスターのイラストが公共物として適切であるか不適切であるかの議論に何の意味があるのか、私にはまったく分かりません。当時と今とでは既にコンプラ意識も大きく変わっているでしょうし。その議論の果てに何の実りがあるのでしょうか。
ダサくないか
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
ただでさえ「この国に漫才があってよかった」ってフレーズが、M-1の漫才=この国を代表する漫才であるかのような権威の獲得を目論んでいるように見えて、ダルいってのに。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
M-1で評価される漫才だけが漫才だけではないということだけは言っておきたいぜ
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
M-1の予告動画を見た感想です。ちょっとインバウンド向けっぽい映像だったのが、またたまらなくダサかったですね。ただ、これが髙比良くるまの『漫才過剰考察』での「海外に日本の漫才を売り出す」という提案を受けてのものだったとしたら……まあ、まだ分からなくもないかもな、とは思います。
やす子がやらかした(らしい)からって、もう既に自力で復活するところまで漕ぎ着けたカラフルスポブラ女の名前をいちいち出して「許されようとしている」とか言わなくていいんだよ、この風見鶏野郎どもが。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
くっだらねえし、つっまらねえような手垢まみれの言葉遊びをコピペしただけのバズ大喜利のお題になるためにみんな生きているわけじゃねえんだからな。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
むしろ、フワが自力で復活の糸口を掴み取ったことで、今度はそっちの尻馬に乗ってやろうと画策する連中が現れたのかもしれません。私は一貫してフワギャルですし、やす子のことはなんとも思っていませんが、こういう大衆の無責任ムーブはめちゃめちゃ嫌です。そんなだからチョコプラ松尾に「素人は……」って言われるんだよ。
山里亮太を批判するときに木村花の件を持ち出している人を見かける。「いや、でも、確かに炎上を招くような立ち回りはしたかもしれないけれど、そもそもの加害者は炎上に加担した無名の大衆で、あなたはその大衆側の人間ですよね?」という気持ちになる。知らんけど。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月9日
先の山里亮太氏に関するポストと同じ流れから。こういう本題とは無関係な話題で意見の合わない人のことを貶めるようなことをするから、政治について発信する芸能人が少ないんじゃないですかね。自分たちで自分たちの首を絞めてますよね。
この件、20年前のアニメDVDのポスターっていう部分がスルーされたまま、今もまだ「こんなポスターを掲示するのはいかがなものか?」という議論がなされている模様。不毛過ぎる。今のポスターの話をするなら分かるけど、20年前だよ? 掲示物の状況も更新されてるんじゃないの? https://t.co/H5v5219hWE
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月10日
結局、「この掲示物は掲示物として適切か?不適切か?」って、何の権限も知識も持ち合わせていない人たちが寄ってたかって審議会ごっこしてるだけなんだよな。そこで答えが出たとしても何の意味もない。なぜなら20年前の掲示物だから。20年前の判断基準で貼り出された掲示物だから。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月10日
ていうか、そもそも論として、こういった掲示物を目にする機会が多いのって都市部だけだよね。車移動中心の田舎社会の人間の目には入らないのよね。だから、なんていうか、その…すっごい他人事にしか見えないのよね、こういう掲示物に関する議論って。「この話って、なんか意味あるんすか?」ぐらいに
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月10日
思い返してみると、都市部って広告物の量が異常なんですよね。ことによると、日常的に電車を利用している都会暮らしの人たちですら、こうやって粒立てて取り上げられないと、この広告に気付けなかったんじゃないですかね。
漫画やアニメの広告を批判するとき、ちゃんと漫画やアニメが評価されている理由についても考慮しておかないと、広告批判を大義名分としているだけで中身は平凡な漫画・アニメ批判、みたいになっちまいませんかね
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月10日
広告が問題視されるのは「公共の場に相応しいか否か」という視点によるものなので、批判の対象となるべきは、是であれ非であれその絵を広告に使用することに決めた会社であるべきなのに、何故か作者・作品・視聴者が糾弾の対象にスライドされていく
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月11日
例えば、俺は「プレモル子ちゃん」のCMが本当に心底嫌い(配役が変、原作へのリスペクトが無さすぎ、コンプラ意識も欠けている)、なんだけれど、その評価が商品であるプレミアムモルツに向けられることはない。あくまで悪いのは広告。でも漫画の場合、広告のイラストと距離が近いせいなのか、
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月11日
広告から作品そのものへの批判に繋がりやすい。でも、そういう広告と原作をごちゃまぜにして批判するのであれば、絵だけに捉われず、本来の原作が描いていることにも思いを馳せるべきではないか、と個人的には思います。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月11日
あと、漫画の広告批判に対してオタク(というか読者)が怒るのは、彼らにとってそれは単なるイラストではなく、作品世界の魅力を思い出させる装置として機能しているからなんじゃないか、と。それを「エロだから良くない」と批判されることに、作品への無理解を感じるのではないか、と。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月11日
これも『苺ましまろ』の広告についてのポストですね。別に読者でもなんでもないんですが、固執していますね。おそらく、東京五輪のときに、小林賢太郎が20年以上前のコントの台詞を取り上げられて、開会式の演出担当を下ろされた件に対して、未だにブチ切れていることが大きいのではないかと思われます。20年前の空気感に対する考察もせずに、現代の感覚だけで批判してこき下ろすような行為は、今の時代を生きているだけで偉くもなんともない無配慮なバカ野郎どもの傲慢な態度でしかありません。……話が逸れましたね。実際、『苺ましまろ』の広告批判において、作中のワンシーンをスクショして「こんな(パンチラ)シーンがある」と擁護派に反論している人を見かけたので、漫画広告と漫画作品の距離は近い(或いは近いと感じている)人は少なくないのではないでしょうか。なら、やっぱり、ちゃんと作品そのものを読んで評価すべきです。そもそも、その広告にしたって、作品と読者の間に培われてきた信頼関係(売上)の果てに出されたものでしょうから。
にぼしいわしがTHE Wで優勝したときの漫才はちゃんとサイコーだったので、その上でナメてる人は、どこぞのラーメンハゲの言い回しを借りるなら、ネタじゃなくて情報で笑ってる
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月14日
「M-1の決勝に行けてない=面白くないのでは?」という旨の引用RPをいただきましたが、そういうネタの評価軸を他所に担保する考え方のことを、まさに「ネタじゃなくて情報で笑ってる」と言っております。 https://t.co/xTsxKt7Ax9
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月14日
『THE W』決勝で演じられたネタに対し、審査員を務めた粗品の厳しい評価の尻馬に乗っかって出場者たちのネタを非難する流れの中で、今大会のファイナリストたちのM-1での戦績を引き合いに出して「『THE W』は『M-1』よりも低レベル」と話しているアカウントを見かけて、思ったことです。「『THE W』は『M-1』よりも低レベル」と評価するのは個人の勝手ですが、その根拠として『M-1』での彼女たちの結果を引っ張ってくるのは、『M-1』の審査を絶対的に正しいと思い込みすぎているのではないかと。ていうかネタの話をするときぐらい、ちゃんと自分の感想を喋ろよクソ野郎ども、ぐらいのことは思いましたね。粗品が今後の『THE W』の発展を見据えて、本腰を入れて審査員を務めたことも理解できない連中ばっかりだ。
正直なところ、粗品に背負わせ過ぎというか、これまでお笑い批評の発展を「そんなもんは必要ない」と断じてきた結果として、芸人として結果を出して自身の信じる笑いの理論武装も出来上がっている粗品の発言に何も言えなくなっちゃう現状があるんとちゃうんかって気持ちはある
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月15日
粗品の審査員としての振る舞いに対する批判が寄せられている様子を眺めていて、思ったことです。粗品のことをやたらと恐れている先輩芸人たちの姿を思い浮かべながら、こんなことをポロッとこぼしてしまいました。
インスタのショート動画とか見てると、国内国外関係無くエロ絡みのネタがバンバン流れてくるので、漫画のキャラクターデザインとか広告とかよりもそっちを心配した方がええんでないかって気がしないでもない
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月17日
私のように性に対する好奇心が今でも止まらない人間には有り難い存在ではあるのですが、それでも内容の下品さにドン引きしてしまうこともあるので、そういうのがゾーニングされずに流れてくるのはどうなんだろうって気持ちはあります。エロスを求めてそういったサイトを見に行きたい気持ちは否定しませんけれど、それ以外のコンテンツも豊富なサービスにおいて、不意に投げ込まれる過剰なエロスはちょっとメリハリがなくなりそうで不穏です。
フィンランドのつり目の件。差別どうのこうのというより、そもそもつり目をアジア人に対する差別的なポーズってこと自体がローカルの話という感覚があって、「しょーもない内輪ネタで絡んでくるな、けったくそわるい」という気持ちが強い。とりあえず皆でモンティパイソンでも聴くべ。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月17日
どちらの芸が上か明確に決めなくてはならない重責を担う審査員の審査基準と、何の責任もなく自分の中で自由にどの芸人のことを面白いと感じられたか決められる(そもそも決める必要もない)一般人の戯言を、一緒くたに考えることに何の意味があるのか
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月17日
これも『THE W』における粗品に絡めたつぶやきです。
「おすすめ」に実在するYouTuberをシェイクしたジュースを飲む漫画が流れてきたんだけれど、こういうののラインってどうなってるんですかね。ナンセンスギャグだったらアリなんですかね。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月17日
X(というかネットカルチャー)的に、こういう漫画がウケる土壌があるっていうのは分かるけれど、活動名をそのまま表記してジュースにしてるっていうのはけっこう危ういラインじゃないんですかね。そこそこヘイト買ってるイメージがある人ですし。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月17日
倫理観に欠けるマンガはサブカルチャー界隈では割とウケていた印象がありますが(それこそヴィレッジヴァンガードみたいなところで売られているイメージ)、そういう作品が色んな人の目に留まる場で公開され、割と拡散されているという状況はちょっとおっかないものを感じます。有名税みたいなものなのかもしれませんが、もはやYouTuberもそのカテゴリーに突っ込んでいいのだとしたら、そのうちアルファツイッタラー(懐かしい響き)とかも対象となりそうで、そうなるとボーダーラインはいよいよあやふやに……。
つぶやきがバズり始めると、これまで一度も関わり合いのない人がタメ口でリプやRPを飛ばしてくることがありますが、それに対する私の思いをここに置いておきますね。参考にしてください。https://t.co/LHxA7PJIM6
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月17日
こういう人のうちの何人かは、こちらの文意を正しく理解していないままに当のつぶやきに対して批判的な態度を取ることがあり、「そうじゃないですよ」と対応したとしても、ご自身でも何に納得できていないのかまとまっていないのか、あんまり上手にコミュニケーションを取ることが出来ないことも少なくないので、そこそこ厄介です。まあ、きちんとコミュニケーションを取れる人は、そもそもタメ口で突っかかってくることはないでしょうが。
よく知らないけれど、三宅香帆氏に対するヘイトがうっすら高まっているようなふいんき
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月17日
きっかけは存じ上げませんが、うっすらと「三宅氏のことは雑におちょくってもいい」という空気が醸成され始めている感覚を覚えました。ネットはちょっとでもその流れが加速すると、一気にヤバいところまで行き切ってしまうからおっかないですね。
インターネットカルチャーには「2ちゃんねるの書き込み」「ニコニコ動画のコメント」のような匿名性が根付いていて、故に表立っては言えないようなことを自由に書き込める環境であるという共通意識が、→
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月18日
SNSを通じて個々人が表現を発信することが主流になった今の時代においても、うっすらと「理由はどうあれ出る杭は打たれても仕方がないものである」というような空気感を形作っているんじゃないか、ってなことをふと思った。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月18日
この考え方が根っこにあるから、ネットユーザーは自身が起こした炎上案件に関しても、常に他責的なスタンスを取り続けてしまうのではないか、と思ったことです。
『ちびまる子ちゃん』新主題歌をAdoが担当というニュースを受けて、「原作のまる子なら顔出ししないAdoをブスと想像するはず」みたいな絵を載せている人を見かけ、私の心のまる子が「やだねえこの人は、野暮な人だねえ」と苦笑している
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月19日
こういう「登場人物が言いそうなセリフ」として「実在の人物に対する侮辱的なニュアンスを含んだことを言わせてみる」手法、「あくまで登場人物が言いそうなことを言わせているだけで、そこの描いた人の意思は反映されていない」って言い逃れが出来そうで、ちょっと嫌なんだよな
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月19日
この件でいうと、「Adoのことをブスって思っているのは、この絵を描いたお前自身だろ!」と言及しても、「あくまでまる子がそういうことを言いそうだと思ったから描いただけ」って開き直りが出来そうなのよね。じゃあ許されるべき…とはならないけどな。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月19日
この件がややこしいのは、まる子の解像度がちょっとだけ高いところ。解像度が高いので「確かに、まる子ならそれぐらいのことは言いそう」という共感を得ることが出来るわけですが、それ故に「顔出ししていないAdoをブスと想像する」という当事者の気持ちに配慮していないイヤな悪口が見過ごされてしまうところがあって、実にややこしいというか、なんとも面倒臭いというか。
多様性を認めるということは、ただそれをエンタメとして消費することとは違うんじゃなかろうか。そうじゃなければ同性愛をテーマにしたエンタメを"禁断の愛"なんて表現はしないんじゃなかろうか。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月20日
「同性愛や獣姦を性的に消費する日本は多様性社会だ」とでもいうような主張をしている漫画の一コマが持ち上げられているのを見かけて。それこそ“現実と虚構の区別がついていない”といえるのではないでしょうか。
自分がさんざっぱらそういう経験をしてきたからいうんですけど、他人のアカウントにリプや引用リポストを送るときは、ちゃんと相手のつぶやきに呼応する内容かどうか冷静に確認してから送った方が良いですよ。自分の頭の中で考えすぎて飛躍した言葉を送り付けても、届かないところか不快に思われますよ
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月21日
あなたの頭の中で考えて導き出した結論の経緯を相手は知りません。その経緯をちゃんと伝えないと伝わりません。なのに、リプを送り付けたい気持ちが先走りすぎて、何も考えずに送り付けて、「なんやこいつ」と距離を置かれることになります。相手に伝わることを第一に目から血ぃ出るくらい考えろ
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月21日
お前が相手から距離を置かれているのは、お前のリプに反論できないからじゃない。お前の言っていることが分からなくて、そのことに頭を使いたくないから反応しないんだ。お前のことはそもそも眼中にないんだ。不戦敗なんだ。それを反省しないと、お前はいつまでも負けっぱなしの人生だ。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月21日
M-1絡みのポストをしたところ、そういったニュアンスのリプやRPが送り付けられ、うんざりしていたところで吐き出されたぼやきです。恥も外聞もない。
アーカイブを淡々と残し続けてくれる人のことを、もっと有り難がらないといけないよ。読者なら。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月26日
毎年、一年分のバラエティ番組における個人的名言ランキングをまとめている『ヨイ☆ナガメ』の管理人であるK助氏のつぶやきに対して、ダルい反応が来ているらしいという話を見かけて。年を重ねるごとに、本来ならばインターネットでは嫌われ者になるはずの「相手に対する距離感の分かってないバカ」が増えているような気がします。
『水曜日のダウンタウン』での「名探偵津田」で霜降り明星・せいやのワイプコメントが分からなくて炎上、みたいなの見かけたんですけども、年末にもっとやることないんかみんな
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月30日
よくよく見たら「せいやのコメントうるさい」だった。そんなん感じなかったけど、そういう人もいてはるんやなあ
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月30日
ざっくり調べたところ、せいやがツッコミを入れるときに「オラキオ」や「ですよ。」などの名前を出したことに対して、「誰のことを言っているのか分からない」と炎上しているらしい。『名探偵津田』がコンテンツとして独り歩きし始めているようで、なんだかとても興味深いですね。(ただ単にバラエティの文脈に追いつけない老人が愚痴っているだけのような気もしますが)
能楽堂の件。むしろ、一般の人に能の魅力を伝えるための「能楽ふれあい体験」みたいなイベント“にも”使われている多目的ホールのことを、プロの能楽師がよく知らないで批判していたってことなのか?
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月30日
ヘンな日本語になっていたな。「~ことなのか?という点の方が引っかかる」とまで書くべきところが抜けていた。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月30日
石破茂と小長啓一による特別対談の様子が撮影された画像に対して、ある能楽師が「本格的な檜舞台に土足で上がり、重い家具調の椅子に座るのは、能楽の伝統に対する冒涜」と指摘した件について。後に、対談の場として使われていたのは、岡山県の放送局「RSKテレビ」内にある「能楽堂ホールtenjin9」という多目的ホールだったことが明らかになりました。反射的にリプライすることの危うさがよく分かる一件でしたね。
吉田豪に対して不用意に突っ込んでいく人がたびたび現れるけれど、なんでそんな準備不足で突っ込んでいけるのかが毎回不思議
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月31日
バカがバカであることの言い訳として「いちいち相手のことなんか調べてない」みたいなことを言うことがあるけれど、吉田豪レベルなら流石にそれはもう通用しないんじゃないか
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月31日
吉田豪自身が発言していないことを「確かにあなたはそう言った。私はそれを聞いた」と追及している人が、最終的に「すいません。言ってませんでした」と謝罪しているところを目にして。厳密にいうと、言及された吉田豪が「そんなことは言ってないですよ」と突っ込んでいったカタチなので、ちょっと元ポストの感じだとニュアンスが違いますね。
枯れゆく花がそれでも生きようともがいているような、そんなユーミンのおどりゃクソボケこんちくしょうめなド迫力
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月31日
これを嘲笑うことなんて俺には出来ない。自分みたいなしみったれは、こんな風に醜く足掻くこともなく、ただ誰の心にも残ることなく死んでいくだろうからだ。
— すが家しのぶ(B面) (@Sugaya03) 2025年12月31日
『紅白歌合戦』における松任谷由実のパフォーマンスを見ながら感じていたことです。「もうユーミンも声出てないじゃん」のような浅墓な悪口で処理することの出来ない、異様な熱を個人的には感じました。
2025年は以上です。2026年もぼやくかどうかは、ちょっと分かりません。