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さあ、水道の蛇口を開け。

義憤が欺瞞だったときにすべきことは『小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相』(中原一歩)

東京2020オリンピック・パラリンピック大会】開会式・閉会式のクリエイティブチームのメンバーに選ばれたミュージシャン・小山田圭吾氏が、二十年以上前の雑誌に掲載された自身のイジメ行為について語っているインタビュー記事をきっかけに巻き起こったネット炎上を受けて、辞任へと追い込まれるまでの経緯を洗い直したルポルタージュである。

炎上時の小山田サイドの切迫した空気感をリアルに切り出し、記事で語られているようなイジメが実際に行われていたのかを小山田本人や当時の同級生たちに取材し、問題のインタビュー記事が生まれてしまった要因について当時の小山田や社会の状況について考慮した上で分析した、かなり至れり尽くせりな内容となっている。

ただ、正直なところ、同じような内容のくだりを何度も何度も繰り返していたり、状況証拠を確たる証拠であるかのように決めつけていたり、ルポルタージュ本としてはやや詰めが甘いように感じられるところも幾つか見受けられた。とはいえ、当時の東京五輪に対するSNSやメディアの激しいバッシングは今でも記憶に残っており、その異様な熱気を正確に記録しているというだけでも十二分に価値がある一冊といえるだろう。

(ひとつ、不満があるとすれば、小山田氏が実際にイジメを行っていたのかについて、ここでは書けないということである。なにせ本書の核心に当たる部分なので、それについて書いてしまうとネタバレになってしまう。だが、それ故に、小山田氏のことを今でも「酷いイジメをしていながら、のこのこ生きさらばえているミュージシャン」として認識している人も少なくないのではないか、という気もする。そして、そういう人はきっと、今後も本書を手に取ることはないだろう。これこそが今のネット炎上の最大の問題だと個人的には思う)

読書中に最も感じたのは、筆者によるメディアへの憤りである。そもそも本書が書かれるきっかけとなったのは、当時の報道記事における事実誤認だった。原典に当たる雑誌に記載されていない言葉が、平然と記述されている。そもそも原典の記事そのものに対して、小山田が「事実と異なる内容も多く記載されております」と主張していたにもかかわらず、その事実関係が確認されていない。この違和感が筆者を突き動かし、小山田や当時の同級生への取材に走らせたのである。

後半、筆者のメディアに対する憤りは、炎上のきっかけとなったインタビュー記事を手掛け、現在は『ロッキング・オン・ジャパン』編集長を務めている山崎洋一郎氏へと向けられている。そのため、本書を読み終えた読者の中には、山崎氏に対して強い怒りを感じている人も少なくないようだ。個人的にも「あまりにも小山田を突き放し過ぎている」「無責任ではないか」と感じた。

だが、当時よりも激しいネット炎上が巻き起こっている昨今の事象を見ている身としては、山崎氏を含むメディアばかりを悪役にしている場合ではないのではないか、とも思う。確かにメディアは無責任である。ネットで巻き起こっている騒動を「ネットで話題」などという文言で取り上げて、独自の取材をせずに投げっぱなしにすることも少なくない。だが、そもそものきっかけは炎上なのである。匿名のユーザーが飛びついて、感情的に拡散して、無責任にケツも拭かずに去っていく……のに、時には人が死んでしまうような事象を起こしているのは、あくまでも大衆なのである。

終盤、小山田はネット炎上について、次のように語っている。

「いまはまだ、ネットを通じたコミュニケーションについて、世界中が学習している途中なのだと思います」

「炎上の背景・理由について、客観的にしっかりと検証するメディアも、なかには出てきてはいる。そういったことが積み重なっていくことで、今後、「炎上ってやっぱり何かおかしいよね」という社会的なコンセンサスが、徐々に構築されていくのではないでしょうか」

なんと希望に満ちた優しい予測だろう。

だが、今の時代は、果たしてそのように動いているのだろうか。昨年、小山田と同様、自らが批判されるきっかけを作ってしまったとはいえ、激しいバッシングを受けて芸能界から追放されるような扱いを受けてしまったカラフルスポブラ女のことを思うと、あんまり状況は改善されていないような気がしてならない(一緒にすべきではない、との意見もあるだろうが、個人的に思い出したので書いた)。

……ところで、万博はどんな感じなのでしょうかね。どうでもええけど。