白昼夢の視聴覚室

犬も食わない

衣替えブルース

衣替えの季節を迎えるたびに、直面せざるを得ない課題がある。着ていない服を捨てるか否かの判断である。着ている服と着ていない服を選別すること自体は取り立てて難しい作業ではない。毎年のように着ている服のことはちゃんと覚えているし、ここ数年のうちに着た記憶のない服のこともしっかりと記憶している。問題は、着ていない服を捨ててしまうか、いつか着るかもしれないからという理由で捨てずに保管しておくか、この判断にある。否、これもまた答えは決まっている。きっと着ることはないのだ。着たとしても、ちょっとした気まぐれにクローゼットから取り出して、一日か二日ほど来たところで、やっぱり微妙だと思いながら洗濯籠に放り込むことになるのは目に見えている。しかし、ならばこのタイミングで捨ててしまおう、という判断が出来ない。着ていない服には、着た記憶はないのに、購入したときの記憶がうっすらと残っているからだ。購入したときの「たまにはこういう服を買ってみようかしらん」と心を躍らせていたことを覚えてしまっているからだ。仕方のないことである。着ていない服には、着ていないが故に、購入時の記憶以降の思い出がろくに更新されていない。だから惜しい。捨てられない。結果、我が家のクローゼットには、毎日のように着ていて薄汚れてしまった服とほぼ新品なのにほんのりと古びている服とが同居してしまっている。古い服たちとの別れを告げる責任を未来の自分に押し付けている。このままではいけない。今年こそ、その責任を背負い込まなくては。……そう思いながらも、またそっとクローゼットの中身を見て見ぬふりして、今年を乗り過ごそうとしているのであった。……ひょっとしたら、近い将来に「汚れてもいい服を着てきてください」的なイベントが発生する可能性が、あるかもしれないし……うん。