匿名の質問を受け取るサービスを利用していると、たまに「もしも芸人になっていたとしたら……」系の質問をいただくことがある。大変に恐れ多い。確かに、ネタ番組を熱心に見ていた十代・二十代のころは、芸人として活動している自らを夢想することもあったが、アラフォーと呼ばれる年齢になり、芸人という職業が抱えるプレッシャーやストレスについて一定の認識が出来るようになった今、その質問に答えることそのものが恐れ多いと感じてしまう。かつて“お笑い評論家”と名乗り、芸人に関する文章を依頼されて書いていたものの、界隈の中ですらさして知られていなかったころの私にさえ、何処の馬の骨とも分からない人間から切って抜いて貼ったような浅墓なくせに居丈高なダメ出しを受けていたのである。舞台に立ち、観客に評価され、数多の人たちの視線を受け止める芸人がどれほど凄まじく理不尽な目に合わされているか、想像に難くない。そもそも当たり前のように舞台に立てている時点で凄い。以前、興味本位でR-1の予選に出場したことがあったのだが、「参加することに意義がある」と思いながらも、それなりの台本を準備してきたにもかかわらず、いざ舞台の上に立ってみると、その凄まじい緊張感に飲み込まれてしまって、完全にネタが飛んでしまった。プロの芸人は、そんな経験を幾度も積み重ねているのである。とても容易に真似の出来るものではない。もっとも、だからといって、芸人のネタについて批評してはいけない……とは思わない。映画が作られるまでの苦難に満ちた制作過程が映画作品そのものの評価を底上げすることはないように、その芸人として積み上げてきた苦労が芸人のネタについての評価を底上げすることはない。表現者としての芸人に対する敬意と、表現されているネタに対する評価は、まったく別モノとして切り分けなくてはならない。しかし、そうなると、「芸人に対する敬意を本当に持っているのですか?」と勘繰られるようになるからややこしい。あるよ。あるよ、あるある。ただ、そもそも敬意というあやふやな物差しでこちらを測ろうとする行為が、個人的には気に入らない。こちとら敬意を証明するために人生を送っているわけではないのだ……と、なにやら本題とは無関係な話に展開し始めたので、この辺りで切る。ともあれ、芸人は凄い。舞台に上がって、観客たちの目前に立って、自分たちの面白いと思っていることを表現し続けていることが凄い。その凄さを観客に気付かせないように出来るところが凄い。大変な稼業である。とても私には出来そうにない。そういう感覚は持っていますよ、という話。