白昼夢の視聴覚室

犬も食わない

矢野顕子は二度驚かす。

BSで放送されるミュージシャンの特番が大好きで、ちょっと気になるアーティストが特集されているときには必ず録画するという時期があった。そこで、いつだったか忘れてしまったが、矢野顕子が取り上げられたことがあった。当時の私は別に矢野の音楽に対して興味を抱いていなかったのだが、どういう気まぐれか録画していたのである。

番組の本編は矢野のライブでの弾き語り映像で幕を開けた。曲は『GO GIRL』。1999年にリリースされたオリジナルアルバムのタイトルチューンである。「♪ここにいてもしょうがない なにも変わらない」という歌い出しのメロディに、すぐさまハートを撃ち抜かれた。番組では歌い出しの映像しか放送されなかったので、すぐさま原曲を聴くためにアルバムを買い求めた。この原曲もまた、たまらなかった。他人の意見など振り払って、愛する人と二人で生きていくことを強く表明した、人生の戦いのラブソング。それをドライブに例えて軽やかに歌い上げる矢野顕子というアーティストの才能。これはスゴい人だと気付かされた私は、それから矢野のアルバムをじんわりと追いかけるようになったのであった。

そして、およそ15年の月日が流れた。2014年。この年、リリースされたオリジナルアルバムを聴いた私は、当時と同じぐらいの衝撃を受けることになる。

アルバムのタイトルチューン『飛ばしていくよ』。誰にも合わせず、他人を気にせず、自らの心のために、自らの心の中にあるNegativenessを突き飛ばして全力で生きることを肯定した、自由への第一歩を促す人生賛歌。『GO GIRL』で愛する人と生きることを強く歌っていた矢野が、この曲では自分自身の人生のために生きることを歌っている。かつて愛する人と全力で生きていくことを歌っていた矢野が、「♪この心だれのもの、わたしだけのものでしょ」と断言して歌っている。その明確な意識の変化に私は驚かされたのである。人間は一筋縄ではない。人生とともに考え方も変化する。そんな当たり前のことに気付かされたのでありました。かしこ。