白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

『新婚のいろはさん』の距離感にドキドキする。

無料でマンガを読めるサイト(違法ではない)を利用していると、品のないコメントに遭遇することがある。例えば、作品内に登場する女性キャラクターが、ちょっと胸のサイズを強調した衣服を身に付けていたり、衣服の隙間から胸を見せつけるような姿勢を取っていたりするような描写があると、本編の文脈とは無関係に、「でかい」だの「エッ!!!(「エロい」のネットスラング)」だの「〇いてもらいたい」だのというようなコメントが書き込まれていたりする。分かりやすく下品である。

もっとも、それらのコメントを書き込んでいる人間が、それらの描写に対して本当に性的興奮を覚えているとは限らない。エロティシズムに対する日本人の後ろめたさは、匿名による無作法な書き込みで培われてきたインターネットカルチャーの間においても、さほど失われていないように私は感じている。そうでなければ、判で押したように同じような文言を誰もが繰り返して利用することはないだろう。これはいわば、「そういう描写にはそういうコメントをして、場を盛り上げるものである」という、ある種の通例儀式なのである。花火大会における「たまや!」「かぎや!」、歌舞伎における「成田屋!」のような、掛け声のようなものだ。

そこに悪意はない。害もない。マンガのキャラクターに向けた言葉なので、実社会における被害者も存在しない。それは理解している。理解してはいるのだが、そういったコメントを何度も何度も目にしていると、じんわりと興が削がれていくのを感じてしまう。そのコメントの意図をどれほど汲み取ろうとも、書き込まれている言葉の意味するところは対象作品を性的にしか捉えていないこと以上でも以下でもないので、思考回路の埒外で「作品本来の魅力は別のところにあるはずなのに、その本質を見ないで、表面的なエロい要素だけが評価されている」という感覚を覚えてしまうためだろう。どれほど軽く受け流しても、それは呪詛のように身体の中に蓄積されていく。

……と、そのように私は考えているので、エロティシズムをあからさまに前面に押し出している作品でもないかぎりは、あまり「エロい!」というようなことは口外しないようにしているのだが(無自覚に使っている可能性はある)、今回の記事ではその禁を破る。何故ならば、今回は新刊が出るたびに「エロい!これはエロい!」と思ってしまう作品の話をしたいからだ。OYSTERの『新婚のいろはさん』である。

『新婚のいろはさん』は、軒並ライジというペンネームで活動している漫画家・新妻始と妻・彩葉の二人を主人公とした四コママンガだ。交際期間が皆無に等しい状態で結婚に踏み切った二人が、日常の様々な出来事を通じて理解を深め合う姿が描かれている。2016年から『まんがタウン』にて連載を開始、単行本が第七巻まで発売されている。

夫婦を主体とした作品といえば、おおよそ「日々の生活をコミカルに描いた日常モノ」と「夜の営みを中心とした日常モノ」に分けられるように思う。前者では「夫婦という名の共同体の有様」、後者では「夫婦という名の異性交際の豊潤」が描かれている。『新婚のいろはさん』は当初、前者を主に描いた作品だった。そうめんの調理に一喜一憂したり、大きなサービスエリアではしゃいだり、無機質な壁に掛けるものを試行錯誤したり……ありきたりな日常のワンシーンを、ちょっと視野を広げてみたり、ちょっと深めに掘り下げたりすることで、新たな面白さを発見させてくれる作品だったのである。

ところが、ある時期を境に、二人の距離がぐんぐん縮まり始めたのである。夫婦なのであるから当然だろうと思われるかもしれない。だが、タイトルにもあるように、二人は新婚。夫婦という関係性でありながらも、明らかに「イチャイチャ」するシーンでもないかぎり、当初は一定の距離感を保っていたのである。それなのに、およそ第五巻あたりから、二人の距離は明らかに縮まっている。なんでもない日常会話を、ぴったりとくっついた状態で繰り広げている。連載開始当初から読み続けていた身としては、なんだかドキドキしてしまう。前者から後者に!後者になっちゃう!

 

(第五巻収録「動物園に行こう」より引用)

 

それにしても、これほど夫婦の家庭内におけるパーソナルスペースを超越した距離感を明確に描いた作品というのも、ちょっと珍しいような気がする。思い返してみると、夫婦の共同体としての強固さの描写は、会話によるコミュニケーションで行われることが多い。いわゆるところの「ツー」といえば「カー」が描かれている。だが、『新婚のいろはさん』は、言葉だけではなく絵でもって可視化、夫婦のつながりの強さを描いているのである。そして偶発的に生じる、日常と性の狭間がもたらす生々しさ。うーん、エロい!エロス!

ちなみに、OYSTERは『男爵校長』『光の大社員』『毎週火曜はチューズデイ!』など、ナンセンスなギャグと集中線を駆使したツッコミの応酬が爆発的な面白さを生み出す素晴らしい四コマ漫画家なので、興味のある方はそれら他作品もお読みいただけると幸いです(「エロい!」と書いたことにうっすら罪悪感を覚えたので宣伝!)