白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

『正反対な君と僕』の平が救われる日を待っている。

少年ジャンプ+で連載中の『正反対な君と僕』という漫画が好きで、更新されるたびにチェックしている。

見た目は派手だが他人と意見を合わせてしまいがちなギャルの鈴木と、地味で物静かだが自分の意見をしっかりと持っているメガネ男子の谷の、高校生同士の男女交際を描いた、いわゆるラブコメと呼ばれるジャンルの作品である。

昨今、多くの人気ラブコメがそうであるように、ドラマチックな展開を描くために意図的に組み込まれている不愉快なストーリーやキャラクター表現が皆無で、さほどストレスを感じることなく読み進められるのが有り難い。無論、不愉快表現を取り入れた漫画作品の需要もあるのだろうが(そういう作品の広告もよく見かける)、正直なところ私はあまり好きではない。以前から、そういう気質ではあったのだが、加齢とともにじわりじわりと苦手意識が強まっている。人生経験を積み重ねてきたことで、他人の人生の解像度も向上し、明らかにそういう役割を与えられているだけのキャラクターの人生にさえも思いを馳せるようになってしまったからだろうか。

この『正反対な君と僕』の登場人物に、平という男がいる。鈴木の仲良しグループの一員なのだが、メンバーに対する視線はいつも冷静で、常に第三者としてツッコミ役のスタンスを保っている。というのも、平は中学生のころは地味で目立たない学生だったのだが、高校に入学すると同時に鈴木たちの派手なグループと繋がりを持つようになった、いわゆる“高校デビュー”を果たした人間なのである。それ故に、平はいつも彼らとは一線を引きながら、しかし共に日々を過ごしている。その振る舞いは、外様、部外者、門外漢そのものである。

本編第四話【ヒエラルキー】では、そんな平の視点から鈴木と谷の関係性を切り取ったエピソードが描かれている(コミックス第一巻収録)。当初、同じグループの女性たちのことを「相手をヒエラルキーで選んでんだろ」と決めつけていた平は、鈴木と谷が交際していることを知り、激しく動揺する。他のメンバーに意見を合わせがちだった鈴木の本質を見抜いている平には、彼女がクラス内でも地味で目立たない谷を選んだ理由を理解できなかったからだ。

しかし、二人の関係性や、二人に対する仲良しグループの距離感を見ているうちに、やがて平は、鈴木は谷という人間のことをちゃんと見た上で恋心を抱き、周りのみんなはそれが鈴木という人間の選択だから否定していないだけだということを理解する。そして、気が付いてしまう。「俺が他人の言動や立ち位置やランクがやたらと気になってしまうのは、自分視点の基準がないからだ」「他者評価(ヒエラルキー)に縛られてるのは俺だ」ということに。

本作において、私が一番好きなキャラクターは山田なのだが(お調子者でアホだが、他人を傷つけるようなことはしない気のいい男)、最もシンパシーを感じるのは平である。私自身、高校デビューを経験していないし、学生時代にヒエラルキーを感じたこともないのだが、社会人になって、周りの環境に上手く馴染めない時期に、平のような感覚で社会と接していた時期があったためだろう。冷めた目線で、第三者のように、観察して分析して立ち回る。その経験があったからこそ、この第四話における平の気付きには刺さるものがあった。私と同じく、社会に馴染めずに、実社会よりもインターネットの活動に重きを置いている人の中にも、この一連のくだりが刺さる人がいるのではないだろうか。是非ともお読みいただきたい。

ただ、個人的にもっと刺さったのは、第12話【それぞれいろいろ】(コミックス第二巻収録)における、同じ学校の女子たちに陰で笑われていると勘違いした平が、親しくない女子のヒソヒソ話に対するトラウマ反応を発動させるくだりである。さらっとギャグのように昇華されているのだが、あまりにも理解できてしまうシチュエーションである。すべての女子がそうだとはいわないが、そういうヒソヒソ女子は確かに実在していて、これに関しては私も過去に笑われた経験がある。

自分の基準を持たない、他者評価を気にする人間にとって、このヒソヒソ女子の存在は脅威である。暴力的であるといってもいい。なにせ、自分の何がおかしいのかが分からない状態で、何がおかしいのかを確認することの出来ない関係性の薄い第三者から、ただヒソヒソと笑われるのだ。行きつく先は、自らの中から修正点を探す終わりなき作業である。それはもはや無間地獄といっても過言ではない。

おそらく、その多くは無自覚に発動されているものなのだろうが、人によってはトラウマとなって、下手するとミサンドリー化してしまうこともあるので、気を付けてもらいたい。お願いします。マジで。

そんな平の他者評価を意識した客観的な性格が、とある人物にとって救いの手となるのだが、そちらは本作を読み進めて確認していただきたい。がんばれ平、負けるな平、君にもきっと生きてて良かったと思える日が訪れるはずだ(勝手に過剰な感情移入をするな)。