白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

愛しのヴィデオ・ボーイ!

先日の『東京ポッド許可局』でVHSのことが話題になっていた。

で、なんとなく脳の奥の引き出しに片付けていた記憶が、ふつふつと蘇ってきた。

今でこそDVDだのBlu-rayだのにウツツを抜かしている私だが、その根っこにあるのはVHSである。OLの弁当箱の倍ぐらいのサイズの黒い物体を、デッキにガチャガチャいわしながら突っ込んでいたのである。

私に限った話ではない。

そういう時代を経験してきた世代なのである。サブスクリプションで最新の映画を観ただのドラマを観ただの語っている今の三十代だって、同じことを経験している筈なのだ。時たま、テープがデッキに噛んでしまって、アタフタしながら親に助けを求めた筈なのだ。そういう思春期を経験している筈なのだ。ああ、思い出しただけで、なにやら恥ずかしい。

というわけで、今回はVHSの記憶を書いてみようと思う。

書かないと忘れそうだし。私的な記憶をネットの海に放流してしまえば、半永久的に漂流してくれるのではないかと期待している。その前にサーバーがどうのこうのいう問題が発生して、消えてしまうかもしれないけれど。それもまた人生である。うむ。

 ↑本記事のタイトルの元の曲。BGMにどうぞ。

私にとって最古のVHSの記憶は、父親が録画していたアニメのビデオである。

我が家にはけっこうな本数のアニメのビデオが備蓄されていた。『となりのトトロ』『魔女の宅急便』などのようなスタジオジブリ作品もあれば、『ピーターパン』『ふしぎの国のアリス』のようなディズニーアニメ、『のび太の恐竜』『魔界大冒険』などの劇場版ドラえもんもあった。おそらく、子どもに見せるために、親が用意してくれたのだろう。

ただ、今になって思い返してみると、あれらの多くはテレビで放送されたものではなく、良からぬ方法でアレをナニしたものだったのではないかという気がしないでもない。コマーシャルがほとんど無かったし。その辺の罪の意識が希薄な時代だったのだろう。多分。

それらの中でも、私が夢中になって観ていたのが、『天空の城ラピュタ』だった。

本当に毎日のように観ていた。ただ、我が家の『ラピュタ』のビデオは、序盤の海賊襲来シーンとエンディングがぷっつり切れてしまっていた。他のビデオとは違い、『ラピュタ』は何故か、きちんとテレビで放送されたものを合法的に録画したものだったのである。なんでまたよりによって。

おかげで私は、“ジブリがいっぱいコレクション”で正規のVHS版『天空の城ラピュタ』を購入するまで、作品のテーマソングである『君をのせて』の存在を知らなかった。初見時には、そのあまりの名曲ぶりに、遅ればせながら感動を覚えたものである。

これらのアニメと同じぐらいに観ていたのが、録画した『志村けんのバカ殿様』である。

誰がどうして録画したのかは分からないが、とにかく録画したVHSがあったのである。元々、志村けんのことは大好きだったので(『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』のコントをよく見ていた)、親が気を利かして録画してくれたのかもしれない。

ただ、当時の記憶を辿ってみると、覚えているのは半裸の女性のことばかり。そういえば、当時の『バカ殿様』は、21世紀以降の『バカ殿様』よりもずっとエロティックだった。半裸の女性が入っている風呂に志村が飛び込んだり、蚊になった志村が女性の寝床に侵入して舐め回すように身体中を動き回ったり、かなりやりたい放題やらかしていた。……ここではっきりとは明言しないが、私のセンシティブで反コンプライアンスな性志向を顧みるに、この『バカ殿様』が多分に影響を及ぼしているように思う。困ったもんだ。

小学校中学年になると、今度はテレビ番組をVHSに録画するようになった。

と言っても、どうしても見たい番組があったわけでもなければ、どうしても記録しておきたい番組があったわけでもない。録画し、保存することで、いつでも映像を取り出せるという状態そのものに、一種の快感を覚えるようになったのである。この時点で既に、コレクターとしての業が芽生えていたのかもしれない。早熟よのう。

録画していたのは、『大発見!恐怖の法則』『クイズ赤っ恥青っ恥』『奇跡体験!アンビリバボー』などのバラエティ番組や、『マスターモスキートン’99』『バトルアスリーテス大運動会』『ロストユニバース』などのテレビアニメが中心だった。『大発見!恐怖の法則』は上岡龍太郎が司会を務めていたバラエティ番組で、今も映像を残していたら、それなりに貴重な資料になっていたことだろう(再ブレイク直前の爆笑問題がレポーターを務めていた)。

録画の快楽とともに覚えたのが性の快楽である。

高校生半ばにして私は良からぬ店を出入りして、これまた良からぬVHSを買い漁っていた。実家から自転車で二十分ほど移動したところに謎の古本屋があり、そこでこそこそ買っていたのである。否、今にして思うと、あれは果たして店と呼べるシロモノだったのだろうか。なにせ、建物はスキマだらけ、店主は生きているのか死んでいるのか判断しかねるほど生命力が希薄で、売られている作品も昭和の名残のようなものばかり。それでも値段はバカみたいに安くて、小遣いが入るたびにちょこちょこ買い求めていた。

今、その店があった場所は、建物そのものがなくなって更地になっている。当時、既に店主も高齢のようだったので、きっと今は亡くなっていることだろう。どのような晩年を過ごしたのか、気にならなくもない。

余談だが、そういえば一度、その店の中で、車椅子を押されている老人がVHSの棚を漁っている姿を目にしたことがある。あの年齢になってまで性欲があるなんて素晴らしいな、などと思ったものだが、冷静に考えてみるとなかなかに悲惨な状況だったのかもしれない。あの車椅子を押していたのは誰だったのか……。

そうこうしているうちに高校を卒業する。

この頃には、すっかり関心が若手芸人の方へと向いてしまい、バラエティ番組やアニメ番組の録画は止めて、主に『爆笑オンエアバトル』を録画していた。ただ録画するだけではなく、ファンサイトに感想を書き殴っていた。結果、録画した映像を何度も何度も観ることに。ここでようやく、VHSは本来の「録画して保存、再生して鑑賞」という役割を果たせたわけである。

但し、この頃には、もう映像媒体としてのVHS人気は下火になっていた。

この時代の変化について考えるたびに、大学に通うために借りたアパートの近所にあったレンタルビデオ店の変遷を思い出す。大学入学時には、まだDVDよりもVHSがメインで扱われていたのに、年を重ねるごとにDVDの量が増えていったのだ。卒業するころには、VHSは指で数えるほどの本数しかなくなっていた。DVDの全盛である。もっとも、この時は既に、Blu-rayも姿を現し始めていたのだが。盛者必衰とはよく言ったものである。

やがて使い続けていたデッキも壊れてしまって、VHSの視聴が出来なくなってしまった。いつかDVDにダビングするためのデッキを買わないといけないな……と、思ってはいたものの、なかなか行動に移すことが出来ず、いつの間にか、あれほど溜め込んでいたVHSテープも劣化が進み、処分せざるを得ない状況になってしまった。

アニメや映画を録画したビデオは、たとえ処分したとしても、公式でリリースされているDVDやBlu-rayで大半は補うことが出来たが、再放送やソフト化の可能性が低いバラエティ番組の処分にはかなり躊躇した。それでも、見られないものを置いたところで、何がどうなるものでもない。結局、一部のソフトは「欲しい!ください!」と名乗りを上げてくれた有志に送り、それ以外はすっかり処分してしまった。

私の手元にはもう一本もVHSはない。……ないよ。ないってば。本当にないって。お気に入りのエッチなVHSを捨てるのがなんだか勿体無くて、取って置いてあったりとかしてないって!

以上が私とVHSの思い出である。

なんとなく話の流れで書きそびれたこともあるが(高校卒業間際に録画して溜め込んでいた『無限のリヴァイアス』を一気に鑑賞して感動に打ち震えたこととか)、おおよそはこんな感じである。当時、VHSに溜め込んでいた映像は、今ではHDDに容量として溜め込まれている。おかげで物理的な圧迫感を覚えることはないけれど、保存した映像が視覚的に備蓄されていく快感は薄れてしまった気もする。なんだかちょっと寂しい。