令和時代のお笑い公論

笑いの粗熱が冷めるまで

東京で生きることの自由と凋落を描く「君は東京」

生まれてから高校を卒業するまでずっと実家に住んでいて、通っていた大学も広島県の中心地から少し離れたところにあって、大学卒業後は実家にとんぼ返りするというような人生を歩んできたため、いわゆる都会暮らしを経験していない。だからなのか、東京あるいは大阪に漂う、都会の雰囲気に強い憧れを抱いている。アラサーからアラフォーと呼ばれる年齢になっても、その憧れはさほど薄れていないから驚きだ。とっくの昔に地元で生きる覚悟を決めたつもりだったのだが、心の底では都会での暮らしを求めている。困ったものだ。

田舎と都会の最大の違いは選択肢の多さにある。気になる料理、気になる音楽、気になるファッション……それらを身近で手に入れることの出来る環境そのものに価値がある。選択肢が多いということは、それだけ多様な表現を理解してもらえる環境であるともいえる。田舎であれば「出る杭」として白い目で見られるようなことも、多種多様な人間が暮らしている都会の街並みはすべて飲み込んでしまう。だが、だからこそ、田舎での生活に馴染んでいる一部の人間は、都会に対して強い苦手意識を抱いている。親族の繋がりが脈々と受け継がれ、近所の人間から「〇〇さんのところの子」というように認識され、余程のことがない限りは村八分にされることもない田舎の環境に対し、都会は徹底的に個人主義だからだ。田舎だからこそ得られる赦しが都会にはない。

ゆずの『君は東京』は、そんな都会の姿を軽やかに歌う名曲だ。

序盤では高校卒業後に一人暮らしを始めた女の子の同級生の軽やかな生きざまを歌っているが、曲が進むごとに不穏な空気が立ち込めるようになり、最終的には“訳の分からないクスリにはまって病院を行ったり来たりしてる”ことが明らかになる。作詞を担当している北川悠仁が神奈川県出身であることをそのまま飲み込んでしまうならば、この曲で歌われている彼女も神奈川から東京に出てきた人間なのだろう。そんな彼女のことを北川は“東京の人”と歌っている。この歌詞が事実であれ虚構であれ、彼女は北川にとっての東京を体現した存在なのである。

この曲の構成にショックを受けて、私は今でも田舎で暮らしている……と、断言するのは些か大袈裟だが、自分が田舎を捨てて東京ないし大阪へと出ていきたいとする気持ちを抑え込む要因の一つにはなっていると思う。都会は恐い。おそろしい。