白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

“オウム返し”とうるとらブギーズ

どうも、すが家しのぶです。良い思い出に浸りがちな年齢です。

古典落語に「他人から教わったことを再現しようとして失敗する」という手法があります。有名な演目でいうと『時そば』がそうですね。屋台の立ち食いそばで店のことを褒めていた男が最後の最後で勘定を誤魔化している様子をこっそり眺めていた男が、自分も同じことをやってみようと試みて、まんまと失敗してしまいます。余談ですが、この『時そば』は上方落語の演目『時うどん』を江戸噺に移植したもので、『時うどん』では兄貴分が感情を誤魔化している様を見た弟分が感動して自分も真似をするという設定でした。個人的には『時うどん』の方が流れを自然に見せられているような気がするのですが、どのような意図があって改変されたのでしょうか。いつか調べてみますかね。

この『時そば』以外にも、言葉遣いの悪い八五郎がご隠居から子どもの褒め方を教わる『子ほめ』、出入り先のお店の婚礼に招かれた松さん竹さん梅さんの三人がご隠居から余興を教わる『松竹梅』、ご隠居から武人・太田道灌の逸話を聞いた八五郎が同じ方法で友人を追っ払おうとする『道灌』など、同様の手法を取り入れた演目は枚挙に暇がありません。この手法は落語の世界で“オウム返し”と呼ばれていて、演じ分けや声量などといった落語の基本を学ぶための前座噺によく使われています。もしかすると、「正解」と「不正解」を比較する構成がシンプルで、技術の至らない前座でも、観客が噺の内容を理解しやすいことも重要視されているのかもしれませんね。

「正解」と「不正解」を比較する手法は、漫才コントにも応用されているともいえます。”オウム返し”のように漫才コントは「正解」を提示しませんが、多くの観客は「正解」を理解しています。例えば、ファーストフード店を舞台としている場合、店員がどのようなマニュアルで接客を行うかをなんとなしに認識しています。自分の中に「正解」があるからこそ、目の前で繰り広げられる「不正解」の可笑しさが分かるわけです。

ところが、この”オウム返し”に一石を投じるコントが、突如として生み出されてしまいました。それがうるとらブギーズの『迷子センター』です。初出は不明ですが、『キングオブコント2019』決勝進出後の2019年12月に行われたベストライブで披露されたものがソフト化されています。自身のYouTubeチャンネルでも公開されていますが、画質が芳しくないので、個人的にはDVDでの視聴をお勧めしたいところですね。

舞台はデパートの迷子センター。従業員(八木)の元へ、紙袋を手にした男性(佐々木)が慌てふためきながらやってきて、「すいません!すいません!すいません!あの、息子が迷子になっちゃったみたいで!探してほしいんですけども!」と懇願します。そこで従業員は、館内アナウンスで迷子になった子どもを呼びかけるため、その子の見た目の特徴を父親に訊ねます。しかし、その子のビジュアルは、どうやらとてつもなく個性的。従業員は困惑しながらも父親の語る息子の特徴をメモに書き記します。「息子さん、すぐ見つかると思います」。父親にそう言いながら、従業員はメモの内容をそのままアナウンスしようとするのですが……。

前半は父親が説明する息子のハイセンスな特徴がボケになります。名前、髪型、着ている服、履いている靴に至るまで、実にキョーレツです。そんな父親が話した息子の特徴が、後半ではそのまま従業員によって読み上げられます。前半と後半でその内容にズレが生じることはありません。先の”オウム返し”とは違い、そのままの内容が繰り返されます。ですが、前半と後半では、従業員の様子に変化が生じます。前半では父親が語る息子の特徴に驚きながらも的確にメモを取っていましたが、後半では、それを丁寧にアナウンスしようとするたびに笑いが止まらなくなってしまうのです。この従業員の姿に、前半で笑っていた観客がまた改めて笑い始めます。これがスゴい。

つまり、この『迷子センター』というコントは、前半と後半で同じボケを使っていながら、受け手の態度を変えることで、まったく新鮮な笑いへと昇華されてしまっているのです。こんなコント観たことがありません。とんでもないコントです。もっというと「笑いが止まらなくなる」という展開が絶妙ではありませんか。同じ映画を観るときでも、二度目三度目では初見時に気付けなかった物語の深みを発見することがあるように、改めて噛み締めることで、息子の特徴が持つ可笑しみの深さをよりしっかりと気付いてしまう、この絶妙なリアリティ。更にいえば「迷子センター」という適度な緊張感が張り詰める舞台設定も素晴らしいです。

というわけで、"オウム返し"だなんだといっておりましたが、今回はとにかく「うるとらブギーズの『迷子センター』がスゴい!」ということを言いたかっただけの記事でした。正直、ここ数年の間に見てきたコントの中で、一番の衝撃でした。是非とも、是非ともご覧下さい。