白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

マヂラブはそれを漫才と呼ぶんだぜ

昨年末、マヂカルラブリーのネタは漫才ではない、という論調が飛び交った。

ここでいう「マヂカルラブリーのネタ」とは、『M-1グランプリ2020』決勝の舞台で披露された『つり革』のことである。ボケ担当の野田クリスタルが激しく揺れる電車の中であってもつり革を掴もうとしない様子を一人で熱演し、それをツッコミ担当の村上が第三者の目線で可笑しいところを指摘する。このネタの「コンビ間の掛け合いが殆ど存在しない」点が、漫才ではないといわれる根拠に当たるらしい。

正直、よく分からない話である。コンビ間の掛け合いが非常に少ないスタイルの漫才といえば、既に2018年の時点で霜降り明星が披露している(舞台を縦横無尽に動き回りながらボケるせいやに対し、粗品がセンターマイクの前で一言ずつツッコミを入れるスタイル)にも関わらず、どうして今頃になってそのような主張が浮かび上がってきたのか。あくまでも予想だが、マヂカルラブリーM-1優勝に対して異議を唱えたい意図があるのだろう。

その気持ちも理解できないことはない。私も以前、『キングオブコント2019』においてどぶろっくが『金の斧』のネタで優勝したときに、「確かに爆笑をかっさらったのはどぶろっくだったが、このネタを優勝させることで、コントの未来が明るくなるとは思えない」という旨の主張を展開していた。既に下ネタの歌ネタ芸人として認知されていたどぶろっくを、コントの大会で優勝させることの意義について、疑問を覚えたからだ。

ただ、だからといって、どぶろっくのネタを「コントではない」などと主張することはなかった。歌の内容がメインであったとはいえ、ミュージカルの形式を取っていたどぶろっくのネタは確かにコントのカテゴリーに含まれるものだったし、なにより、それは本来主張したい批判とはかけ離れたものであったからだ。当時の私はむしろ審査員の採点配分に対して疑問を感じていた。なので、もしもマヂカルラブリーの漫才に対して異議を唱えたいのであれば、「あのネタを評価した審査員に問題がある」と主張すべきである。「漫才ではない」とされるネタを漫才として評価したのは審査員であるし、むしろ、こういったときに矢面に立つこともまた審査員の役割だ。

ただ、個人的には、その主張はあまり芳しくないように思える。というのも、マヂカルラブリーは審査員全員に評価されたわけではなかったからだ。むしろ最終決戦での評価は完全に割れていた。七人の審査員のうち、三人がマヂカルラブリー、二人が見取り図、二人がおいでやすこがを優勝に値すると評価していたのである。ここに葛藤があったように思う。笑いの量でいえば、確かにマヂカルラブリーが圧倒的だ。だが、前例を見ても、白熱した掛け合いを評価しがちな『M-1グランプリ』という大会において、彼らを評価してもいいものだろうか。そんな感情が審査員の中に芽生えたのではないか。その結果、評価が割れたのである。これほどの葛藤が見える評価の結果を見た上で、「漫才として評価した審査員に問題がある」などと私はとても言えない。言えるわけがない。それを大いに考慮した上で、この結果が出たのだから。

……と、ここまで長々と「M-1優勝に対して意義があるからマヂカルラブリーのネタは漫才ではないという主張があがっている」ことを前提として文章を書いてきた。無論、違う可能性も否めない。ただ単に、マヂカルラブリーの漫才の形式を見て、漫才の歴史に対して理解の少ない人々が、まったくの無邪気な感情でそのような疑問を覚えたのかもしれない(漫才史研究家の神保喜利彦氏が歴史的観点から今回の件を扱っている記事が出ているので是非)。ただ、だとすれば、その指摘はあまりにも無邪気過ぎやしないだろうか。漫才の大会で優勝したコンビに「これは漫才ではない」と指摘する行為がもたらす影響を考えるべきだ。もっとも、昨今のインターネットでは、大衆が同時多発的に思ったことが結果として炎上のようになってしまうことも少なくないので、各個人はここまで話題になるとは思っていなかったのかもしれないが。

いずれにしても、「マヂカルラブリーのネタが漫才ではない」ということはないし、そのような縛りを設けることは、今後も繰り返し行われるであろう漫才のアップデートに要らぬ制限をかけることになりかねないので、否定されるべきである。昨日の漫才が偽だというのなら、昨日の景色を捨てちまうだけだ!

以下、余談。

そういえば、私が高校生ぐらいのときに、漫才を始めてすぐさまコントに入る"漫才コント"の手法が若手芸人の間で流行ったんだけど、当時のインターネット上で「あれは漫才なのか?」という議論が盛り上がったことがありました。でも、あれは無知で無責任な若者たちの戯言でしかなかったし、掘り下げるほどの素養もないから、数日で自然消滅しちゃいましたけどねえ。それと殆ど同じようなテーマで全国のお笑いファンを巻き込むほどの大事にしちゃえるあたり、SNS時代って感じだし、なんか不気味ですよねー。