令和時代のお笑い公論

心が腐る、その前に。

三十五

かつて日本には誕生日を祝う習慣がなかったらしい。

堀井憲一郎の『落語の国からのぞいてみれば』によれば、1950年に『年齢のとなえ方に関する法律』が定められた時代から、庶民にとって誕生祝がリアルに成り始めたのだろう、とのこと。それ以前の誕生祝は、天皇や将軍のような貴人のものであったそうだ。

誕生日を祝う習慣が当たり前に存在している時代に生まれてきた自分には、にわかに信じがたい話である。だが、言われてみると、確かに誕生日のお祝いというのは、どうも日本的ではないような気もする。例えば、ケーキがなければ、何処に年齢の数のろうそくを刺せばいいのか分からない。おはぎや饅頭ではキャパ的にもビジュアル的にも力不足である。無理をするな。

とはいえ、誕生日を祝われるのは、やはり嬉しいものである。ごくごく個人的な、当人や当人の身内だけが知っているようなことを、他人に祝ってもらえる有り難さは、何物にも替えがたい。

というわけで、本日はワタシの誕生日である。1985年2月7日生まれにつき満三十五歳になる。数えやすい。

若い頃には、三十五歳にもなれば、人間的にもすっかり落ち着いて、ちょっとした所作にも大人のしなやかさが滲み出るものだと思っていたのだが、今の自分を冷静に観察してみると、二十歳のように迂闊で情けない醜態を晒しながら生きている。何も成長していない。否、成長しようと意識しながら、生きていなかったのである。インターネット上には、そういった大人が沢山蔓延っているので、それでも妙に安心感を覚えてはいるのだが。

ともあれ三十五歳である。松山ケンイチ綾瀬はるか山下智久中川翔子山下健二郎蒼井優松田翔太上戸彩ウエンツ瑛士宮崎あおい満島ひかり貫地谷しほり、と同じ年に生まれている。比較したところでどうなるものでもないのだが。

なんとなくの折り返し地点を過ぎて、どうやら人生はまだまだ続く。とりあえず、少しは大人になろうと思いながら、これからは生きていきたい。出来る範囲で。