白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

なあ、怖いコントを観ようじゃないか!!

先日、XXCLUB大島育宙氏を怒らせてしまった。

実際に怒っていたのかどうかは分からない。でも、きっと怒っていたのではないかと思う。少なくとも私には怒っているように見えた。日頃は理論的に物事を語っている人が冷静に怒りを露わにする姿というのは、得も言われぬ迫力に満ちている。それも原因は明らかに此方にあるので穏やかじゃない(氏のとある意見ツイートに対し、不用意な批判を飛ばしてしまったのである。相手に対して不相応な知性を晒し上げながら批判する行為ほどみっともないものはない)。過ちに気付いた私は即座に反省の意志を表明するリプを氏に送った。そして、この恥ずかしさと情けなさ、なにより相手に対する申し訳なさを少しでも解消すべく、数日前に大島氏が募集していた〈怖いネタ〉を一つお教えしようと思い至った。

お笑い芸人のネタの多くは観客を笑わせるためだけに作られている。だが、それらの中には、ただ笑わせるだけではなく、時に他の感情を呼び起こすものも幾つか存在する。その中でも、人の恐怖心に揺さぶりをかける〈怖いネタ〉は、お笑い芸人マニアの間ではたびたび話題の種となるメジャーなテーマだった。当時、大島氏はそんな〈怖いネタ〉について、フォロワーへ募集をかけていたのである。その募集を始めて目にしたとき、私は別に自分が意見せずとも、多くのフォロワーを持つ彼の元には沢山の情報が集まってくるだろうと思い、敢えて反応しなかった。だが、氏を怒らせてしまった後となると、話は別である。まだ名前の挙がっていない怖いネタを教えることで、先程のみっともないツイートを相殺すべく、必死に考え込んだ。

そして思い出したのが、シソンヌの『しつけ』である。

『しつけ』は新居へと引っ越してきたとある入籍前の男女の姿を描いたコントだ。女性(じろう)が化粧品回りの荷物を片付けようと段ボール箱の中身を確認していると、そこにドライヤーが無いことに気が付く。男性(長谷川)に所在を尋ねると、「古くなったから捨てて、新しいのを買ってきた」と聞かされる。それを聞いて女性は激怒。「なんでそんな勝手なことをするのよ!」。しかし、故障してコールドしか出てなかったし、捨ててしまったものは仕方がないと説得され、しぶしぶ新しいドライヤーを受け取ることに。ところが、女性はその新しいドライヤーのコードを縛り、机の下へと投げ捨てる。「関係性を覚えさせないと……!」。

『しつけ』は基本的に女性の言動が持つ可笑しみを中心に構成されている。ドライヤーに対する過剰な思い入れ、そして「ドライヤーを躾ける」という不可思議な視点が持つ異質性によるものだ。だが、その言動こそ異質ではあるが、彼女の気持ちそのものは決して異常ではないことが分かり始める。彼女にとっての日用品に対する躾け行為は、あくまでも自分の所持物として受け入れるための儀式なのだ。まだ生活に馴染んでいない日用品を日常に当たり前に存在するものとして受け入れるために必要な期間なのである。そのことが分かるようになるにつれて、少しずつ、その舞台に有る別の異常性が明らかになっていく。この瞬間が、とても怖い。是非とも体感してもらいたい。

私は大島氏に『しつけ』を紹介した。何処に出しても恥ずかしくない名作である。

ここで話は終わるべきだったのだが、お詫びの品(=怖いコント)を無事に提出することが出来た安心感からか、無性に怖いコントの話がしたくなってきてしまった。以後、私は怖いコントについてあーだこーだと考え、思いついたことを次々にツイートしてしまった。そして、自分の中で怖いと思うコント、大袈裟にいうならば【新三大・怖いコント】を選出したのであった。

ちなみに、【旧三大・怖いコント】は以下の三作品である。

ラーメンズ『採集』(「ATOM」収録)
バナナマン『ルスデン』(「秘蔵映像集 "private stock"」収録)
千原浩史千原靖史渡辺鐘『ダンボくん』(「プロペラを止めた、僕の声を聞くために。」収録)

ちなみに、私はこれらの三作品を「怖いネタである」という事前情報を得ずに鑑賞しているのだが、当時、それほど恐怖を覚えることはなかった(『採集』のオチには驚かされたが)。確かに、これらのコントはいずれも不穏な空気に満ち溢れていて、一般的なコントとは一線を画した存在感を見せつけていた。だが、その描写があまりにもドラマチックで、一つの非日常的なシチュエーションのフィクションとして見えてしまい、恐怖心を抱くことが出来なかったのである。逆にいえば、これから私が紹介する【新三大・怖いコント】は、日常に直結する恐怖が感じられるコントということになる。

一本目は先程紹介したシソンヌ『しつけ』である。

二本目はアンガールズのコント『友情』である。

ベンチの上に置き忘れられていた財布を自らのトートバッグの中に入れてしまった山根。すると、そこへ田中が駆け付けて、一言。「今、俺の財布そこに入れた?」。最初、白を切ろうとする山根だったが、田中に「今すぐ返したら許すから!二十年の友達をさ、こんなことで無くしたくないから!」と説得され、すぐさま財布を返す。「俺で良かったよ。俺が許したらいいんだから」。これで二人の関係は元通りに。反省して落ち込む山根を優しく宥め、二人の友情をしかと確かめ合いながら、当初の予定通りにバドミントンを始めるのだが、山根のサーブが決まるたびに田中の表情が曇り……。

このコントが恐ろしいのは、これが誰にでも起こり得る状況であるという点だ。ふとした気の迷いから他人の財布を盗んでしまった山根の気持ちも、それを心の底では許せずに以前の関係性へ戻れなくなってしまった田中の気持ちも理解できる。だからこそ、このコントは恐ろしい。それがどんなに気の迷いであっても、それがどんなに気の知れた相手であったとしても、ふとした過ちによって、それはあっさりと崩壊してしまう。この悲劇的なシチュエーションを、アンガールズは見た目の特異性と台詞回しで笑えるネタに昇華している。「友達の始まりに理由なんてないなあって思っていたけど、終わりには理由があるんだなあ」などという台詞は、そこらの十人並な芸人には書けない。

三本目はエレキコミックの『親子』である。

中学一年生になったばかりの息子(今立)を呼びつけた父親(やつい)。「この時期に、どうしてもお前に伝えておかなければならない事実があるんだ」。物々しい言い回しに不安を感じ始める息子だったが、父親が話し始めたのは、まったく予想外のことだった。「いいか、よく聞けよ。お前には、何の才能もない」。父親の言い分を微塵も飲み込めない息子は説明を求め、それでも才能が有るのではないかと問い詰めるのだが、徹底的に否定されてしまう。そして父親は、何の才能もない人間として、どのように生きていけばいいのかをレクチャーし始める。

ある意味、いつも通りのエレキコミックのコントなのである。理不尽でムチャクチャなことを言い続けるやついと、それらに的確にツッコミを入れて確実に笑いへと昇華する今立による、淀みのない面白さ。だが、内容に改めて目を向けてみると、多感な時期の少年が実の父親から徹底的に「お前に才能はない」「夢を抱くな希望を持つな」と言われ続け、遂には「自分の意見を持つな」とまで言われてしまう恐ろしさ。だが、このコントの真の恐ろしさは、この後のレクチャーにある。才能のない息子に対して父親は「才能のない人間が成功するための方法」を伝授する。決して目立たず、誰の意見も逆らわず、強い意見が出れば「それだ!」と我先に乗っかろうとする……あれ? この人、なんか俺に似てるな……?

以上の三作品が私にとっての怖いコントである。とても怖いコントである。良ければ皆さんも一緒になって怖がってくれると嬉しい。